第三話「初めてのデート」
思い返してみれば、片穂と恋人らしいことを全くしていなかったな、と司は猛省に猛省を重ねていた。
現在、高校二年生の一七歳。若さ溢れるエネルギッシュなイチャイチャでキャッキャウフフな日々がなければならないのだと、司はそう思ってはいたのだが、
「だからってさ、妹にデートをセッティングされるってのは兄としてどうなんだ……」
「……? どうしたんですか、司さん?」
静かに頭を抱える司を、隣を歩く片穂が不思議そうに見つめる。
そして、そんな二人を後ろから見守る影がなんと三つ。
「ねえねえ、導華ちゃんと朱理……さん? 勢いで遊園地なんか連れてきちゃったけどさ、なんであの二人は手を繋ぐどころか楽しそうに会話をすることすらしないわけ?」
「ワシに言うな小娘よ。共に暮らしてよく分かった。あの二人はただのアホじゃ。司は家事全般をこなす上に片穂の世話までしておるから毎日ぐっすりと眠りこけておるし、片穂は無知がゆえに毎日ニコニコしながら夜はすやすやと眠っておる。恋人と呼ぶにはあまりにも遠いのぉ」
「残念ながら、司様のフラグ回避能力はすさまじいものですわ。結果的に誰かを救っても、結局片穂さんしか見ていないから私がいくら誘惑しても笑顔でスルーされますの」
そんな二人のタレコミを聞いて、真穂は有り余る困惑をため息にのせて吐き出す。
「あのさ、私の兄を取り巻く環境は一体どうなってるの……? 普通に一緒に暮らすとか普段から見てるとかさ、あの人本当に普通の高校生やってるの……?」
「当の本人は真っ当に高校生をやっていると思っているようじゃ。まぁ、ようやくその勘違いに気づいているようじゃがの」
顎でくいくいと真穂の視線を誘導する先には、自分がいかに高校生らしくない生活をしているかを実感して頭を抱えるダメダメお兄ちゃんの姿が。
「つ、司さん? 頭でも痛いんですか? そうだ! 私、せっかくだから特製ジュースを作ってきたんです! 元気になる成分たっぷりだからこれで頭が痛いのも治りますよ!」
「か、片穂が一人で作ってくれたのか……?」
「はい!」
「そっか。俺はとても、とっても元気だから、気持ちだけ受け取っておくよ。本当にありがとう。だからその黒い瘴気の出ている水筒はしまっていいよ」
「……? そうですか……、分かりました」
(ごめんな、片穂……、今それを飲んだらデート先が遊園地から病院に変わっちまうんだよ……)
心の中で片穂に謝りながら、下を向いていてはいけないと司は顔を上げる。
今いるのは都内某所の遊園地。千葉にある夢の国ではないが、それでも規模は大きめで様々なアトラクションが用意されていた。
高校生らしいことなんかしようと、司は目の前にそびえ立つアトラクションを指差す。
「ほら、片穂! あれだ! あのジェットコースターに乗ろう! なんでも景色どころか世界観まで一周するっていう謳い文句の楽しいやつらしいぞ!」
「じぇっと、こうすたぁ、ですか? どんなやつなのでしょう?」
「説明するよりも乗った方が早い! さあ行こう!」
司はここで始めて片穂の手を取り早速乗り物待ちの列へ並ぶ。
「おお。司が手を握りおったぞ。これはかなりの進歩と見ていいのではないか?」
「確かにそうですわね。司様は私がいくら近づこうとしても絶対に一定距離を置ける間合いの持ち主ですから」
「ねぇ、だから私のお兄ちゃんのそんな話聞きたくないからやめてくれない?」
ため息を吐いて視線を戻すと、どうやら司たちの乗車の時間になったらしい。
側から女の子三人がカップルの行方を見守るなんて構図に近くの人が若干動揺しているようにも見えたが、真穂たちはそんなこと一切気にしてはいなかった。
彼女たちの意識は、視線の先にいる二人一点。
「つ、司さん⁉︎ 座ったと思ったら上から降りてきた棒に締め付けられましたよ⁉︎ 拷問でも始まるんでしょうか⁉︎」
「大丈夫だ! 一部の人には拷問に分類されるかもしれないけどこれはきっと幸せな世界へ俺たちを運んでくれる方舟のはずだ!」
数分後、司と片穂は遊園地のトイレの近くにいた。
「つ、司さん……、世界が、世界がぐるぐる…………気持ち悪いですぅ……」
「すまん片穂。俺も拷問を受けて自分の足で立ち続けるのは無理みたいだ……」
青ざめた顔をしている二人を見て、近くから叫び声があがる。
「ふざけんじゃねぇぞこのバカップルどもめがぁぁぁああああ‼︎」
「ふぶぉあ⁉︎」
ドッシャーンッ‼︎ と豪快な音を立てて司が近くにあった椅子ごと吹っ飛んだ。
なんだなんだと周りの視線が刺さるが、男一人と困惑する女一人と怒り狂う女一人というなんとも泥沼な雰囲気が触れてはいけないオーラを醸し出していた。
訳も分からずぶっ飛ばされて頭にはてながふわふわと浮いている司のことなど一切関係なく、真穂はこめかみの血管が張り裂けそうな勢いで声を上げる。
「あなたは! なぜ! 女の子と! 普通に! デートすら! 出来ないの!? 答えて! 答えろお兄ちゃん!」
「や、やめろ真穂! こんな場所でそんな声を荒らげて兄の肩を掴んで振るんじゃない! 何か最初のほうの思い出が蘇ってきたからちょっと待って!」
「だったら不甲斐ない兄を見続けて心配が止まらない完璧超人な妹にまともな兄らしいところを見せてちょうだいよ! そうしないと私は一睡もできない生活が始まってしまうかもしれないんだよ!?」
「だから待ってって! 酔う! ただでさえ酔ってるのにこれ以上振られたら本当にヤバいから離してくれ!」
なんとかもがいて真穂から距離をとると、口からの濁流を防ぐために全力で深呼吸をして無理矢理に体調を落ち着かせる。
隣で未だに片穂が「うう。ぐるぐる、世界はぐるぐるですぅ」と青ざめた顔でアスファルトとにらめっこしていることも気になるが、まずは目の前の完璧超人の妹をどうにかしなければならない。
「もう一回! もう一回チャンスをくれ! これから兄としての威厳をお前が嫌になるほど見せつけてやるから!」
「……本当に?」
「本当だ!」
「…………じゃあ、信じる」
小さく呟くと、真穂は静かに振り返り、陰で見ていた導華と朱理の元へ歩く。
「意外と素直に帰ってくるんじゃな」
「だって、お兄ちゃんがあんなに出来るからやらせてくれなんて言うの初めてだから。今まではずっと私が手伝わなきゃどうにもならなかったのに」
「ワシは昔の司はあまり知らんが、きっと、真穂が知っている司よりも、今の司のほうがずっと強い。それだけは断言しよう」
「随分とお兄ちゃんを評価するんだね」
真穂のそっけない言葉を聞いて、導華は小さく笑う。
「大切なものを意地でも守ろうと立ち上がれる男が、弱いわけがないじゃろうに」
「……どういう――」
真穂が首を傾げた瞬間に、ぴくっと導華と朱理の表情が変化した。
一瞬で変化したピりついた二人の雰囲気に気が付いたのか、真穂はすぐに問いかける。
「……何か、あったの?」
「……悪魔」
朱理が、一言だけそう言った。
悪魔、人の悪意を喰らうために人に憑りつき害を振りまく闇。
つい今朝、そんな存在がいるのだと説明を受けたばかりだった真穂は、信じるとは言っていても納得できていたわけではなかった。
しかし、この二人の顔を見て悪魔は本当に存在するのだということを確信した。そして、目の前にいるミニスカ着物の金髪ツインテールな導華も、司の隣にいる片穂も、天使なのだと、信じるしかなかった。
ねばついた唾液が、真穂の喉をゆっくりと通った。
そして、逆に信じられないという顔で口を開いたのは導華だった。
「…………アスモ、デウス……………?」
空は、相変わらず青い。
二つ同時連載が想像以上に大変なので毎週は厳しいかもしれません。でもちゃんと完結させますので、これからもよろしくお願いします。頑張ります。




