第568話 帝国の影とクエストと
タウロ達がクエストを受注して特別室から退室しようとしていると、冒険者ギルドスウェン支部支部長が慌てた様子で室内に入ってきた。
「ジーロシュガー名誉子爵殿、少々お時間を頂けますか?」
「?」
タウロは自分が何かしたかな?と考えたが、その覚えはなかった。
「例の偽者の件です」
支部長の表情はいたって真面目であったから、何かあったのかもしれない。
「……わかりました」
タウロは応じる事にして一行は支部長室に移動するのであった。
冒険者ギルド支部長室──。
「それで何か進展でもあったのですか?」
タウロは支部長の表情からあまりいい話ではなさそうだと思いながら聞く。
「どこから話せばいいのか……。まずは、偽者によるタウロ殿の預貯金不当使用についてですが、本部とも確認してギルドの方で被害分は全て保証はさせて頂きます。返答が遅れましたのは、偽者達が所持していたタグが軍に接収された事で、証拠無しではタウロ殿の損害賠償手続きが中々通らないという事がありまして……、大変申し訳ありませんでした」
支部長は深々と頭下げてお詫びする。
「こちらは切羽詰まっていたわけでないので大丈夫ですよ」
タウロは古代遺跡クエストですっかり忘れていた問題だから、対応の遅さは気にしていなかった。
「……それと、ここからはその偽者に関わる情報でして……。これは内密にお願いします……。実は、今回の件、北の帝国政府が直接関わっているらしいんです……!」
支部長はタウロを驚かせないように小さい声で囁くように言う。
「あ、それ知ってましたよ」
タウロはよく考えたらギルドへの報告書には帝国関与の疑いについては軍から内密にとお願いされていた事から言及していなかった事を思い出しつつ、答えた。
「え? 知っていたんですか?」
支部長は気抜けしたように答える。
「はい。僕達は軍から口止めされていたので話せませんでした、すみません」
「あ、そうでしたか……。うちはタグの件で軍に抗議したらようやく理由について一部説明を受けまして……。偽者が帝国の間者であったという事、タグの類が帝国の技術者による精巧な作りの上に、伝説級の能力である『魅了』と合わさって使用されては防ぐ事も難しかっただろうと、回答を頂いたわけですが……、ギルドとしてはこのような事が二度と起きないようにと、軍と協力して対策を練っているところです」
支部長は汗を拭きながらタウロに弁明する。
「軍と? だから情報が降りて来たんですか」
タウロはここで疑問が一つ解けた。
軍がギルドに機密情報を不用意に渡すわけがない。
ギルドの協力を仰ぐ為に、いくつかの情報を提供する事にしたのだろう。
「ええ。ですが、あちらも大騒ぎのようです。将軍は失態を犯した部下を処分した上で、自らも中央に進退伺いを出して謹慎中とか。今は、副官の方が指揮していますが、名誉伯爵将軍閣下のようには、うまくいっていないようです。なにしろこの街の領主スウェン伯爵と軍は犬猿の仲。その為、軍とこのギルド支部が協力体制を築こうとしたら口を出されて揉めました。領主様と対等に張り合えるのは将軍閣下だけでしたからね……。その将軍閣下がおられないので、説得するのが大変でした」
支部長は自嘲気味に答えた。
「あはは……、ご苦労様です……」
タウロは将軍もスウェン伯爵とは犬猿の仲だと言っていたのを思い出し、同情気味にその苦労をねぎらう。
「──そんなわけで、遅れました、すみません」
支部長が、改めて謝罪する。
「いえ、本当にもう大丈夫ですから。──そう言えば、偽者は今どうしているか知っていますか?」
「……その件は知らない方がいいかと……。うちも騙された関係者なので多少は事情を聞きましたが、あそこは軍だけでなく軍研究所もある総合施設区域ですから、そちらで徹底的に調べ上げられているだろうとだけ言っておきます」
支部長は後味の悪いものを食べたような表情を浮かべた。
「……あ。なるほど」
タウロもそれで察した。
要は、尋問と人体実験も兼ねて非人道的な事が行われているという事だろう。
これ以上は本当に聞かない方が良さそうだ。
「……それと先程、ある特殊クエストを引き受けて頂いたとか。そちらについてもお礼を言わせてください、ありがとうございます」
支部長は、再度タウロに頭を下げる。
「いえ、例の古代遺跡クエストには他の冒険者の手前参加は避けた方が良いですし、目についたので引き受けたまでですよ」
「……その古代遺跡クエストが領主様の肝いりなものでうちの一流冒険者クラスは当分はあちらに持っていかれそうだったので、本当に助かります」
支部長はタウロ達が引き受けたクエストについて、かなり気にかけていたようだ。
「何度もクエスト失敗しているようですが、その時の報告書はありますか?」
「ええ、もちろんです。ですが、どれも参考にはならないかもしれません。一つはチームが全滅。一つは要領を得ない不可思議な報告だったので失敗を正当化しようと嘘を並べ立てたのではないかと判断して却下されたもの。それ以降も数件のクエスト失敗報告書がありますが、どれも辻褄が合わないものばかりです」
支部長はそう言うと、職員に封印してある報告書を持って来させ、それをタウロに渡す。
「……確かに、妙な報告内容が多いですね……、一つとして同じ似通った報告がないし……。第一、肝心の魔物の正体が報告書によって全然違う……。これはもしかして……」
タウロはざっと報告書の数々に目を通すと、それらをエアリス達にも渡す。
「タウロ、これって……」
エアリスも何か気づいたのかタウロに視線を送る。
「……うん。──報告書ありがとうございました。これを基に今回のクエスト、完了させますね」
タウロは支部長にお礼を言うと、支部長室を後にするのであった。
「リーダー、これ、ラグーネが苦手なタイプじゃねぇか?」
報告書に目を通したアンクが、意味ありげに指摘する。
「私はもう、『竜の穴』で克服したのだ。もう、苦手ではないぞ!」
ラグーネがアンクに対し抗議を口にした。
「ボクはちょっと苦手かもしれないです」
シオンは少し嫌な顔をする。
「はははっ。まあ、実際、遭遇して確認しないとわからないし、先入観を持つのはやめておこう。それじゃあ、明朝出発でいいね?」
「「「「うん!(ああ!)(おう!)(はい!)」」」」
一同は頷くと新たなクエストに向けて準備をするのであった。




