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俺と天使のワンルーム生活  作者: さとね
第四章「諦める覚悟、諦めない覚悟」
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第七話「力の使い方」

 目の前にいる男を、ようやく父親なのだと自覚できた。

 真剣な眼差しで自分を見つめる勇を見て、司は確かにそう思った。


「悪魔と戦う、強さ……?」


 呟いたのは、真穂だった。

 勇は大きく頷いて続ける。


「まず、俺たち人間が悪魔と戦うには天使の力を借りなきゃいけない。司、お前は片穂ちゃんの力を使ってるんだろ?」


「まあ、そうだな」


「じゃあ、片穂ちゃんたちがいないときに敵と出会ってしまったら、どうする?」


 至極、単純で当たり前な質問だった。

 いわゆる、普段は銃を使って戦う軍人が、銃を持っていないときに敵と出会ってしまったら、というような。

 答えは当然、『別の武器を使う』だろう。

 それが天使の話に置き換わった場合、司は確かにもう一つの手段を持っている。


「自分の中に溜めておいた天使の力を使って、片穂の剣を出して戦う、かな」


「まあ、お前なら当然そこまではやるだろうな。一〇年前の俺もそうやっただろう」


 そう言うと、勇は自分の飲み干したカップを持って「でも、それじゃあ片手落ちだ」と切り返す。


「例えば、このカップがお前の器だとしよう。んで、このお茶が天使の力だ」


 司の器に見立てたカップに、勇はお茶を注いでいく。表面張力で少し揺らせば溢れてしまうほどにお茶を入れると、今度は天使たちへ視線を移す。


「片穂ちゃん。もし司の器にこんな感じで限界まで片穂ちゃんの力を入れた場合、どれぐらい保つかな?」


「良くても三〇分。攻撃や防御でたくさん使ったらもっと早く壊れてしまうと思います」


「さすが司、父さんそっくりだ。真穂ならもっとたくさん入ると思うが、とりあえず今は司に焦点を当てて話そう」


 遠回しに自分が馬鹿にされた気分になって不快そうな表情をした司だったが、いっても仕方ないと自分のお茶を一口飲んで心を落ち着かせた。

 勇は再び片穂に問いかける。


「そういえば片穂ちゃんってミカエルに弟子入りしたって聞いたけど、もう【灮焔之大剣】は使えるのかな?」


「は、はい! 全力なら二分くらい力を練らないと使えないですけど……」


「いや、むしろその言葉が聞きたかったんだ。ありがとう」


 それだけ言うと、勇は自分のポケットの中をあさり、パチンコ玉らしき鉛玉を数個ほど取り出して手のひらに乗せる。

 少し自分の子供たちにポケットからこんなものを取り出すところを見せるのは恥ずかしいのか、そもそも持ち出し禁止だということを棚に上げて口ごもりながらも勇は話す。


「問題だ。この玉とお茶、どっちが重い?」


「そっちの玉だな」


 まるで小学校の理科でも始めようとするかのような問いかけだが、司は素直に答えた。


「正解。じゃあ……」


 いうと、勇は自分の手の中にある玉をお茶の入ったカップの中に落としていく。

 カラカラとカップの底で金属音がした。

 入れたことであふれそうになったお茶を慌ててカップの縁に口を当てて飲むと、勇は得意そうな顔で司を見る。


「……これはどうよ」


 正直、おっさんがお茶の入ったカップにパチンコ玉を入れたところを見たところでそれがどうした、という話なのだが、司以外の少女たちはひらめいたように目を開いた。


「そんなこと、できるのか?」


 問いかけたのは、もうすでに遠慮なく菓子をたらふく食べて、二杯目のお茶を飲み始めていた導華だった。

 今まで退屈そうに話をきいていた導華だったが、勇のあの行動を見た瞬間に顔色が変わった。

 得意そうな顔のまま、さらに勇は口角を上げる。


「できる。そのための一〇年だ」


 信じられない、というような顔で天使たちは顔を見合わせる。

 おいて行かれていると自覚した司は、慌てて勇に説明を求めた。


「ちょ、もっとわかりやすく頼む」


「俺はこのカップが器だとして、このお茶が天使の力だと言ったな」


 器というものは、その大きさがほぼ先天的に決まっており、その人間の中に天使が入ることで力を行使するためのものだ。

 ただ、実際にはその力のすべてが器の中に入っているわけではない。


「天使ってのはさ、人間の器の中に入ってこのお茶を常に満タンにしてくれてるって感じなんだ。だから、そもそもその天使が入るだけの大きさと、それに加えてお茶を満たす分の大きさが必要になるんだ」


「じゃあ、俺が天使化してるときに使ってる片穂の力は、このお茶の部分ってことか?」


「そうだ。だから器が小さいと天使が入ったとしても天使化するほどの力を出すこともできないってわけなんだけど」


 実際、嘉部英雄は司や華歩とは違い、十分な器を持たない男だった。

 だからこそ、天使そのものが英雄の中に入るといことができない。

 そして、それでも戦うための方法が、この話の最初にでた、人間の姿のまま、天使の使う武器のみを使って戦う方法だ。


「それなら、俺が片穂の力を使っているときってのは、カップの中にお茶だけが入っている状態なのか」


「その通り。それで、ここからようやく本題だ」


 勇はカップに沈んだ鉛玉を転がしながら、


「もし、天使の力を圧縮して自分の器に保管できるとしたら、話は変わるとは思わないか?」


 司が剣を生み出す瞬間に、カップの中のお茶は半分以上消え、そしてその残りがその剣の維持に使われてしまう。

 それを常に補うのが天使という存在なのだが、勇はその前提を覆す。

 それはまるで、お茶がなくなるなら、カップの中にお茶の源泉をつけてしまえばいいというような、型破り。

 その発想の奇怪さが、天使たちを動揺させていたのだ。


「この方法を思いついたのは、ミカエルの【灮焔之大剣】を見ていたときだった」


 ミカエルの面影を片穂に重ねているのか、なぜ見られているのか分からず首を傾げる天然天使を勇は細い目で見る。


「力を練るって行為はな、このコップの器じゃ足りない分の力を一度に出すために器の中で力を凝縮するためにやるんだよ」


「それを応用する、と」


 導華の問いかけに、勇は「そうだ」と頷く。


「元々天使が座るべき器の一部に、出来る限り力を凝縮して保存するんだ。それで、必要になったらその一部を解凍して使えばいい」


「でも、俺がそんな器用に力を凝縮して保存するなんてできるとは思わないんだけど」


「んなこと知ってるさ。俺だって何年もかけて出来るようになった。すぐに出来るだなんて思ってないさ。とりあえずやってみるといい」


 笑いながらそう言う勇に流されて、さっそく片穂と司は立ち上がる。

 やり方は簡単で、片穂の手を握って力を流してもらい、それを逐一凝縮していけばいいだけだ。ただ、その力を凝縮するという感覚がイマイチ分からないので不安しかないが、とにかくやってみるしかない。

 ちなみに、力を練ることの応用ということで片穂に力を練るコツを訊いてみたりもしたのだが、「ん~と、こう……ぎゅっ! って感じです!」と清々しいほど参考にならないアドバイスをもらったので自力で頑張ってみる。


「で、では……」


 みんなの前なので羞恥心があるのか、少しもじもじしながら両手を前に出した片穂の手に、司はそっと手を乗せる。


「自分の心臓のあたりに全てが集まっていく感覚じゃな。ワシでも慣れるまで三日かかった。まあ気長に頑張ることじゃ」


 ありがたい導華のお言葉が聞こえてくる。そんなことよりなぜかこちらを睨みつけている妹が気になって仕方ないのだが、もうやるしかない。

 司はそっと目を閉じて、意識を自分の体の奥に集中させる。

 滑らかで細い片穂の指が司の手をぎゅっと掴む。

 ゆっくりと、力が流れ込んできた。

 温かい別の血液が流れ込んでくるような、少しくすぐったいような感覚。

 司はその別の血液を心臓の中に集め、閉じ込めるように力を凝縮していくが、


「…………っ!」


 例えるなら、さらさらの砂で団子を作れと言われているようなものだろうか。

 ある程度をまとめることができても、凝縮と呼ぶには程遠い。

 指先から溢れ、少し気を緩めると端々から壊れていってしまいそうなほど繊細だった。

 指に自然と汗が滲む。

 言葉なく、片穂は司の苦悩を感じ取ったのだろう。

 普通に握っていたその手の力を抜き、そっと指を司の指に絡め、甘く囁く。


「大丈夫です。落ち着いて、一つずつ。ゆっくりでいいんです。きっと司さんならできますから」


「……ありがと、片穂」


 それだけで、充分だった。

 高鳴ってくれた心臓のおかげで、さっきよりも数倍ほど体の中心を意識できる。

 力が、固まっていく感覚があった。


「……すげえな。俺より筋がいいじゃんか」


 素直にこぼれた勇の言葉も、集中している司には届いていない。

 以前に力を片穂からもらったときよりもずっと多くの力が体に流れていく感覚があった。

 と、急に片穂の指がピクっと動いた。

 急な動きによって集中の切れた司が、パッと目を開いた。


「ど、どうした……?」


「こ、こんなに力を渡すのなんて初めてなので、なんだか体の奥がむずむずしてきます……」


 そわそわと太ももをこすり合わせながら頬を赤らめる片穂。

 そんな態度をされたら親と妹が目の前にいる思春期ど真ん中の男子高校生は動揺するどこではないわけで。


「え、いや片穂さん? 親と妹がいる前で変なこと言わないでもらっていいかい?」


「で、でも…………っっ!」


 ピクッピクッ、と吐息を漏らしながら小刻みに震える片穂は、佐種司にはあまりにも刺激が強い。

 思わず目を背けてしまった先にいるのは、悪魔でもないのに黒く禍々しい瘴気が体中から溢れている仁王立ちの女の子。


「お兄ちゃああん?? ずいぶんとアツアツなところを見せつけてくれるじゃあないかああ~~??」


 さながら獲物へ突撃しようとしている猛獣のような荒々しい鼻が司の恐怖心を駆り立てる。言い訳を少しでもしようものなら今すぐにでも噛みついてやろうと言わんばかりにギラギラと牙(犬歯)を真穂はむき出しにした。


「がっはっは! 俺は恋人ならそれくらいどんどんやれって感じだけどな!」


 そんな何気ない父親の一言が、ガルルルル、と鈍いうなり声をあげていた真穂の照準を一瞬で変えた。


「うるさい黙れこのくそ親父! ママのこと助けたらあることないこと片っ端から叩き込んでやるんだから!」


「え? 待ってよ真穂ちゃん。お父さんそれはとっても困っちゃうなあ」


 司としても、「この前仕事先にいた女の人がすごい美人でさぁ~!」と言ってしまってからの母と父の喧嘩……いや、正確には一方的な母の蹂躙だったのだが、それ以来何かがあのバカ父親の心には植え付けられたらしく、あることないこと言われてしまったら命の保障すらなくなってしまうのではと、もうすでにマナーモードにでもなったかのようにガタガタと震えている父へ、真穂は怒り心頭のまま、


「ふんっ! 知らない! パパなんてママにけちょんけちょんにされちゃえばいいのよ!」


「そ、そんな……っ! 待ってくれよ! 俺が悪いならまだしも、非がないのにそれはひどいと思うんだ!?」


 そんなこんなでガミガミと親子喧嘩が繰り広げられている中、矛先が自分から別へ逸れた司はこれが好機だと片穂と訓練を再開する。

 ついでに朱理や導華などにもアドバイスをもらいながらバンバンと経験値を積んでいく。

 教えてもらいながらだからまだいいが、これを手探りで見つけ出して独学でここまで磨き上げたというのはさすがとしか言いようがない。

 ある程度練習した後、真穂の怒りがようやく落ち着いて本日二度目の正座から解放された勇はまたまた膝を震わせながら、


「よ、よ~し、じゃあ原理がわかったらあとは実践あるのみだな!」


「実践って……。華歩の家で派手に暴れるつもりか?」


 父親の威厳を保たせるためにも膝の震えは無視して単純に質問を送る。


「そんなわけないだろ? 俺がそんな常識ない男に見えるか?」


 はいそうですと言ってやろうかとも思ったが、これ以上話がこじれるのが嫌なので今度も素直に答える。


「じゃあ、どこ?」


「どこって、実家だよ?」


「……は?」


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