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久々に会った初恋の訳アリ幼馴染とワンナイトした  作者: テル


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第三十話 仲直り

『さっきはごめん……!』


 夜の自宅の玄関で、それは一樹と美月の二人がお互いに顔を見て最初に放った一言だった。

 

 バイトから帰った一樹がいつもとは違うリズムで動く心臓を収めながら、ドアを開ける。

 すると開けてすぐのところに美月が立っていたのだ。


 それゆえ土下座したくなるような気持ちを持ちながら、ただいまもなしに頭を下げて謝罪する。

 しかし同じタイミングで美月も謝罪をした。


なんで(なんで)美月(一樹)が謝る(が謝る)んだ()?」


 どうやらお互いに同じことを思っているらしい。

 綺麗に二回もハモってしまった二人は目を合わせる。


 そして同じタイミングで笑い出した。

 シリアスだった空間は一変して、笑いの溢れる空間に変わる。


 美月をもっと傷つけることになったらどうしようだとか、そんな不安は家に帰って数十秒で消え去った。


 しばらく二人で笑って、改めて二人は目を合わせる。


「その……ごめんね、一樹。支えようとしてくれたのに突き放すような言い方しちゃってさ」

「俺の方こそごめん。誰だって知られたくないことくらいあるのに……踏み込みすぎた」

「ううん、一樹は支えようとしてくれてただけだから一樹が謝る必要はないよ」

「……それでも、ごめん。踏み込みすぎたと思ってるから」


 小鈴に指摘されてやっと気づけたことだった。

 

 一樹は美月のことを知って、美月のことを支えたかった。

 けれど支えることにフォーカスしすぎて頭が硬くなっていた。


 辛い時に大事なのは支えてくれる人がそばにいること。

 自分から踏み込む必要はなくて、相手が辛い時に何も言われずに手を差し伸べられるような人になるべきだった。


「じゃあ……罰、与えなきゃだね」

「……罰?」


 美月が急に口角を上げたと思うと、いつの間にか一樹は美月に腕ごと抱かれていた。

 固くホールドされて、一樹からは美月を抱きしめられないような形になっている。


「これが罰?」

「そう、抱き枕の刑ってことで」

「何だそれ」

「ふふ。私もわかんない」


 美月は一樹を抱きしめたまま、自身の右耳を一樹の胸に当てた。

 鼓動が早くなっているのがバレてしまう、そんな緊張がさらに鼓動を加速させている。


 あくまでも平然を装っていると、美月はそのまま深呼吸した。


「一樹の心臓の音聞いてると、すごく……落ち着く」

「……そっか」


 一樹の心臓は落ち着いていなくとも、落ち着いた様子で柔らかな笑みを浮かべている美月を目の前で見れているのでもうどうでもよくなった。

 

 しばらく二人はその態勢のままでいた。

 安心と幸福と、大量の恋慕と。

 それらの感情が一樹を埋め尽くしていた。


 昨日と違うのはそこに少しの不安も緊張も二人にはなくて、それらを拭うために安心感を得ているわけではないことだった。

 

 お互いがお互いを求め合っている先で安心していた。


「……ねえ、一樹」


 心地よい静寂を破ったのは美月の体温と共に消えてしまいそうな儚い雪のような声だった。


「どうした?」

「私、一樹に嫌われるのが怖い。一樹に嫌われたらどうしようって、最近はよく考えちゃって、すごく……怖いの」

「……そっか」


 美月の手の震えが一樹の体に伝わる。


 そんな美月を見て、嫌わないよなんて薄っぺらいセリフを吐くことはできなかった。

 けれど好きだよなんて勇気のあるセリフを吐くこともまたできなかった。


「不思議だよね。自分は生きるためだからってグラビア以外にも何でもして……嫌われるようなことしかしてないのに。嫌われても、当然の人間なのに」


 美月の独り言のようなそんなセリフは一樹の胸を締め付ける。

 一樹が好きだからこそ、美月が自分のことを自分で蔑んで傷つけて欲しくなかった。

 

 それにしても美月の自己肯定感の低さは元々なのだろうか。

 そう考えていると、ある言葉が頭に浮かぶ。


『枕営業とか見損なったわ』


「……記事のコメント、気にしてるのか?」

「っ……し、知ってたの? 私が月乃って」

「そうなんだろうなとは思ってた」

「……そっか……そう、だよね」


 美月の声も震え初めて、だんだんと体の拘束が弱まっていく。

 

 一樹を拘束している腕が下がり始めて、美月が一樹から離れようとして時だった。

 今度は一樹から自身の胸元に美月を抱き寄せた。


「記事のコメントなんてあんまり気にするなよ」

「一樹は……優しいね。あんなの知っても……私のこと、嫌いにならないんだ」

「事情があるのは知ってるから。そんなの美月の一面でしかないし、むしろ知れて嬉しかった」

「っ……」

「なにがあっても、そばにいるからさ。辛かったらいつでも頼ってくれ。話し相手にでも、抱き枕にでも何でもなるから」


 一樹がそう言い終えると、美月は一樹の腕の中で貯めていたものを出し始めた。

 鼻水を啜らせながら、声を振るわせながら、体を震わせながら。


 そんな美月を一樹はただただ抱きしめて支えていた。


「いつか、言うから。けど、今は言う勇気がないの……ごめんね」


 美月が落ち着いた頃、美月は改めて一樹にそう言った。


「いつでもいい。言ってくれたら嬉しいけど、別に言わなくてもいいし……言える時でいいから」

「……ありがとう、一樹。本当、ありがと」


 まだ若干、声を振るわせてそう言う美月を見ながら、一樹は小さく微笑んだ。

 

 やっと美月のために何かをできたような、十数年埋められなかった穴をやっと埋められたような、そんな満足感があった。


『……ばいばい、一樹』

『げ、元気でな』

『うん、一樹もね』


 美月が一樹の地元を去る日、一樹は初恋だった美月に何もできなかった。

 

 支えるということが一樹はできなかった。

 少し話を聞くことさえも、美月を気遣ってそばにいることさえも。


 一樹は何も言えなかった。

 永遠の別れだと思って、結局、自分への溢れ出た悲しさにばかり心が行っていた。


 でも今はどうだろうか。

 美月のことを本当の意味で、少しは支えられているだろうか。


 そう思って、一樹は美月を抱きしめる力を少しだけ強くした。


 しばらくして、流石に体が熱くなってきた二人はお互いから離れる。

 そして目が合って、また笑った。


「そういえばさ、一樹」

「どうした?」

「私もさ、これからバイト始めようと思うの」


 美月の目はまっすぐと一樹の方を見ている。

 

「スーパーのバイトなんだけどね。行きつけのスーパーの人と仲良くなって、バイトの面接してもらえるようになってさ……あと、これも言ってなかったんだけど……って、一樹に言ってないことだらけだね」

「何を言ってなかったんだ?」

「実はさ……高校も卒業してないんだ、私」

「そう、なのか?」

「うん、そう。中卒なの、私……だから、バイトしながら、高卒認定試験の勉強もして、お金貯めて、就職しようと思う。やりたい仕事が見つかったから、そこで働きたいの」


 美月は一樹よりも先に将来のビジョンを決めていた。

 ずっとずっと美月は一人で悩んで、考えてきたのだろう。


 だから……。


「いいな。応援する。だから必要ならいつでも頼ってほしい」

「ありがと! 一樹っ!」


 美月は満面の笑みをその可愛らしい顔に浮かべた。

 

 それを見た一樹も笑い返した。

 

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