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天才最弱魔物使いは帰還したい ~最強の従者と引き離されて、見知らぬ地に飛ばされました~  作者: 槻影
第一章:Tamer's Mythology

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第十六話:まだ言わなければいけない事がある

 アムを引きずるように大通りを歩いていく。アムの往生際の悪さは見ていて気持ちがいいくらいだった。進むにつれどんどん足は重く、顔色は悪くなっていく。

 完全に逃げ腰だが――逃さない。


「急に、お腹が痛くなりました。フィルさん、戻りましょう」


「そうだ。フィルさんッ! まだ、昼間ですよ! 依頼でも受けませんか?」


「わかりました。わかりました! 私の部屋に……来て、いいです。来て、欲しいです」


「ごめんなさい。ごめんなさい。私が悪かったです、許してくださいッ!」


 ついに謝り始めるアム。僕は目を細め、しっかりとアムの方を向いて言う。


「アム、僕にはアムが何の謝罪をしているのか全くわからないな…………それに、ますますそのおすすめとやらに興味が湧いた。謝りたい程良い宿なわけだ」


「…………」


 アムが今にも泣きそうな目で僕を見ている。視線で抗議しているが受け取ってはやらない。

 しばらく歩いていくと、アムが囁くような小さな声で言う。


「そ、そこの道……右です」


「いや、まっすぐだよ。アムはドジだなぁ」


「!? い、いや、右ですッ! 右、だったと、思います」


「いや、まっすぐだね。地図は頭に入れたと言っただろ? この街の地図はもう完璧に記憶した。自分の足で歩いたわけではないけど、店の場所がそう簡単に変わったりはしないだろ?」


「!?」


 甘い。地図の記憶なんて初歩中の初歩だ。

 脆弱な僕にとって地理的優位を取れないというのは死活問題だから、大抵の地図は一度目を通せば忘れない。僕の答えに、アムが悲鳴のような声をあげる。


「な、なら、どうして、さっき、店とか、案内させたんですか!?」


「僕が知っているのは場所だけだからね。僕はアムに案内して欲しかったんだよ」


 あれはコミュニケーションの一環だ。確かに行こうと思えば一人で行けたが、それは別の話である。


 『小さな歯車亭』はこじんまりとした店だった。小さな看板に赤い屋根。どうやらレストランも兼ねているのか、表に出たボードにメニューが載っている。何の変哲もない、至って普通の店だ。

 木材を模した金属製の壁。窓の向こうには店員なのか、恰幅のいいおばちゃんの姿が見える。


 思わず目を見開く。種族は――人間型だが、特筆した点は見られない。


 恐らく、僕と同じ『純人プライマリー・ヒューマン』だ。まさかこんな遠方で同種と出会う事になるとは思わなかった。


「ふむ……なるほど、いい店だな」


 純人は弱いし、数もあまり多くない。故に、僕たちは助け合いの精神を持っている。地域に根付いた純人の店というのは僕にとって……とても、都合がいい。


 だが、アムの反応は普通ではなかった。完全に俯いているので顔色はわからないが、繋いだ手からは震えが伝わってくる。

 荒療治も悪くないが、助け舟を出した方がいいだろう。


 僕は別にアムをいじめたいわけではないのだ。繋いだ手に少しだけ力を込めて言う。


「アム、告白するなら今だよ」


「…………」


「僕は、怒っていない。『まだ』ね。でも、何度も言うけど、言葉にしなくちゃ伝わらない事もある」


 同情はする。アムがもし夜魔じゃなかったら、友人に囲まれ今よりマシな人生を送れていただろう。

 だが、持って生まれた種族は変えられない。彼女が忌み嫌われるのは宿痾のようなものだ。

 ならば、それ以外を変えるしかないだろう。僕だってそうしたのだ。

 店の前で立ち止まり、答えを待つ。たっぷり数分も待ったところでアムが小さな声で言った。


「喧嘩……してるんです」


 喧嘩? 今、喧嘩って言ったか?

 くだらないとは言わない。どうして欲しい、とも聞かない。


 ――アムの反応はただの喧嘩というレベルではない。


「誰と?」


「ッ…………リン……ここの、娘と、です」


「関係性は? 友達?」


「……はい。友達、です……友達、でした」





 その消え入るような声に、僕は――事情をあらかた理解した。




 なるほど、そういう事か…………大したことないな。左腕を伸ばし震える肩を抱き寄せる。


 アムはきっととても繊細なのだろう。僕がほっとする程度のトラブルで気に病み悪循環に入る。

 彼女は嘘つきだが、悪性霊体種としてはあまりにもまともすぎた。


「アム、詳しく話すんだ。アムにはまだ言わなければいけない事がある、そうだろ?」


「…………」


「リンはアムにとって、何だった?」


「………………親友、です」


 違う。ダメだ。僕は悟った。方針を変えねばならない。

 この子は地頭はいいが、あまりにも逃げ腰だ。アムを正直者にするのは骨が折れる。


「違うな、アム。君は頭がいい。わかっているはずだ。リンは――君の、元マスターだ。そうだな?」


「…………え!?」


 アムの体が一瞬硬直し、顔が上がる。凍りついた表情。その反応が全てを物語っていた。


 できれば彼女の口から聞きたかったが、やむを得ない。


 小夜さんが、アムをスレイブにするのを止めたのは、ただ彼女が出戻りだったからじゃない。

 僕とそのマスターが、同種だったからだ。エルや酒場の男の反応もそしてきっと――アムが僕に契約を持ちかけたのも、そう考えれば全て納得がいく。


 アムがもしも僕でやり直すつもりだったのならば――屈辱的な話だ。

 だが、いい。許す。経緯はどうあれ、僕はアムを気に入った。多少の粗相は許す。アムの眼を覗き込み、言う。


「アム、喧嘩の理由は?」


「い、言いたく、ないです。フィルさんは、関係ない――」


 そっぽを向こうとするアムの頬に手を当てる。

 ダメだ。逃さない。逃げたい時に逃さない、近づきたい時に近づかせない。その方が、状況が好転することだってある。諭すように声質を変える。


「いや、言うんだ、アム。君は本当に頭がいい、動揺していても、わかっているはずだ。関係ないことはないだろう、大丈夫、僕は全てを受け止める。アム、僕に命令させないでくれ」


 必要ない時に命令するなど、《魔物使い》失格だ。

 小さな嗚咽が聞こえる。頬に当てた手をずらし、後頭部に持ってくる。


 頭を撫でた。さらさらの髪だ。しばらくそのままでアムの反応を待つ。


 ――そして、ようやく言葉が届いた。ぽつりぽつりとアムが話し始める。


「フィルさん、リンは……半年くらい前まで私のパートナーだったんです」




§ § §




 もうダメだ。一度声に出すと、止まらなかった。


 今までせき止めていた感情が爆発するように、言葉が溢れ出てきた。

 ずっと考えないようにしてきた。忘れようとしてきた。だが、マスターの言葉は正しい。


 これはアムがもっと早く言うべきことだった。

 アムとリン・ヴァーレンの関係を一言で言うのならば――友人だと言えるだろう。


 だが、ただの友達ではない。アムにとっての初めての友人で――心の支えでもあった。


「リンは、私が探求者になったばかりの頃、種族のせいで誰の助けも得られなかった頃に声を掛けてくれた唯一の人だったんです。リンも探求者になったばかりで、フィルさんみたいに色々知らなかったけど、私は誰かが側にいてくれるだけでとても心強くて、とても楽しかった」


「二人でペアを組んで、経験も知識もなくて、戦い方も、わからなかったけど、何とか依頼をこなせました。私が前衛でリンが後衛。貧乏だったけど武器とか道具も揃えて、宿も同じ宿の二人部屋を取ったりして、ああ、家族ってこういうものなのかなー、だなんて思ったりして……あはは、種族も違うのに可笑しいですよね……」


 その頃のアムは、昨日程ではないがG等級依頼くらいならば容易くこなせる程度には力があった。


 頼れる相手がいた。リンはアムよりもずっと弱かったが、アムにできない事をやってみせた。


 依頼を無事達成できれば嬉しかった。失敗したとしても、長く凹んだりはしなかった。

 目をつぶれば、楽しかった日々が今でも鮮明に思い出せる。思い返せば、フィルに話しかけたのも、いつもより警戒心を抱かなかったのも、雰囲気がどこかリンに似ていたから、だったのかもしれない。


「初めての……友達、でした。けれど……長くは、続かなかった。探求者として等級も上がって、それなりに金銭的にも余裕ができて、少しずつ手応えを感じ始めた頃……リンが私に言ったんです」


「……契約を結ぼう、か」


 一体どこまで見透かしているのだろうか。身体が震える。しかし、その原因は怖れではない。

 フィルは普通の魔物使いではない。立ち回りからしてリンとは違う。だが、何を見てきたのかは知らないが、アムの事を考えてくれている事だけは確信できた。だから、続きも話せる。


「はい。その時まで……私、全然知らなかったんですけど……リンは《魔物使い》でした」


「スレイブは連れていなかった?」


「はい。連れていなかったです……少なくともその時は。アネットさん――リンの、お母さんも、それらしい事を何も言ってなかったから、多分本当にいなかったんだと思います」


 その時のアムは《魔物使い》についてあまり知らなかった。今もそこまで詳しいとは言えないが、あの時のリンは確かに駆け出しだったのだろう。探求者としても、《魔物使い》としても駆け出しだ。


 リンは《魔物使い》と契約について説明してくれたが、アムには理解できなかった。前提知識がなかったし、リンの説明もこの新たなマスター程わかりやすくはなかった。


「説明されて……正直全然わからなかったんです。それでちょっと不安だったけど、大事な友達だし、それで喜んでくれるならいいかなって。で、いざ契約を試みたんですけど……とても、大変でした」


 今思えば、あの時やめておくべきだった。思い出しただけで身体が固まる。


 契約の呪文はフィルと同じだった……と思う。だが、それが齎したのは凄まじい痛みだった。

 フィルが呪文を唱えた時にも奔りかけたが、あの時感じた痛みはその比ではなかった。


「もう嫌だと何度も思いました。でも……契約は……成功しました」


 恐らく、術が成功したのはリンがフィルよりも魔力を持っていたからだろう。リンは倒れるほど契約魔法を繰り返し、アムの手の甲には紋章が刻まれた。

 だが、今思えばそれが間違いだったのだ。


 うまくいった契約は痛みを伴わない。リンはそれを知っていた。


「リンの態度が……変わりました」


 暴力を振るわれたわけではない。ただ、立場が変わった。

 それまで友達だったのが、マスターとスレイブになったのだ。変化は必定だった。そしてアムにはそれが酷くよそよそしく映った。


 それまでうまくいっていた依頼が、うまくいかなくなった。


 スレイブになったはずなのに、アムの力は低下していた。理由は今思い返してもわからない。


 一度結んだはずの契約が何度も何度も切れた。その度に契約を結び直した。


 アムにも負担だったが、リンにも負担だった。リンはそれなりに魔力があったが、アムと比べたらずっと少なかったし、契約魔法を何度も使えば依頼を受ける余裕もなくなる。

 関係が変わったわけではなかった。それまでも一緒に組んで探求者をやっていたのだ。

 そのはずなのに、それまで友達だったはずが、どんどん空気は悪くなっていった。


「それで、契約がまた切れてしまった時に――私は言ったんです。もうやめよう。こんなに苦労するなら契約なんて結ぶ必要なんてない。前みたいに二人でパーティを組んで依頼を受けようって」


 それに対するリンの反応は劇的だった。涙を流し、アムを詰ったのだ。


 フィルは何も反応を見せなかった。だから、震える声で続ける。


「リンは……言いました。私の能力が、スレイブになってから下がっているのは――私がリンを信頼していないから、だってッ! そんな事、私がリンを信用してないなんて――あるわけないのにッ! そもそも、リンは私に職を与えるのに失敗したんですッ!」


 あの託宣師がアムを警戒していたのは当然だ。リンはあの託宣師と激しく言い争い、それでも説得する事ができなかった。あの時のアムとリンの関係は完全にぎすぎすしていた。

 アムの激白を聞いても、フィルは身じろぎ一つしなかった。沈黙していると、マスターが言う。


「それで、話は終わり?」


 落ち着いた声だ。吸い込まれるような眼だ。だが、アムは大きく深呼吸をしてなんとか答えた。


「はい、終わり、です」


「嘘だ。まだアムには言っていない事がある。アム、全て、言うんだ」


「な、なんで、そんな事言うんですかッ! 私は、全部言いましたッ!」


 間違いなく生物的にはアムよりずっと弱い。リンと比べても弱いだろう。だが、霊体種のアムの眼にはその暗く、静かに燃え上がる魂が見えた。耳元で囁かれた声がアムの魂を侵食してくる。


「アム、君はまだ言っていない。どうして、別れる事になったか、を」


「ッあ…………」


 駄目だ。逃げられない。誤魔化す事はできない。


 先日、マスターはトラウマを全て言えと言った。何をふざけた事を、とアムは思った。

 だが、今ならばわかる。冗談でもなんでもなかった。このマスターは――アムの心を覗き見ようとしている。


 言いたくない。息がつまる。涙が溢れる。だが、口は勝手に声をあげていた。


「命を…………吸い、ました。わざとじゃ、なかった」


 アムが持つ『ライフドレイン』は生命にとって最も大事な物を食らうスキルだ。


 ――そして、悪性霊体種のスキルは有機生命種に最もよく効く。


 それまで、ずっと抑えていた、抑える事ができていた。『恐怖のオーラ』の制御が甘くなることはあっても、『ライフドレイン』を制御し損なう事なんてなかったはずなのに――。

 どうしてなのだろうか、事もあろうに言い争いをした翌日に制御を誤るなんて。


「ちょっとだけだったんですッ! すぐに、気づきました! フィルさんから吸ってしまった量と比べたら、微々たる量です。だから、リンは生きていたッ! なのに――」


 完全にアムのミスだった。謝罪もした。だが、そのミスはヒビの入った関係を完全に破壊するには十分だった。今でも覚えている。命を吸った直後にリンが浮かべていた恐怖の表情は――これまで一度もアムが見たことがない、まるで化け物でも見るかのようなものだった。


 そして、アムは一人になった。容易く倒せていた魔物が倒せなくなった。アムがリンを殺しかけた事は既に広まっていた。今度は誰も助けてはくれなかった。

 昨日、フィル・ガーデンと出会うその時までは。


 未練がましい自覚はある。だが、どうしようもなかった。どうしようもなかったのだ。

 思わず、宣言通り全てを言わせたマスターに感情のままに大きな声を上げる。


「今度こそ、これで、終わりですッ! 満足ですかッ!? ねぇ、フィルさん。私は、どうしたらよかったんでしょうッ!」


 勝手な事を言っている。この新しいマスターは既にたった二日でアムの欲しかったものを全て与えてくれた。これ以上何を望むというのか。


 頭の中がぐちゃぐちゃだ。どうして、マスターはアムにこんなにひどい事をするのか。


 アムは全力でこの新しいマスターに従うつもりだった。リンの話を隠したのは悪かったが、全てが終わった事、もう関係ない事だ。

 確かに、事情がバレたら契約を破棄されると思ったのは認める。アムにはフィルの言葉の真偽が本能で理解できるが、リンが出した言葉だって確かに本物だったのだ。


 ふと頭を撫でていた手が止まり、肩に回り、アムの身体を引き剥がす。

 頭の中が真っ白になる。だが、フィルの表情は先程と何も変わらなかった。


 笑みだ。アムを弾劾する事もなく微笑んでいる。黒い瞳に、ぐちゃぐちゃな顔のアムが映っていた。


「よく話してくれた、アム。でも、まだ終わりじゃない」


「……え!? ぜ、全部……言いました」


 告白は全て終えた。今度こそ、思い当たる節は何もない。目を見開くアムに、フィルは言った。


「アムが、どうしたいのか、僕にどうして欲しいのか、まだ言ってないよ」


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書籍版『天才最弱魔物使いは帰還したい』二巻、12/2発売しました!。
今回はアリスが表紙です! 多分Re:しましま先生はアリス推し! 続刊に繋がりますので気になった方は是非宜しくおねがいします!

i601534
― 新着の感想 ―
[気になる点] さすがマスター
[良い点] 初見です。 マスターかっけぇぇぇ! ってなりました。性格とか社交性とか全然違うのにクライに似てると感じました。あと「ますたぁ」って声も聞こえました(幻聴)
[一言] ダメっぷりの増してるアムとリンに、ここからどう調教していくのか楽しみ
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