468話 実験と危機
タウロとエアリスは街内の隅に位置する広場の一角で、引き続き痛々しい実験を行っていた。
タウロが小剣を自分のお腹に刺すという馬鹿な事であったから、遠目に見ていた人物も、
「あれは何をやっているんだ……?──え!?あの小僧、自分で自分を刺したぞ!?」
と驚いた。
タウロは実験に集中する為に『気配察知』を切っていたから、見られている事に気づいていなかった。
とにかくこれはチャンスだ。
タウロ達を『鷹の目』という能力で、遠くの塔から監視していた男は、照明魔法を上から地上にいる仲間に複雑に点滅させて合図を送った。
すると遠巻きに通行人に紛れていた者達が動き出した。
タウロとエアリスは実験中でその接近に気づかないでいた。
「タウロ、本当に大丈夫?ちょっと出血多いわよ?」
エアリスが治療がいつでも出来るように、ポーションと治癒魔法での治療を準備していたが、その表情は痛々しい。
「出血量は計算に入れてなかったよ……。これは違う意味で辛いから、早く終わらせよう……。──『真眼』!」
タウロは今度は『浮遊』ではなく、目立たないで済む、鑑定眼の方を使用した。
すると、タウロの目には、周囲を取り囲む様に接近してくる害意のある人の群れが映る。
一人一人スキル名が表示されている。
そして、赤い文字で要警戒人物という表示、そしてその下に北の帝国所属の特殊部隊隊員という表示まである。
さらに、目的は聖女の拉致の備考まで書いたものが見える。
「……どうして、それがこっちに……。──あ、エアリスを聖女と勘違いしているのか!」
「どうしたの、タウロ?もう、治療に入っていい?」
エアリスが、タウロの顔色を確認して危険を案じた。
「エアリス、君を狙って帝国兵が周囲を囲んで接近してきている……。だからまだ、僕を治療しちゃ駄目だ……」
息も絶え絶えにタウロは答えると、エアリスに抱きついた。
「え?タウロ!?」
突然の思わぬ警告と抱きつきに困惑するエアリス。
「血で汚れるけど……、それは後で綺麗にするから我慢して……」
タウロはそう答えると、「『浮遊』!」と唱え、エアリスごと、宙に高く舞い上がり、そのまま急速に城壁を超えて街の外まで飛んでいく。
エアリスは出血して瀕死のタウロに抱き締められながら大空を舞う感覚に、感動や、心配といった複雑な思いが胸中を交錯したのであったが、街の外の森に着地して倒れるタウロを前に現実に引き戻され、急いで治療を施すのであった。
「タ、タウロ大丈夫!?」
エアリスはとっておきの上位治癒魔法と、タウロから預けられていた上級治癒ポーションのダブルで急速にタウロを治療する。
タウロは意識を失いそうなくらい出血して顔色が真っ青であったが、『超回復再生』と相まってすぐに顔色も戻って来た。
「……はぁ。これはさすがに死ぬ死なない以前に辛かった……。もう、この実験やらないよ。死んだらエアリスに殴られそうだし」
タウロがエアリスの心配する顔を見て和ませようと冗談を言ってみた。
「以前の私でも殴らないわよ……!そんな軽口を叩けるならもう大丈夫ね」
エアリスはタウロの血で血まみれのままであったが、ホッとして答えた。
タウロはそれをすぐに『浄化』魔法で綺麗にする。
「それよりも、エアリスを聖女だと思って北の帝国が拉致しようとしているのが問題だよ!」
と指摘し、今度は血まみれの自分も浄化魔法で綺麗にするのであった。
「火事の消火の時に、誤解されたのね……。という事は火事はもしかして北の帝国の仕業?」
「そうなると思う。火事を起こし領兵の挙動を確認して、聖女誘拐のチャンスを窺っていたのかも……」
「そうなると、聖女の『祝福の儀』の邪魔も?」
「それは違うと思う。そこに帝国が関わるメリットがないもの。あれは失敗させてバリエーラ公爵に恥をかかせるのが目的だと思うから、犯人は対立派閥のハラグーラ侯爵か、もしくはその派閥に属する関係者かな」
「……じゃあ、これからどうしようか?火事での勘違いで私も聖女問題に巻き込まれているみたいだけど……」
エアリスが、溜息を吐くとタウロの考えを確認する。
「まずは、帝国兵が聖女拉致を目的に侵入している事を、ムーサイ子爵とルワン王国の責任者ドナイスン侯爵にも報告かな。サート王国の王太子には報告するかどうか迷うところだけど……、これはムーサイ子爵に判断は任せよう。僕達が直接報告すると色々と目を付けられそうだから」
タウロはひとまず妥当と思える提案をした。
「そうね。その後のムーサイ子爵達からの提案も何となく想像がつくけど、今は言わないわ」
エアリスはタウロ意見に理解を示しつつ、今後が大変な状況になりそうだという事を敢えて口にしないのであった。
バリエーラ領都城館。
タウロとエアリスは『真眼』を駆使して帝国兵に無事遭遇する事なく戻ってくると、すぐにムーサイ子爵に報告を入れた。
タウロとエアリスはムーサイ子爵にとって恩人だから反応も早かった。
すぐにルワン王国のドナイスン侯爵にも密かに連絡を入れて、タウロ達の元を訪れる。
「──なんと!帝国が我が国の聖女を狙っているとは……。ど、どうするのですかムーサイ子爵!何かあったら我がルワン王国の損失はもちろんの事、サート王国との間にひびが入りその上、帝国と戦争状態になるやもしれませんよ?」
「落ち着いて下さい、ドナイスン侯爵。タウロ殿の話では、こちらが気付いている事はあちらもまだ知らないとか。──そうですね、タウロ殿?」
ムーサイ子爵はなぜタウロがどうやって気づいたのかまでは聞いている余裕はなかったから、本題だけに集中した。
「はい。あちらは他の国の仕業に偽装して拉致しようとしていましたが、不幸中の幸いで、エアリス嬢の事を聖女と勘違いして拉致しようとしてぼろが出た様子です。ですから、あちらは任務遂行の為にどこかでまた仕掛けてくると思います」
「……ドナイスン侯爵、これは今の内に策を打つ必要があります。この領地内で決着を付けないと私もみなさんが領外に出てしまわれると協力できません。そこで申し訳ありませんが、エアリス嬢に一肌脱いでもらえないかと……」
ムーサイ子爵は本題に入った。
エアリスは内心で溜息を吐く。
この話になるのはわかっていたからだ。
タウロも同じ気持ちだったのか確認する様にエアリスの方を見た。
「私が囮になって敵を一網打尽にするんですよね?──わかりました、……やります」
エアリスはムーサイ子爵に向き直ると、はっきりとそう答えるのであった。




