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久々に会った初恋の訳アリ幼馴染とワンナイトした  作者: テル


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第二十八話 これ以上嫌われたくないから

 午後、西の低い空に位置した太陽が少しずつ雲を赤く染めていく時間。


 一樹は大学から自宅までの帰路を歩きながら、スマホを触っていた。

 時折前を確認しながらも、視線はスマホに釘付け。


 歩きスマホだとわかっていながらも、一樹は触ることをやめなかった。


 月乃のことについて調べていた。


『美月、グラビアアイドルやってるらしいぞ』


『グラビアアイドルと付き合ってるんかなって』


 美月がグラビアアイドルをしているなんて聞かされたことがない。

 していたところで一樹には関係はない、自分自身はそんな考えだった。


 けれども一樹が知らない美月の情報を他人が持っているのは嫌だった。


「……好きだから、知りたいんだけどな」


 好きだからこそ美月には自分のことを言ってほしい。

 しかし聞いてもはぐらかされるばかりで、だから一樹も聞けなかった。


 そして言わないのは美月が一樹のことを他人だと思っているからだと考えたら、辛くなる。

 

 まだ一樹は美月に心を許されていないのだろうか、そう思うと、自分の恋心が凶器に変わる。


 そんなことを考えながら月乃のことを調べているといくつかの記事が見つかる。


『正体不明の新人グラビアアイドル月乃は何者なのか』


『月乃の活動休止声明、訳は』


『活動休止中の月乃、枕営業か 月乃所属の事務所で横行する問題とは』


 グラビアアイドルに疎い一樹だが、改めて月乃が有名であることを実感する。

 

 しかし調べても調べても、月乃が美月であることを否定できる証拠はなくて、新たな不安が増える。


『枕営業とか見損なったわ』

『グラビアだからしゃあなくね。そういう職業でしょ』

『こういうことする奴は活動休止じゃなくて引退でいいだろ』

『事務所ぐるみだったら月乃含めて腐ってるな』`

 

 もしも、美月が本当にグラビアアイドルをしていたとして、美月はこれらを一人で抱え込んでいるのだろうか。


 ……何かあったら、頼ってほしいんだけどな。


 一樹のただの勘違いだと願いながら、こんなことを美月が抱え込んでいないようにと願いながら。

 気づけば一樹は自分の家の扉の前に立っていた。


 鍵を開けて中に入る。

 すると台所からエプロンをつけたいつも通りの美月が出てきて、そんな美月の姿に安心感を覚える。


「あ、おかえり」

「……ただいま」


 一樹は表情を緩める。

 しかし自分でもうまく笑えているのかわからなかった。


 その様子を見ていた美月に心配をかけてしまう。


「どうしたの? 大丈夫?」


 本来、それを聞くべき人は一樹のはずだった。

 けれど今は美月に心配されていて、正直情けない。


 美月を前にして、今はなぜか笑い方を忘れてしまうのだ。


「ちょっと……疲れたのかもな」

「……もしかして熱あるんじゃない?」

「いや、別にないと思うが……」


 一樹がそう言ったものの、美月は台所からこちらにやってくる。

 何をされるのかと思えば、美月が手を伸ばして一樹の額に触れた。


 美月の温もりが手を通して額に伝わる。

 しかしそれで一樹が安心してしまってはダメなのだ。


 今までと何も変わらない。


「熱はなさそうだけど、あんまり無理しないでよ」


 美月は優しく微笑むと、一樹に背を向けて台所へ戻ろうとする。


 そんな後ろ姿を一樹は抱きしめたくなった。


 美月の言葉は本来なら美月に向けられるべき言葉だと思った。

 心のうちでは美月は無理をしていると、そう思っていた。


 けれど美月はその言葉を一樹に向けた。


 前に美月に突然ハグされたのだ。

 仕返しハグしても怒られはしないだろう。


 一樹の中の小さな反抗心が気づけば体を動かしていた。


 そして美月のことを一樹は後ろから抱きしめた。


「……それを言うなら、自分に言えよ」

「っ……」


 美月は抵抗するでもなく、ただそこで抱きしめられていた。

 お互いに何も喋らず、動かず、空白の時間がしばらく流れる。


 美月が動き出したかと思うと、自身の手を一樹に重ねる。

 だから一樹も美月を抱きしめる力を強くした。


「なあ、聞きたいことがあるんだが、いいか?」

「……なに?」


 しばらくして、やっと一樹は口を開く。

 

 安心しているだけではダメだと知ったから。

 歩み寄りたいと強く思ったから。


「美月のこと……いろいろ教えてくれないか?」

「……」


 一樹は受け手からすれば何を教えればいいのかわからないような曖昧な質問をしていた。

 けれど一樹が教えてほしいことを察してなのか、美月は黙り込む。


 やがて美月は一樹の手に重ねた自身の手を下ろした。


「急に……どうしたの? 何かあった?」

「帰った時に翔に会った。それで美月の噂を聞いた」

「……噂?」

「美月が……グラビアやってるっていう噂」


 変な噂だね、とか、やってないよ、とか。

 そんな反応を期待していた。

 記事に書かれたあんなコメントを見たから尚更だった。


 けれどまた美月は黙り込んだ。


 沈黙に耐えきれなかった一樹は先に口を開く。


「へ、変な噂、だよな。まず、そんな証拠はどこだ……って感じだし」

「一樹は……私がもしグラビアやってたとしたら、嫌いになる?」

「なるわけない」


 一樹がそう答えると、美月は肩を震わせ始める。

 そして……。

 

「……そうだよ。グラビアやってたんだ……そういう人間だから、私」

「……そっか」

「嫌いになっても、罵倒してもいいよ……家から出て行けって言うなら、出て行くから」


 美月は肩と一緒に声も震わせる。


 そして初めて発せられた美月の心の痛みであろう言葉は一樹の心も痛める。

 しかし同時に苛立ちもあった。


 美月を支えたいという一樹の心が美月に伝わっていなかった。

 一樹が今まで示せていなかったから。


 そんな自分に対しての苛立ちだった。


「出て行くとか言うなよ。嫌いになんてならないし、辛いなら支えたい」

「……ありがとう。でも……私、誰かに支えられるほど価値がある人間じゃないから」


 美月はそう言って一樹の腕の中から出ようとする。

 けれど一樹は美月を抱きしめる力を強めた。

 

 離したくなかった。


「なんでそんなこと言うんだよ………もっと、美月のこと、聞かせてくれよ。支えさせてくれよ」

「……ごめん。今は言いたくない。私、これ以上一樹に嫌われたくないから」


 美月は一樹の腕の中から強引に出ると、その後ろ姿を一樹に見せて歩き出す。

 

 一樹は美月の腕を掴んでそれを止めようとした。


 しかし腕を掴んで美月が振り返った時、彼女は泣いていた。

 今まで見たことがない顔で、辛そうに、ただ一人で抱えていた。


 そんな美月を見て、一樹は手を離した。


 美月は自分の部屋に行って、扉を強く閉めた。

 

 まだ一樹は美月の支えになれないらしい。

 

 訪れた静寂の中、その事実を一樹は痛感していた。

 

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