CASE.45 何も気にすることはあらへん。貴女は頑張った……そう、貴女の大切な友達は最期にそう言ってくれたんじゃあらへんか? なあ、ベアトリスさん。 by.ユウリ
<Side.ロベリア/一人称限定視点>
後日談……話さないといけないことがいっぱいあるわね。大変だけど頑張るわ。
まず、ラインハルトがエドワード陛下を説得し、わたくしの処分は取り消しになった。
エドワード陛下は予想通り、わたくしを松蔭寺と重ねて恐れていたらしい。社交界やアダマース王国という共同幻想が、わたくしの諫言によって崩壊することを恐れたエドワード陛下は、わたくしの起こした不祥事を利用して平民堕ちさせることによって力を削ぎ落とすことを狙っていたらしい。……命までは取るつもりは無かったようね。
そして、神聖至高天教団と至高天教団と分かたれていた至高天教団だけど、ユウリが至高天教団の上位聖職者を皆殺しにした暗殺事件で至高天教団は実質壊滅し、ユウリが残した至高天教団の創設に関わる事実は神聖至高天教団の屋台骨すらも揺るがせた。
その事実がスカーレット達紫蘭推理愛好会を中心とする貴族達によって「神聖至高天教団もまた聖女リナリアを聖女ベアトリーチェと同様に使い潰そうとした」という噂と共に広められた結果、神聖至高天教団に対する信用は完全に失墜し、至高天教団の上位聖職者の座を奪おうと企んでいたガブリエル達は職を追われることとなった……貴族令嬢の逆恨みって恐ろしいわね。ガブリエル達だってそれが当然のことだと一般常識みたいに疑うことなく思っていただけなんだと思うけど。
こうして、終戦を迎えたアダマース王国ではこの内乱の裁判が行われることになったのだけど、問題は今回の終戦がどちらかの勝利で終結した訳ではなく、ラインハルト王太子殿下を含むわたくし達の説得によってなされたものだということなのよね。
そのため、反王国貴族連合側にも王国側にもどちらかを裁く正当な理由はなく、村木さん達第五陣営の参加もあって誰にどんな処罰をすれば良いか分からない状況になっていた。
そこで、わたくしは「喧嘩両成敗」の理論を基に、「戦争に関わった全ての者に責任があるとして、結果として誰にも誰かを裁く権利は無いのではないか」と訴えた。
つまり、今回の戦争では誰も裁かれないという状況を作り出したということね……まあ、これは確実に一番の重罪人になりそうな村木さんを守るためなんだけど。……村木さん達には《嫉妬の大罪》を討伐した功績があるけど、貨幣爆弾はまずかったわよね。本気でアダマース王国が経済的に滅び掛けた訳だし。
ということで、村木さんも、海賊さん達も、反王国貴族連合側も、王国側も、誰も裁かれる者は存在せず、この戦争は事実上の至高天教団一派の信用失墜と王国刑事部門総監のローレンスの辞任という二つの結果を残して終結した。
至高天教団だったものは医療を提供する組織として残り、これまで禁止されていた魔法薬などの研究も解禁されるとのこと……本当に関係ない末端の人々がこれ以上振り回されない世の中になるといいわね。
その医療を提供する組織の代表にアレキサンドラが就任し、その補佐をアウローラがしている。……アレキサンドラって責任感が強いから代表にこれほど相応しい人はいないとわたくしも思うんだけど、前に頑張り過ぎて倒れるちゃったことがあるからね。補佐のアウローラには是非ともアレキサンドラの体調管理を頑張ってもらいたいわ。婚約者との二人三脚でね。
アダマース王国はこれまで通り、エドワード陛下が統治をしていくことになる。ただし、その政治はお父様達元反王国貴族連合の貴族達の助言と承認を受けながらということになるけど。
その政治はラインハルト王太子殿下が即位するその日まで続くことになる。国に混乱をもたらした責任はあるし、そのまま国王を続けるというのはあまりにも道理に合わない話だから、この処置は当然よね。
それから、わたくしとラインハルトの婚約解消については不当なものであったとして取り消され、同時にリナリアとラインハルトの婚約も解消された。
反王国派筆頭のマリーゴールド公爵家の娘が王家に嫁ぐということは、王家の暴走を抑える抑止力を手に入れるということを意味するとかなんとか、そういう貴族達の目論見があるそうだけど、正直どうでもいい。
ただ、一つ問題があるのよね。世間的には王太子と結婚という幸運を勝ち得たリナリアさん問題。至高天教団の関係者ではあるものの、彼女個人には罪があるとは言えず、それに加えて七罪魔天を浄化した功績もあるのに婚約を解消せねばならないというのは彼女が可哀想ではないか? という話ね。……ちなみに、この思想の発信源も紫蘭推理愛好会なのだそう……彼女達、絶対に敵に回したくないタイプよね。
そこで、ラインハルトは「迷惑を掛けたリナリアに婚約の解消を願い出るというのは道理に合わないが、ロベリアとの婚約解消も道理に合わないものだ。そこで、ロベリアを正妃、リナリアを限りなく正妃に近い立場の側妃として迎えたいと考えている」と自らの意思を表明した。
この考えは広く受け入れられ、ラインハルトの目論見は成功したということになるわね。要は世間に公然と二股を掛けることを認めさせたという訳。
まあ、わたくしにもリナリアにも異論は無いし、魔法学園のラウンジで人目も気にせず二人でハイタッチしたくらいだから別に何の問題も無いんだけど。
こうして、平穏が戻ったアダマース王国。
ローレンスが後任としてわたくしを指名した結果、学園生でありながら王国刑事部門の総監に就任したり、王国刑事部門のルールの一部を改変して捜査に捜査権を持たない相棒を同行させることを認めるルールを定めたり、次期側妃の立場を手に入れたリナリアに「私がロベリアさんの真の相棒ですから、今に見ていてください! 絶対に捜査官になってロベリア様の正式な相棒になって見せますから」とリーブラが張り合ったり、ディル君とナーシサスが結婚して結婚パーティーにお呼ばれしたり、ティーチ達が正式にアダマース王国の海軍? 空軍? として雇われることになって世界各地を巡るようになったり、村木さんが新設された魔法科学捜査研究兼鑑識部門、通称魔捜研の初代鑑識長に就任したり、目まぐるしく日々が過ぎていったけど、わたくし達は今日も楽しく捜査と勉学の日々を送っています。
魔法学園も二年生に進学し、日畑さんの言うロベリア断罪の時は越えたそう。まあ、異世界化してシナリオが破綻してしまった今では大して関係ない話だけどね。
それでは最後に一つだけ。デルフィニウムさんが連れ帰ったアイリスさんというお姫様も含めて今回の内乱と事件解決に尽力した全員で食べたシメの醤油ラーメン――あの味はわたくしの中で忘れられないものになったわ。
◆◇◆◇◆
<Side.神の視座の語り手/三人称全知視点>
カタコトと馬車が音を立てながら王都を目指して進んでいく。
「お客さん、そんな風にキョロキョロしとるっておのぼりさんに思われまっせ?」
馭者の少女がたった一人の乗客の少女に声を掛ける。
「随分と変わったんだね。魔法学園? ってところにご招待されたんだけど、そんなもの昔は無かったからね」
「お嬢さんもお若いでっせ。そんな年寄りくさいこと言わんでください」
「うーん、年寄りくさいかな? そんなつもりはないんだけどなぁ。それに、村の人達にはよく子供っぽいって言われていたんだけど」
「そういう意味やないんですけどね」
馭者がボソッと呟いた言葉は少女の耳朶を打たなかったようで、足をぶらぶらさせながら上機嫌に外を見ている。
「魔法学園に入学でっか? 貴族やないのに魔力持ちとは珍しいねんな」
「そういえば、村の人達にも気味が悪いなって言われたっけ? でも、お父さんとお母さんは『その力は天からの授かりものだから大事にしないといけないよ』って言われたんだ。村の人達からは貴族の隠し子? なんじゃないかって言われたみたいだけど、お母さんが浮気する訳ないでしょ、ぷんぷん!」
神聖魔法を持って生まれた少女――しかし、特別な力を持って生まれながらも幸福な家庭に生まれた彼女はこれまで幸せに暮らしてきたのだろう。
「わたしと同じぽやややや! な力を持っている大聖女様が世界を救ったんだって? なんか悪いことをしちゃったな。わたしがもっとしっかりしていれば……」
「何も気にすることはあらへん。貴女は頑張った……そう、貴女の大切な友達は最期にそう言ってくれたんじゃあらへんか? なあ、ベアトリスさん」
馭者の少女は不敵に笑う。それは、絶対に勝てない世界最強の剣士に最高のドッキリを仕掛けて一矢報いる瞬間を思い浮かべたからか……それとも。
「それでは、楽しい学園生活になることを心からお祈りしています。ベアトリーチェ様」
まるで狐に摘まれたかのように、少女が前世の自分の名を耳にして驚き、すぐに窓から目を離して馭者台に目を向けるが、魔法学園に着いた馬車からは馭者の少女の姿が忽然と消えていた。
お久しぶりです。逢魔時 夕です。
さて、『元悪役令嬢捜査官ロベリアと相棒リナリアの事件簿〜高慢令嬢から一転推理大好き捜査官になっていた悪役令嬢のロベリアの相棒に選ばれてしまった聖女でヒロインのリナリアはハーレムルートを捨てて難事件に挑む〜』、いかがでしたでしょうか? 個人的には書籍化できそうなくらい手応えがあったものだったのですが、思うように伸びずという結果になりました。うん、残念。
気を取り直して雑感書いていこうと思います。
ます、今回の小説の発端は夏のホラー2020に投稿した『除霊探偵百上宗一郎と助手の朽葉ちゃんの事件簿〜巨大駅迷宮の怪異〜』という短編でした。
こちらで登場した百上宗一郎なんかも今回の小説には大きな影響を及ぼしています。この小説はカオスファンタジー第二弾『乙女ゲームの廃スペック悪役令嬢は百合を愛でて暮らしたいだけ〜破滅フラグも第三王子との婚約も前世の因縁もノーサンキューです!〜』、圓ちゃんの物語の番外編のような扱いのものですので、本作を圓ちゃんの物語の番外編として捉えることも可能ではありますが、今回は本作だけで完結を狙ったので元の世界の設定は正直内部で紹介している範囲で大丈夫だと思います。相互に補填し合える関係ですか、そこまで気にする必要はないという感じですね。
本作のテーマはいくつかありました。まずは、「断罪」というものの捉え方。
「ざまぁ」されるのは乙女ゲームの悪役令嬢と相場がきまっているように思えますが、それをひっくり返せないかと。そのため、今回「ざまぁ」されるのは、浄化の対象となった三毒――国王、総監、教会になります。まあ、捻くれ者なので、普通じゃつまんないんですよね。
今回は自分の中で一番創作には向かないと思っていた仏教を取り入れることも狙いの一つでしたので、三毒や天人五衰の設定は自分の中で上手くハマったと思います。
刀の数が除夜の鐘になっているとか、その辺りのことは作中で説明しているので特に問題は無さそうですね。
では、続いて共同の幻想という単語について。勿論、これは吉本隆明の共同幻想論の中の共同幻想が元ネタとなっております。
本作のテーマの一つには共同の幻想に対する個人ということもありました。ちなみに、私も共同幻想を個人幻想ではどうしようもないと感じています。物語ではロベリアさん達が三毒を崩壊に追いやり、新時代を築くことになりますが、実際は共同幻想の中心が国家から貴族達に移っていったことで、共同幻想に狂わされた個人の幻想vsそれぞれの目的のために行動する個人の幻想になったように思えます。
結局、国家というものは破壊できないものですね。今度は戦争の勝者達が新たな幻想を築いていく訳ですから。
総監殿の「共同幻想を前にすれば、個人の夢や感情など何も役に立たない。お前達もそれを理解する日が近いうちに来る」という言葉やデルフィニウムの「どうせ、人間は変われません。また同じ間違いを繰り返すだけです……世界は少しずつ違いながらも結局永劫に回帰しているだけですからね」という言葉は、やがて訪れるであろう新たな腐敗の時代を暗示させます。
ロベリアやその周囲は多分変わらないと思います。しかし、それがいつまでも続くとは限りません。ロベリアが後世どのような評価をされるかは分からないということですね。
もしかしたら、松蔭寺のように歴史から抹消、なんてこともあるかもしれません。
本作ではロベリアとリナリアを超える自分の中での最高のカップリングが誕生しました。デルフィニウムとベアトリーチェです。
まさかあのメイドが……どうせ、最後にあんな強敵になるとは思っていなかったんだろ? と思われるかもしれませんが、あの時点で仏教関連の話をしている段階から天人五衰の一人という設定は決まっていました。ベアトリーチェは本当にイレギュラーです。
彼女……いえ、彼と呼ぶべきでしょうか? 名前のない彼は壮絶な人生を歩んできています。この天人五衰は逆輸入した圓ちゃんの方で松蔭寺と共に掘り下げる予定ですが、どうなるかは未定です。
バランスブレーカーとして設定されたデルフィニウムですが、彼女自身は無償で人助けをするような人ではありません。彼女は結局、ベアトリーチェを失ってもその生き方を捨てませんでしたが、ベアトリーチェを救えなかったことはずっと後悔してきました。最終話では報われる予感がして終わりますが、あのエンドが個人的にはお気に入りです。回収できなかった設定と共に続きを書こうかと悩んでいた時期もあるので、もし続編を書くならベアトリスとデルフィニウムの掘り下げもできそうですが、現時点の爆死したモチベでは無理ですね、あはは。
今回は後編が特に重くなってしまいました。が、個人的にはとても満足しています。自分なりに正義とは何かを表現できたと思っています。このコロナ禍の時代、ロベリアの持つ人の正義を許容できる正義が広まりますように……と、すみません、格好つけました。
最後に、自分の中での最も気に入ったセリフを一つ。
「……俺だけが大切に心の中に仕舞っておいて忘れなければ、それで良いんです。ベアトリーチェさんの真実も、彼女がくれたデルフィニウムという名前に込められた気持ちも」
世界によって殺されたも同然なベアトリーチェから受け取った名前を今も大切にしているデルフィニウムらしい言葉です。
名前を記号と作中で言っていますが、それは自分だけが意味を知っていればそれでいいということの裏返しです。同情なんてされたくない、誰に理解される必要もない。ただその事実を自分だけが知っていればいい。彼女らしい、彼女の生き方を象徴する言葉だと思っています。
うん、やっぱりいいな、デルフィニウムとベアトリーチェのカップリング。皆さんも、そうは思いませんか?




