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俺と天使のワンルーム生活  作者: さとね
第三章「不屈の英雄に最高の誉れを」
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その2「おべんきょー、です!」

「それじゃあ、勉強をしようと思うんだけど……」


 テストで片穂と誉が、そして司と英雄が勝負をすることになったため、今日は放課後すぐに司の家で勉強会だ。ちなみに、文化祭もあったのでバイトはテストが終わるまで休むと連絡しておいた。


 というわけなのだが、少し司の顔は複雑だった。というのも、それは司の隣にいる片穂と、その正面にいる少女の間に流れる微妙な雰囲気が原因だった。


「そうですわね。司様のお役に立てるよう、尽力させて頂きますわ」


 例のごとく朗らかな笑みを浮かべた朱理を見て、耐えきれなくなった片穂が声を上げた。


「司さんっ! どうして雨谷さんが司さんの家で普通に座って勉強をしようとしてるんですかっ!」


 片穂は鋭く人差し指を朱理に向けて司に訴えかけるが、朱理の表情は一向に変化せず、むしろ口角を上げて片穂を煽るように、


「あらあら。司様にはあなたの勉強も見るという条件の元、許可を頂いてここにおりますの。何か文句がありまして?」


「むぅ〜! お姉ちゃん! 何か言ってよ!」


 頬を膨らませて片穂は司のベッドで寝ころびながら本を読む導華に懇願する。


「ワシは構わんぞ」


「ほら! お姉ちゃんもこう言って…………ないの⁉︎」


 見事なノリツッコミをかました片穂のことは気にかけず、導華は本に目を通しながら脱力した声を出す。


「悪魔の力を持っているこの女を、ワシはまだ信用しておらん。何があるか分からんからのぉ。裏でコソコソと動かれるよりも目の前にいるほうが都合がいいんじゃ」


「そ、それはそう、だけど……」


「それに、ワシが馬鹿どもの面倒を見る手間も省けるしのぉ。一石二鳥じゃ」


「絶対に勉強見るのが面倒なだけだろうけどな……」


 苦笑いしながら司がため息を吐く一方で、朱理は嬉しそうに手を合わせる。


「私としても嬉しい限りですわ。あなたたち天使の前では、てっきりあの力を見せたらもうお側にいれなくなるかと思っておりましたので」


「ってことは、導華さんのことも知ってたのか?」


「街の真ん中であんなに大きな結界を張ってあそこまでの戦いをされたら見えるものは嫌でも見えてしまいますわ。見るな、という方が無理な注文かと」


 街の中心、ということはこの前にアスモデウスと戦った時だろう。確かに、悪魔の力を持つ朱理ならば結界の中にも容易に入れるだろう。


「この前の戦い、見られてたのか……」


「えぇ。影でこっそりと見させて頂きました。素晴らしい活躍でしたわね」


「うぅ……恥ずかしいな……」


 実際のところ、あの戦いで尽力したのは華歩だ。司自身、あまり力になれたという自覚はない。むしろガス欠で戦闘不能にまで陥る始末だ。なんとなく情けないような感覚がして司が頬を赤らめると、赤い風船のように感情を表に出した片穂が声を上げる。


「むぅ〜! 司さん! 早く勉強です! ほら! 教科書を開いてください!」


 バンバンと机を叩いて片穂は司に教科書を押し付け、勉強を促す。


「わかったわかった。それじゃあ、よろしく頼むよ。雨谷さん」


「承知しました。では、分からないところがあればなんなりと申し付けください」


 早速勉強が始まり、途端に静かになった部屋に紙をめくる音とカリカリとノートに書き込む音が鳴る。


 途中で手が止まると、朱理に質問をして次へと進んでいく。最初は躊躇いがちだった片穂も三十分もしないうちに慣れたようだった。


 一時間ほど勉強を進めると、集中力の切れ始めた司が後ろで本を読む導華に話しかける。


「そういえば、導華さんはさっきから何を読んでるんですか?」


「調べ物じゃ。別に面白い話などないぞ」


 目線は本の文字を辿りながら、簡単に導華は返事をした。


「……魔女について、でしょうか?」


 朱理が発した一言で、導華は本から目線を朱理へと向けた。表情で朱理の問いの答えは一目瞭然だ。だが、問題は問いの答えではなく、なぜその問いを朱理が投げかけれるのかということで。


「どうして──」


 口を開こうとした導華の言葉に、朱理は被せるように話し始める。


「失礼ながら、昨日の屋上での話を聞かせていただき、夜も後をつけさせていただきました。その時は話し声までは聞こえませんでしたが、途中で明らかにこの世界にはあり得ない力で構築された結界が張られておりましたから」


 朱理のことだ。何もせずにいるなんて思ってはいなかったが、まさか付けられていたとは。


 しかし、それを聞いて納得したようで、導華は冷静さを取り戻し、いつもの声色で言う。


「事情がわかるのなら話は早い。魔女は『悪魔側の人間にも気をつけろ』と言っておった。お前が、そうか?」


 包み隠さず、まさに単刀直入に導華は問いかけた。


 朱理は無表情のまま口を開く。


「そう言われたならば、確かに私の力について知られてしまった以上、疑うのは当然ですわね」


 一呼吸置いて、朱理は決意のこもった目で導華を見つめ、声を出す。


「私は決して司様の敵ではありません。これだけは、私の命にかけて誓いますわ」


「ならば教えろ。魔女の力の根幹はなんじゃ?」


 味方というのならば態度で示せと言いたいのだろう。未だに分からない魔女の力について、導華は問いかけた。


「正直なところ、私にも分かりませんわ。結界を見てみましたが、あの力自体は悪魔に近い。しかし、悪魔とは違う力ですわ。魔女のみが持てる力なのだと思われます」


「やはりそうなるか。ワシも調べてはいるが、同じような結論じゃ。しかし、それ以上が分からん」


「それ以上って……?」


 導華は手に持っていた本に数度目を移す。恐らくあの本も魔女に関連する文書なのだろう。しかし、それでも魔女の力の根底は分からないようだった。


「力の発動条件じゃ。天使のものでも悪魔のものでもない、魔女特有の力ならば、それは人の力じゃ。本人も言っていたように、力には制限があり、さらに発動するにも条件があると考えて間違いないんじゃが……」


「それに関しては、私は初耳ですわ。元々昨日まで魔女が今の時代に実在するとは思ってもいませんでしたし」


 やはり、朱理も魔女という存在は過去に全て滅んだものだと思っていたのだろう。


 存在自体を知らなかったのだ。その力についての知識など持ちようになかった。


「昨日は、気がついたら結界が張られていましたからね」


「少なくとも喫茶店に入った時にはそのような気配など一つもなかった、力を使ったのならワシらの目の前のはずなのじゃが……」


 魔女、初知真理は一貫して司たちの前で笑みを浮かべて座っていた。何も言わず、それらしい動作もなかった。それでも結界を張られたのだから、どこかで力を使ったはずなのだ。


「もっと分かりやすく杖とか振ってくれたらいいんですけどね」


「冗談を言っている余裕はないぞ。もしまた魔女の結界に閉じ込められたら、次も無事に帰れる保証などない」


「そう、ですよね……」


 冗談を一蹴されて肩を落とす司。当然といえば当然なのだが、ここまで普通に返されると言葉も出ない。


「ところで司よ。そこのバカが勉強をサボって寝ておるから叩き起こせ」


 そういえば片穂が話に参加していなかったなと思い出した司が横を見ると、うつらうつらと意識が夢の世界へ旅立とうとしている片穂がいた。


(まったく……)


「導華さん。ちょっとそれ借りますね」


「うむ」


 導華から魔女に関する本を受け取ると、司は本を閉じ、その背を下にして軽く振り上げ、上下に小さく揺れる片穂の頭に下ろす。


「ほら、片穂ー。起きろー」


「はぅううッ⁉︎」


 司が振り下ろした本は美しく片穂の脳天に直撃し、魂が一瞬で体に舞い戻った片穂は悲鳴を上げた。


「おはよう。さぁ、勉強だぞ」


「い、痛いですぅ……司さん、酷いですよぉ」


 片穂は頭を抑えながら涙目で声を漏らした。司もやり過ぎたかと心が痛くなってきたが、ここで甘やかすとこの天然は瞬く間に寝始めるので今は心を鬼にして片穂に言う。


「寝るのが悪い。ほら、勉強しろ。誉ちゃんと勝負するんだろ?」


「うぅ。頑張りますぅ……」


 再び机に向き合う片穂。先程までの魔女の力の話は現段階では予想不可能という結論に至った。引き続き導華は本を読みながら少しでも力のヒントになるような文面を探し続ける。


 その横では相変わらず司と片穂が勉強を続けるのだが、


「あっ! 出来ました出来ました! 答え合ってましたよ!」


「おいおい。俺よりも飲み込みが早いのはどういうことだい?」


 現在の科目は数学。司、片穂共に苦手な教科だ。二人とも朱理の解説を聞きながら進めていたのだが、いつの間にか片穂に追い抜かれていた司は表情自体は平静を装っているが、実際そこそこに焦っていた。


「これに関しては片穂さんの習得スピードが速いだけですわ。司様のスピードが一般的ですので、気にする必要はありませんわ」


「同情されるとは……。軽くメンタルにくるぜ……」


「しかし、司さんの理解が片穂さんよりも遅いのは事実。私の力不足でしたわ。司様、一つ前の問いから始めましょう」


「…………グサグサッときたぜ……」


 心に突き刺さるような痛みを堪えつつ、司は負けじと問題を進めようとペンを持つ指先に力を入れる。


 すると、後ろから導華が司に声をかける。


「司、そこの問題をやる前に一ページ先の左上の問題をやれ」


「えっ? は、はい」


 一ページ前なので司が立ち止まっていない問題だ。もう一度解けと言われたなら、それは簡単。スラスラと答えを出すと、導華はさらに続ける。


「その問いの考え方を頭に置いてもう一度さっきの問いを解いてみろ。詰まったら戻っても構わん」


 言われるまま司は問題を解く。すると、驚くほど簡単に解法が理解できた。


「……あっ、なるほど。こう解けばいいのか」


 この前教わった時もそうだったが、導華に教わると、分からない場所をピンポイントで解消するような、ツボをマッサージされた気分になる。


 問題を解けた司が快感に頬を緩める表情見て、導華は得意げな顔で朱理に見下すような笑みを浮かべて、


「問題を教えようとする前に、まずは教える相手のことをよく知ることじゃ。分かったか、小娘よ」


「……承知致しました」


 ちょっと大人げない気はしたが、険悪な雰囲気が流れなかったので少し司はホッとした。


 再び沈黙の中にガリガリと鉛を紙に擦り付ける音が響く。さらに一時間近く経ってから鳴るのは、ぐぅぅ、という空腹を知らせる腹の音。


「お腹、減りました……」


 力尽きたようで、片穂は空気の抜けた風船のように机に体重を預ける。


 時計に目を移す。もう日も暮れ始める時間だった。


「そうだな。もういい時間だし、ご飯にするか」


「では、私がお作りしますわ。二人は勉強を続けていてください」


「いや、悪いよ。一日中面倒見てもらってるんだからさ」


 台所へ向かおうとする朱理を手伝おうと司も立ち上がるが、


「そうですか。なら、早く片穂さんに追いついてくださいな。私はそちらの方が心配ですわ」


「うぇ……グサグサグサッときたぜ……」


 折れた心と共に司を崩れるように座り込んだ。


「メニューは何にしましょうか?」


「冷蔵庫にあるやつで作れそうな料理でいいよ。なんでもいいからさ」


「承知しました。少々お待ちください」


 そう言って朱理は料理を始める。その背中を少しだけ見てから、司は再び勉強を開始する。さすがにこれ以上は心が持たない。なんとかして片穂に追いつかねば。


 テストまで残り日数が少ない中、朱理の作る料理の誘惑に負けて一時間も経たない内にその日の勉強が終わりを告げたのは言うまでもないことだった。





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