第五十話:お前がこの地の王だ
《明けの戦鎚》と別れ、再び顔見知りを回っていく。
ブリュムやトネール、スイ達にはまた別の女の子を連れていると呆れられる。アレンさんの店に顔を出し、ちょうど道を歩いていた、共に大規模討伐に挑んだ槍士のハイルからは討伐がすぐに終わった愚痴を聞かされる。
こうしてみると、本当に色々な人と知り合った。
縁というのは重要だ。街を出ればこの中の大多数とは二度と会うこともないだろうが、縁は思い出の中に残る。出会いも別れも探求者の醍醐味だ。
市長のバルディさんへの挨拶は――また改めてすればいいだろう。どうせ会いに行かねばならない。
そして、夜もとっぷり更け、悪性霊体種の時間が来たところで、最後に向かった先は――ギルドだった。
「アリス、ずっと飲んでましたけど、そんなに沢山の魔力回復薬を飲んで……意味あるんですか?」
「まさか、備えをしなかったがために消滅してしまう事になるなんて……アム・ナイトメア。哀れ……」
「…………フィルさん! アリスに、こういうのやめさせてくださいっ!」
騒がしいなぁ。でも、アリスも楽しそうだし、もしかして悪性霊体種同士って相性……いい?
一日街を歩いてみたが、変わった事は何もなかった。街の最重要人物の一人が消えたというのに、昨日と何一つ変わらない日常が続いている。
マクネスさんは普段から仕事ばかりでほとんど外に出ていなかったらしい。一日顔を見ないくらいでは気づかれないという事だろう。
だが、ギルドの職員達の場合は話が別だ。
全く状況をわかっていないアムが、緊張したようにごくりと息を呑み込む。
「フィルさん、もう夜ですけど……まさか、これから依頼を?」
「そんなわけないだろ……」
ほら、《探偵》の第六感働かせて! ほら! ほら!
今日は僕の可愛い可愛い剣を連れて建物に入る。
ギルド内部は、昨晩以上に静まり返っていた。
昨日は探求者こそいなかったが、職員はいた。今日はその姿すらない。
アムが目を大きく見開き、きょろきょろと周囲を窺う。アリスが飲み干した瓶をしまうと、ふぅと小さく息を漏らす。
その時、カウンターの奥から酒やけしたような枯れた声がした。
「遅かったな、フィル・ガーデン。俺はてっきり――すぐに報告してくれるものだと、思っていたのだがなぁ……」
ぴんと、空気が張り詰める。
大きな酒瓶を片手に現れたのは、マクネスさんの上司――ギルドマスターのカイエンさんだった。
会議の時とは異なり薄い着流しを身に纏い、酔っ払っているのか、顔が真っ赤になっている。だが、隆起し発達した筋肉は量だけで言うのならばランドさんよりも上だ。恐らく、実際の膂力も。
ランドさんが速度重視なら、カイエンさんは恐らく威力重視の職を持っているのだろう。腕っぷしには自信があると言っていたのは間違いあるまい。
三メートルに近い体躯。発達した筋肉を制服で包み、怜悧な目つきをしたマクネスさんとは何もかもが正反対の男である。
カイエンさんは大きくしゃっくりをすると、僕に言った。
「マクネスが……消えた。生真面目でつまらねえ男だったが、仕事はできる男だった。やつに全て任せればギルド運営もうまく回ってたってのに…………だが、お前に言うのはお門違いだってこたぁ、わかってる」
「…………」
「なんでわかるかって? 俺がいくら怠惰だからって、自分の部屋にカメラくらい置く。マクネスは気づいていたかは知らんが――ほとんど、全て任せていたからなぁ」
「あのー……フィルさん?」
何も事情を聞かされていないアムが目を瞬かせ、困惑したように僕を見る。
どうやら…………《探偵》は適職ではなかったようだな。
カイエンさんがぼりぼりと髪を掻きむしり、とても、とても面倒くさそうに謝罪する。
「うちのもんが、迷惑をかけたな。全て――俺の責任だ。信頼していたとは言え…………まったく、まったく何も気づかなかった」
「…………」
「あぁ、わかっている。謝られても困るよな。これは、ギルドの失態だ。だが、公にするには事が大きすぎる。詳しい調査は面倒くせえが改めてやるとして、あぁ、フィル・ガーデン。当事者からも報告を聞かねばならぬと、思っていた。流石にな。そのために来たんだろう?」
朝から飲んでいたのか、どこか朦朧とした目つき。
ギルドのトップたるマスターにはそれなりに態度が求められる。マクネスさんがもしも残っていたらこんな態度は許さなかったに違いない。
少しだけ考え、疑問に思っていた事を確認する。
「カイエンさん、マクネスさんがいなくなって街は回るの? ギルドには製造型の《機械魔術師》が複数人いるって言ってたけど」
僕の言葉に、カイエンさんは意外そうな表情をすると、どこかバツが悪そうに言う。
「あ、あぁ。回る、はずだ。回る、と思う。マクネスのやつが上司だったから詳しくは知らねえんだが、地下に工場があってな。そこで魔導機械に関わる仕事をやってもらってる。悪いな、本来なら俺が考えるべきだったんだが、朝から頭が回んなくてな」
「…………それ、もしかして、ずっとお酒飲んでるからじゃないですか?」
アム、それは推理でも何でもないよ。酒瓶持って出てくりゃ、《探偵》じゃなくても同じ事言えるわ!
そして、だがそれは多分外れだ。マクネスさんもだが、彼も大概演技派だな。
僕は大きく深呼吸をすると、カイエンさんに微笑んで言った。
「まぁ、これは本題じゃない。僕がカイエンさんに言いたいのはつまり――」
「つまり…………?」
カイエンさんが身じろぎ一つせずに聞き返してくる。そして、僕は肩をすくめて言った。
「x1wqO3InSbIB9vcJtHS$Q8*v%lfJRp」
「ッ………………あ……あぁ?」
きっと傍から聞くと呪文のようにしか聞こえなかっただろう。
カイエンさんが目を剥く。隣にいたアムもぎょっとしたように僕を見る。
「え? えぇ? な、何言ってるんですか? フィルさん?」
「………………ど、同意だな。驚いた――マクネスに何かやられたか? 休んだ方がいいんじゃないのか? 何の暗号だ?」
カイエンさんが動揺を抑え、押し殺すような声で言う。まだ誤魔化すのか。
目と目をしっかり合わせる。朦朧としていても隠しきれない、悪鬼羅刹のような鋭い双眸。その奥に潜むものを見透かすように。
「カイエンさん。今の暗号は――暗号ではないんですが、ザブラクが僕に残した手紙に残されていた文字です。あぁ、もちろん今言ったのは頭だけで、本物はもっと長い。この意味がわかりますか?」
僕の問いに、カイエンさんが大きく深呼吸をする。握りしめた酒瓶がみしみしと音を立てていた。
呼気が湯気になりはっきりと見える。
「……なる……ほど? それで、それは、暗号ではないなら、何なんだ? ザブラクの手紙にはなんと?」
「何も書いていなかった。この文字列が何を意味しているのかも。でも……ふん。大体は、予想がつく」
後ろに立っていたアリスが、隣に立っていたアムの腕を取り、さり気なく場所を入れ替える。
もう完全に、カイエンさんの演技は剥がれていた。頬は引きつり、その目は射殺さんばかりに僕を睨みつけている。
一歩前に出て、目と目をしっかり合わせる。こちらの意志がしっかり伝わるように。
「カイエンさん、これはね――この荒野の主、遥か昔から動き続ける魔導機械の神、オリジナル・ワンの『パスワード』だ。貴方もよくご存じでしょう?」
「ッ…………なに、を……言って……」
ここからは――いや、ここまでも、そしてここからも、全ては僕の推測に過ぎない。
「有機生命種は他の種族と比べてずっと短命だ。オリジナル・ワンを作った術者も寿命を迎える。となると問題になるのは――オリジナル・ワンをどうするか、だ。そもそも、この荒野に魔導機械の楽園を生み出す計画は……一代で成るものではない。絶対に、後人に引き継ぐ必要がある。神として作られたなどと言っても、オリジナル・ワンは魔導機械、どれほどの叡智を結集しても生命の神秘には及ばない。いくら自己進化能力を持っていても、放置しておいたら進化する前に大きなヘマをして楽園を潰してしまうだろうし、新たな技術を開発したらアップグレードしたくなるかもしれない。だから、方法が必要だった」
推測だ。だが、推測は、ザブラクの手紙を見た瞬間に確信に変わった。
「魔導機械のスレイブの引き継ぎは本来、魔導機械の前で契約を交わし行われるものだけど――オリジナル・ワンの場合はそのような手を使うわけにはいかなかった。だって、魔導機械が、神が、マスターの存在を認識していたら――自立心が育たない。だから、原始的なパスワードで管理する事にした。そもそも契約で引き継ぐ場合、不慮の事故でマスターが死んだらそこで終わりだし――それにね、カイエンさん。僕は、最初にこの楽園を作る計画を立ち上げたのは…………一人ではないんじゃないかと思うんだ」
カイエンさんの顔が赤らんでいる。その目が先程とはまた異なる傲岸不遜な光を帯びる。両手足が震えているが、マクネスさんのように恐怖によるものではない。
これは、興奮によるものだ。
カイエンさんの口の端が持ち上がって行く。懐に手を入れてみるが、カイエンさんは大きな反応を見せずに僕の話を聞いていた。肝が座っている――考えるよりも動くタイプだな。
「《機械魔術師》はお金が稼げる職業だけど、所詮は一人の術者の力程度ではこの規模の事業は成らない。そう、いるとしたら――パトロン、とか。だから、パスワード管理ってわけだ。多分、オリジナル・ワンは自分のマスターの存在を知らない。ワードナーの記憶装置にも人の影はなかった。ただ、マスターはパスワードにより神に直接、命令を出せる。例えば――アルデバランに自殺させる、とか。空から特定の座標に光線を発射させる、とか。ふん…………知らぬ間に操られるとか、ぞっとしない話だな。はっきりと目の前で命令された方がマシだ。これは――責任の問題だよ」
邪悪だ。邪悪なのだ。一切自分の手を汚さずに、自身の存在すら教えずに、裏から全てを操る。僕も大概汚い手を使ってきた自覚はあるが――ここまでじゃない。
そもそも副ギルドマスターの行動を、ギルドマスターであるカイエンさんが気づかないなんてありえない。舐めているとしか思えない。
魔導機械の楽園を生み出す野望は、隠しきれる程楽ではない。
カイエンさんが表に出てこなかったのは、怠けている様子を出していたのは――最悪、計画が露呈した時に自分まで手が及ばぬようにするため。
マクネスさんと反りが合わないように見せかけていたのも、その一環だろう。
状況をようやく理解したのか、アムの顔が引きつっている。
懐から一通の封筒を取り出す。中に入っているのは一枚のチケットだ。報酬でもらった、境界船のチケット。
既に心は決まっていた。チケットを指先で挟み、持ち上げると、アリスがそれに小さく息を吹きかける。
アリスの力を受け、云十億するチケットが完全に塵になる。交渉は決裂だ。
僕は邪悪に魂を売ったりしない。
ぞくぞくと得体の知れない高揚が押し寄せてくる。僕はカイエンさんを見上げると、はっきりと言った。
「カイエン――お前がこの地の王だ」
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/槻影
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