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俺と天使のワンルーム生活  作者: さとね
第三章「不屈の英雄に最高の誉れを」
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その4「蠢き襲うは、忌まわしき魔女の血」

 完璧なまでに最高で、それでいて文句を言ってやりたいほどに憎たらしいタイミングで、彼らはやってきた。

 仲が悪そうに喧嘩をしたと思えば、親友のように笑い合う二人が、そこにはいた。

 こんな二人を見て、司は笑って文句を言う。


「遅いんだよ。この野郎」


「悪い悪い。探すのに手間取っちまってな」


 そんな様子を魔女は心底不機嫌そうな顔で見つめる。


「ここは関係者以外立ち入り禁止なのだけれど。一般人を巻き込むつもりはないわ。今から帰るなら無傷で帰してあげる」


「残念だけど、立ち入り禁止なんて張り紙も看板も見なかったけどな」


 ピクッ、っと魔女の表情が引きつった。唇を僅かに震わせながら、魔女は英雄を見下ろす。


「そう。ならば遠慮しないわ。関係のない人を巻き込むつもりはなかったのだけれど、そっちから踏み込もうというのなら容赦はしないわ。……消えなさい」


 ふっ、と手を上げると、司に向かっていたはずの水のゴーレムが英雄と誉に向かって動き出した。

 向かってくるゴーレム達を見ながら、誉は深呼吸をしてから英雄に向かって左手を上げる。


「英雄。よく聞きなさい。この手を取ればあなたはもう元の世界には帰れない。悪魔との戦いが必須の死と隣り合わせの時がこれから何回もやってくるわ。逃げ出すならこれが最後。よく考えてから──」


 言い終わる前に、英雄は誉の手に自分の右手を重ねた。


「言ったろ。一緒に戦うって。『英雄(えいゆう)』は敵の目の前で尻尾巻いて逃げたりなんかしねぇよ」


「言うようになったじゃない。嫌いじゃないわ」


「素直に好きって言ってもいいんだぞ」


「ちゃんと勝てたら考えてあげてもいいわよ」


 英雄は、「言ったな?」とニヤリと笑った。

 視線はそのまま迫りくるゴーレムたちのままだ。普通の現象ではありえない魔女の力を見ても、英雄は動じない。それどころか笑みは増していく一方だった。

 そんな英雄の決意を肌で感じた誉は、そっと目を瞑り体の力を抜く。


 同時に、ふっ、と彼女の体に変化が訪れる。司にとっては何度も見た光景であり、英雄は一度も見た事がない瞬間だ。

 本来天使であるその体を、その力を安定させるために自らの体をわざと一つ下の次元に落として生活していたその肉体を、天使は元あるべき姿へと再変換させる。

 ただの女子高生だったはずの彼女に、人間にはあり得ない神々しさが纏わりつく。碧い光が彼女を包み、その姿を変えていく。黒かったはずの瞳は水色に、制服だったはずの衣服は美しい海のような青に染まった衣装に、そしてその背に本来あるはずだった白銀の翼が、この下界に顕現する。

 光が消え、その全貌が現れる。人間進撞誉が、天使イドミエルになった瞬間だった。


 隣にいた男は、見惚れていた。驚くというよりも、その天使の美しさに目を奪われていた。

 その視線に気づかずに、天使は言う。


「英雄、私との『契約』よ。全力で私を守りなさい。私も、全力であなたを守るから。だから、私と一緒に戦って」


「言うまでもない。当たり前だ」


 言うと思った、と言わんばかりの表情をして、天使は英雄に触れている左手に意識を集中させる。

 すると、突然英雄の体に違和感が流れ込んだ。

 一瞬ビクッと体を揺らした英雄だったが、その意味を理解してその違和感を受け入れる。

 数秒経って、誉は手を離す。


「準備完了よ。これが私とあなたにできる最大の事。後は慣れよ。力が流れている今なら、なんとなく使い方は分かるでしょう?」


 そう言われても、と英雄は声に出そうとしたが、体を少し動かしただけでその意味を理解して言葉を中断した。

 英雄は拳を握った。

 なんと心地の良いことだろうと、英雄は思った。

 先ほど誉が行っていたのは自らの力の譲渡だ。自分の中に入ってきた誉の力は、それはそれは優しくて、温かい、安心のできるものだった。

 残念ながら、英雄に天使を許容できるほどの器はない。しかし、天使の力を行使するのはただ身に宿すだけではない。

 朱理が鎌を振ったように、それを司が剣で防いだように、人間の肉体のままで天使の力を行使する術は存在する。

 そのことを、力を受け取って本能的に理解した英雄は握った拳を少しだけ開いた。


「「【滔碧とうへき大鎚おおづち】」」


 音もなく、ハンマーが二人の手にそれぞれ現れた。

 英雄は手にしたハンマーに視線を下ろす。

 このハンマーが、自分の持てる戦力の限界だ。欲張るつもりはないが、司との違いを痛感した英雄は少し残念そうな顔で、


「司みたいに格好よく変身、ってわけにはいかないんだよな」


「あなたにできるわけないじゃない。完璧なまでに出来損ないなんだから」


「はは。それもそうだな」


 そう言ってから、「でも」と英雄は続けて、


「「その方が、()たちらしい」」


 そう、笑顔のまま二人は言った。憎たらしいほど、息のあった二重音声だった。

 気がついたら、魔女の力で現れた水製のゴーレムがすくそこまで来ていた。

 それを睨みつけて、二人はハンマーを振りかぶる。

 完全な臨戦態勢で、二人はゴーレムを迎え撃つ。

 向かうゴーレムからも、司を吹き飛ばした強烈な大量の拳が二人に迫りくるが、


 ボゴンッ! という鈍い音と共にハンマーがゴーレムの拳を砕いた。


 ハンマーを振ってゴーレムの腕を同時にそれぞれ砕いた二人は、振った衝撃を利用してそのまま次の攻撃へと移行する。

 数秒の間に、何体ものゴーレムの拳とハンマーがぶつかり、ハンマーがそれを貫いていく。

 戦う二人は、どこか充実しているような顔をしていた。






 ゴーレムに吹き飛ばされて意識が朦朧とした司は、その様子を呆然と見ていた。

 目の前の現象が全て理解できているわけでない。しかし、それでも司の頭に違和感が、疑問が浮かぶ。


 (なんで、誉は天使化できているんだ……?)


 司は視線を魔女のいる二階へ移す。

 そこには力なく倒れる片穂がいる。天使になれるのならすぐになっているはずだ。しかしならないのなら、いや、なれないのなら、なぜ目の前の誉は天使としてハンマーを振るっているのだ。

 片穂が出来なく、誉が出来る理由はなんだ。

 ようやく司の思考が回り始める。

 もう一度、司の頭に魔女の言葉が反芻する。


「力……制限……? そもそも、考え方が逆……?」


 片穂の天使化を封じているのではなく、()()()()()使()()()()()()()()()……?


 巡る。思考が駆ける。

 魔女の力には準備が必要で、この場はそれが全て整っているはずなのだ。

 観察しろ。考察しろ。暴け。探せ。逆転の一手を。

 司の視界に、戦う戦士たちが映った。

 そこでさらに違和感。

 回復して再び英雄達に向かうゴーレムと、弾け飛んで復活しないゴーレムがいる。

 違いはなんだ。考えろ。凝視しろ。

 そこで、再びハンマーがゴーレムの拳を鈍い音と共に貫く。


「俺が殴った時と音が違う……?」


 最初に司がゴーレムを鉄パイプで殴った時は胴体だった。その時は一瞬で体の形は元に戻り反撃されたが、今のはどうだ。腕に当たった攻撃は水を叩いた音とは明らかに違う。

 薄暗い倉庫の中、司は目を凝らす。


 色が違う。分かりにくいが、腕と胴体で色の濃淡が違うのだ。腕はほんの少しだけ黒みがかり、体は透明に近い。明るい場所なら見やすいのだろうが、電気のない倉庫の中では意識しないと判別できない。

 しかし、これが魔女の狙いなのではないか。見せたくないから、気付かれたくないから、この薄暗い倉庫を選んだのではないか?

 しかし、それだけじゃないはずだ。それなら夜に襲えばさらにいいはずだ。

 ならば、まだこの倉庫には秘密があるはずだ。


「──って、あぶねぇ!?」


 考えに没頭していて、自分の元に迫っていたゴーレムに気付かなかった。

 慌てて司は転がりながらゴーレムの攻撃を回避する。それと同時に、司の体が水浸しになる。倉庫の床に浸っていた水だ。このゴーレムの根源である床一面に張られた水を、司は見つめる。全身に水がついたせいで、下を見る司の頬を水滴が流れる。

 そして、さらなる水滴が司の鼻に近づいた時だった。


(鉄の、匂い……?)


 ずっと倉庫の中に充満していた鉄の匂い。この場にいるときは常にその匂いに満ちていたのだが、今になってさらにその匂いが強くなった。

 なんとなく、血の匂いにも似ているな、と司は思った。

 そう思った途端、司の中の何かが揺れた。


 準備に時間のかかる限りのある制限された力。

 腕だけ黒みがかった強度の違うゴーレム達。

 倉庫一帯に充満する鉄の匂い。


 思い出す。片穂が誘拐されたあの時に司の部屋にあったガラス片にも、鉄の匂いがこびりついていたことに。

 思い出す。魔女の喫茶店に行った時に、自分が用意した飲み物に口すらつけていないのにカップが空になっていたことに。


「…………血だ」


 司は小さく呟いた。

 その小さな声を聞き取った魔女の表情が、僅かに動いた気がした。

 急にゴーレム達の矛先が司へと向き始めた。

 司は叫ぶ。


「誉ちゃん! 倉庫の水をまとめて一か所にまとめることはできる!?」


「お安いご用ね‼」


 ハンマーを振っていた誉はその手を止めて、水の操作に意識を集中する。

 足元が一瞬ぐらついたと思ったら、倉庫の水が波を立てて動き出した。

 チィ‼ という魔女の大きな舌打ちが聞こえた。

 そんなことなど気にせずに、誉は倉庫の水を制御して空中に巨大な球を作りだした。


「……正解、だったみたいだな」


「ここまで勘が鋭いとは思わなかったわ。褒めてあげる」


 ゴーレムは、消えていた。いや、というよりも、目の前に浮かぶ球体がゴーレム達だったのだ。


「この倉庫を選んだのは、自分の血が大量に混じった水を静水として床に張るため。川とか外だと流れてどっかに行っちまうからな。さらに血が混じってることを気付かれないために電気をつけずに薄暗くして、錆びた倉庫にすることで血の匂いが鉄のものだと勘違いさせた。本当に憶病なんだな」


「そうね。使う力は最小限にしたかったから天使化を防ぐ結界はこの娘の周囲にしかない。この子の姉は厄介な天使だから、天使化したら殺すと脅そうと思っていたんだけれど。馬鹿な天使がきてしまって計画が台無しだわ」


 喋り方事態の余裕は消えていないが、表情には怒りが滲み出ており、階下でハンマーを握る二人の若者を睨みつけていた。


「ここでこの天使を殺したら脅迫素材がなくなっちゃうから殺すって脅しも出来ないし、血のカラクリも見破られたてしまったから高みの見物も出来なくなったし……」


 はぁ、と魔女はため息を吐く。


「世界を守るためにやっているのに、そんなにもサタンにこの世界を乗っ取られたいの、あなたたちは」


「そんなことさせない。俺が絶対に守ってみせる」


「そんなこと出来たらとっくにやっているわ。出来ないからあなたたちを殺すことに決めたのよ」


「残念だな。親友の命は俺が全力で守らせてもらうぜ」


 魔女のこめかみに血管が浮き出るのが、離れている司からも確認できた。


「どいつもこいつも、何も分からない馬鹿ばかり。心の底から腹が立つわ」


 今まで以上に冷酷な声をした魔女は、両手を宙に浮かんでいる自分の血が混じった水を天使の力でまとめた球体へと向ける。

 突然、水を自分の力で抑えつけていた誉の顔が歪んだ。

 次の瞬間には、球体だった水は弾け、魔女の元へ吸い込まれるように近付いていく。

 そして完成したのは、巨大な両手だった。巨人の手を無理やり人間につけたような違和感を持つほどに、それは異様な光景だった。

 その異様な姿のまま、魔女は不敵に笑った。


「全員。ここから生きて帰れるなんて思わないことね。私は世界を守るために、あなたたちを必ず殺してみせるわ」


 世界の安寧を願う司たちの敵は、そう宣戦布告してきた。


遅くなってすいませんでした。

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