第二十七話 ただの噂
新年になってから四日が経過して、冬休みが終わった。
大学生活がまたいつものように始まる。
今日は休み明け早々一限からの登校だった。
一月上旬の厳しい冬の寒さに襲われながら、重くなった足を大学へと向かわせる。
大学生活が憂鬱というほどでもないが、先のことを考えると不安になるのだ。
これから多忙になること自体は理解していても、それらが解決した先のビジョンが全く見えない。
美月のことを支えたい。
けれど自分のことにも目を向けないといけない時期。
とにかく考えることがいっぱいで、そんな中で一樹はいつも通りの日常を送らなければならない。
大学の講義室に着くと、三人並んで座っている定位置に宇都が一人座っていた。
宇都が一樹に気づいて手を振ってきたので、一樹も手を振りながら宇都のところに行く。
「おはようさん、一樹。あと、あけおめことよろ」
「おはよう、あけおめことよろ」
「なんか一樹見るん久しぶりやわ……一樹ってそんな顔してたっけ」
「……悪口か?」
「ちゃうちゃう。シンプルな感想や。イケメンってことやで」
「……女ったらしに言われると腹立つな」
一樹は宇都と二週間ぶりのやり取りをしつつ、宇都の隣に座る。
そこで、ふと、真斗がいないことに気づく。
いつも一番に来ているイメージなのだが、二人の方が先に来ている。
「真斗はまだ来てないのか」
「なんか今日休みみたいやで。インフルかかったってグループに送られてる」
「本当だな。新年早々、可哀想だ」
一樹がスマホのメールをチェックしてみると、真斗が休みの旨を二人に伝えていた。
一応、二人で心配の声をかけておくと真斗からメールが送られてくる。
『お見舞い来てくれてもいいんだぜー』
そんなメールを二人は無視すると、同時にスマホを閉じた。
そして二人で見つめ合って、吹き出す。
「うちら薄情者やな」
「あいつの家遠いし、面倒だからな……あと行ってもいいんだがうつされたくない」
「そやねんなー」
真斗がいなくなったところで大学生活はあまり変わりない。
うるさい人がいなくなったのでいつもよりも少し静かなくらいだ。
とはいえ、宇都と二人きりという状況は久しぶりだった。
最近は真斗と宇都の二人の方がお互いに仲がいい。
一樹は美月と同居しているので二人との時間が前よりかは少ないのである。
それからその日の時間は早いように感じた。
度々訪れた一樹と宇都の間に流れる無言の時間。
無言が気まずいと思うような関係はとうに過ぎているわけだが、真斗がいないとそういう時間は多くなる。
しかしおかげで二人とも講義に集中できてしまった。
勉強面では充実していたわけである。
そうして三限目の授業終わり、二人は大学の共同スペースで椅子に座って談笑していた。
「いやー、こう言ったら悪いけどやっぱり一樹と二人きりやと勉強捗るわー」
「そうだな。おかげで疲れたけど」
「たしかに休み明けやのにちょっと張り切り過ぎたわ……うちはあと一限あるからきついわー」
宇都は背伸びをした後、体を弛緩させると同時にため息をつく。
一樹の授業は今日はもうないのでこれからバイトである。
クリスマス以降、一樹はバイトに行っていないので二週間ぶりだ。
帰省するからと訳をつけて行っていなかったが、やはり自分が使うお金はなるべく自分で稼がないといけない。
「あれ、一樹はこれからバイトやっけ?」
「ああ、飲み代稼いでくる」
「お、ほな、今度飲みに行ったら一樹の奢りで」
「それはきつい」
そうして宇都とそんなやり取りをしていた時だった。
それはかなり突然のことだった。
「ほんでさ」
「おう」
「イブの日に話してた女の子って彼女?」
一樹は視線だけ宇都から逸らして動きを止める。
「……唐突だな」
「ちょっと気になってさ……図星?」
「いや前も言った通り、別に彼女じゃなくて女友達」
「でもイブも一緒に過ごしとったやろ」
「……仲はいいしな」
「ほんでどうなん? 好きなん?」
同居していることは宇都には言わない。
あくまでも女友達として乗り切るつもりだった。
しかし一樹が彼女に恋していること自体は言ってもいいかもしれない。
そう思って、再び一樹は宇都の方に視線を向ける。
「……そうだな、好きだ」
「ふーん……これ聞いていいんかわからんけど、バイトの後輩ちゃんはどうなったん?」
「ちょっと前に告白されて、振った。その時点で美月のこと好きだったしな」
「美月って言うんや、名前」
「あ……ああ、そうだな」
一樹がそう言うと、なぜか宇都は頬杖をついて黙り込む。
何か考えているのか、視線は机のある一点に集中している。
宇都がイブの日の女子について聞き出したあたりから表情も口調もあまり変わっていなかった。
何かを考えている今もそうである。
そして時折、複雑そうな顔を見せる。
変な重たい空気と緊張感がそこにはあった。
「どうかしたのか?」
「あの、さ。その女友達ってどういう人?」
「女子大通ってる大学生、だな」
「いつから知り合いなん?」
「い、一年前くらいからだな。地元の友達の友達みたいな関係だった」
「……そっか」
一樹が言ったことは全て真っ赤な嘘である。
本当は美月のことを何も知らないので嘘を言うしかなかったのだ。
一樹が宇都の質問に答え終わると、しばらくして宇都はなぜか顔を明るくする。
「じゃあちゃうか」
「違うって何がだ?」
「怒らんと聞いてほしいんやけどさ、一樹の女友達を見た時にこの子にあまりにも似てるなって思ったもんで」
宇都はそう言ってスマホに何かを打ち込む。
そしてその画面を一樹に見せる。
すると、見せられたのは少し前に見た『月乃』の写真だった。
「枕営業してるグラビアアイドルと付き合ってるんかなって最初思ってちょっと心配やったけど……流石に違うわな」
「……そ、それは流石にないと思うぞ。そんな時間なさそうだし」
「せやよなー……まあでも、あの子、胸のサイズもグラビア並みに大きそうやし、結構当たりの子と仲良くなれたやん」
「……あ、ああ……は、はは」
一樹の耳に宇都の冗談が入ったかと思えば、もう片方の耳からそれは出ていく。
頭の中は美月に対する不安で埋め尽くされていた。
『美月、グラビアアイドルやってるらしいぞ』
翔の友人に言われたそんな言葉と、宇都の推測。
それらの二つが美月に対する噂の信憑性を上げてくる。
宇都はそれからも何か冗談を言って、よく表情が変わるようになった気がする。
けれど宇都が何を言ったか、一樹は覚えていない。
冗談どころではなくて反対に今度は一樹が苦笑いすることが精一杯の状態になっていた。




