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俺と天使のワンルーム生活  作者: さとね
第三章「不屈の英雄に最高の誉れを」
92/106

行間「薔薇と蜜」



「この世界は醜いと思わないか?」


 これが、父から聞いた最後の言葉だった。

 世界を見た事がない自分からしたら、世界がどうなっているのか分からなかった。

 醜いのか、美しいのか、殺風景なのか、華やかなのか、絶望に満ちているのか、希望で溢れているのか。

 何も、分からなかった。だから聞いたのだ。


「世界って、本当に醜いの?」


 返事はこなかった。

 気がついたら父は目の前にいなかった。

 何もない部屋。孤独だった。

 次に来たのは、父の部下だった。

 恨みはないが、命令なんでな。

 そう言った。

 拳が体中に飛んできた。途中から意識なんてなかった。殺さずに捨てられたのは、彼にできる最低限の優しさだったのだと思う。

 別に誰かを恨んでいるわけではない。

 ただ知りたかったのだ。この世界が本当に醜いのか。見た事のないものを醜いだなんて呼びたくはなかったから。


 次に目が覚めたのは、どこか薄暗い場所だった。今までいた世界とは別の場所にいると、息を吸った瞬間に分かった。

 ここが、父が醜いと言っていた場所か。

 見て回ろうと思ったが、ボロボロになった体は言うことを聞いてくれなかった。どこか体を動かそうと思う度に激痛が体に響いた。

 だから蹲っていた。後から自分のいた場所が路地裏なのだと、知識を得てから分かった。


 どれだけ時間が経っただろうか。それも分からない。

 近くで力を行使する気配を感じた。そちらへ行けば何か怒るのだろうか。

 だが、傷ついた体は動かない。


 また時間が経った。痛みが引く様子はない。むしろ気分が悪くなってきた。

 ここで死ぬのだろうか。そう思った。

 別に生きることへの執着はなかった。父に捨てられた以上、もう自分に価値はないのだから。


 ふと、カツン、という音が響いた。

 誰かが歩いているようだった。それも普通ではなく、足を引きずって歩くような音だった。

 足音の源を視認した。Tシャツにジーンズの女性だった。しかし、服も体もボロボロでシャツには血が染み込んでいた。折れているのか、右手を押さえながら壁に体を支えてもらって歩いていた。

 女性がこちらに気付いた。

 自分と同じように傷だらけであることに気づいたのだろう。女性は心配そうに顔を覗き込んでくる。

 もうすぐ死ぬと思っていた少年は、助けを求める前にこう言った。

 せめて、答えだけは知ってから死にたかったから。


「この世界は、醜いの?」


 少し驚いたような顔をしてから、女性は口を開いた。


「否定はしないわ。確かに醜いところもたくさんある」


 でもね、と女性は笑って、


「それ以上に、この世界は美しい」


 ボロボロの体なのに、それでもこの世界に希望を持った顔で、大切なものを見るような目で、空を見上げる。


「私はこの世界を守りたいの。たとえこの命が消えようとも」


「……そうなんだ」


 少年は呟いた。

 女性は静かに問いかける。


「あなたは、この世界が醜いと思うの?」


「分からない」


 素直な気持ちだった。

 少年の返事に、女性は「そう」と言ってから手を差しだす。


「なら、見てみない? 世界が本当に醜いのかどうか」


 痛みで動かなかったはずの体が自然と動き出し、魔女の手を取っていた。


「帰りましょう。可愛い小悪魔さん」



 そして運命が引き寄せた二人は歩きだす。

 これは悪のまま、美しい世界を救おうと考えた、魔女と悪魔の物語。


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