第二十二話 新年の願い
新年。
毎年この時期がやって来る度に怠惰な気持ちを改めて今年は頑張ろうと気を引き締めたりする。
結局、何も考えずに生きていたから目標も立てずにいつも気持ちだけではあるのだが。
『かーずっきくんー! あっそびましょー!』
小学生の頃の毎年の新年の楽しみといえば美月と遊ぶことだった。
美味しい料理を食べて、お年玉をもらって、午後からは美月の方から家に来ていつも百均で買ってもらった正月遊びの道具で美月と遊んでいた。
目標なんてまだ作るような年でもなかった。
中学生になってからの新年で初めて目標、というよりも願いというものが初めてできた。
その年の正月のことは今でもよく覚えている。
『一樹、親戚みんなで初詣行くけど一緒に来る?』
『……もうちょっとだけ寝る』
『新年早々寝てばっかりじゃいい年にならないわよ?』
『俺のことはいいから、もうちょっとだけ寝かせてくれよ』
『はいはい、じゃあ行ってくるわね』
遅くまで夜更かししていたせいでその日は家族の初詣について行かなかった。
車で一時間ほどかかる遠くの神社に行くらしく、わざわざそこまでして新年の時間を潰したくなかった。
とはいえ、その日はかなり暇になった。
友人は全員家族と過ごしているから遊べないし、しばらくは家で一人ゴロゴロとしていた。
これなら初詣に行けば良かったと若干の後悔がありつつ、特にやることがなかった一樹は家に出ることにした。
コンビニかどこかに行ってお菓子を買いに行こうとしていたのだと思う。
その道中のことだった。
公園で一人の少女がブランコを漕いでいた。
新年にも関わらず暇な人だなと思いながら目を凝らして見てみれば少女の正体は美月だった。
その顔はアンハッピーニューイヤーとでも言いそうなくらいに暗くて、ブランコを漕ぎながらただ一点を静かに見つめていた。
距離が離れてしまっていたわけだけれども、一応幼馴染なのだ。
流石に心配して一樹は声をかけに行った。
『どうした? 美月』
『一樹……あ、えっと、あけましておめでと』
『お、おう。あけましておめでとう』
一樹が声をかけると美月は顔を上げた。
無理に笑顔を作ろうとしていたけれど、うまく笑えていなかった。
『どうしたんだ? 何かあったのか?』
一樹がそう聞いても『なんでもないよ』の一点張りだった。
けれどなんでもないという割には顔は暗くて、そんな美月にそれ以上のことを聞くことはできなかった。
その分、一樹はただ美月の隣のブランコに座った。
『私のこと気遣わなくていいよ』
『俺がただブランコに座りたい気分だっただけだ』
『……ふふ、そっか……優しいね、一樹は』
美月は少しだけ微笑んだ。
すぐにまた落ち込んだ様子の顔に戻ったが、久々に笑顔を見た気がして嬉しかった。
『……最近、大丈夫か? 顔暗いぞ』
『全然大丈夫だよ。心配しないで』
『……困ったらいつでも言ってくれ。幼馴染だし』
『うん、ありがと』
美月が大丈夫だよ、そう言うから何もできない。
当時も自分への無力感というものを感じていた。
けれど今と違うのはそんな無力感に耐えられなかった自分がいたということ。
突発的な行動だったが、ある意味では正解の行動だったと思う。
『美月、もう初詣したか?』
『ううん、してないけど……』
『じゃあ二人で近くの神社、一緒に行かないか?』
一樹は勇気を出してそう誘った。
普通にデートの誘いになるので、好きだったからこそ余計に緊張した。
そんな一樹の緊張を知らない美月はただ一言『うん』と言っていた。
行ったのは地域にある本当に小さな神社である。
でも一樹はそこで強く願った。
美月の笑顔が増えますように。
あと、できれば今年は美月ともっと話せますように。
欲張りに二つである。
『一樹、何願ったの?』
『内緒』
『えー、内緒なんだ』
『美月は?』
『私は……一樹に彼女ができますようにって願っといたよ』
『な、なんだよ、それ。自分のこと願えよ。それに余計なお世話だ』
『ふふ、今年は彼女できるといいねー』
帰り際、美月の笑顔は少しだけ増えていた。
その笑顔を見て、願い事ごとが早速叶ったようなそんな気もした。
でも結局、一樹も神様も、それから美月を笑顔にさせられたとはいえない。
美月はそれから笑顔が増えずに転校して行ってしまった。
だから……。
朝、目が覚めてリビングに行くと美月と出会った。
「あけましておめでとう、美月」
「あけましておめでとう。今年もよろしくね。一樹」
「こちらこそ」
今、目の前にいるのは笑顔を浮かべている美月である。
この笑顔を守りたいと思うし、笑顔の裏に隠れた美月の話も今年は知っていきたい。
そう思っている。
美月は過去の話をすると避けようとする。
でも、一人で抱え込んでほしくないのだ。
そして最後には、この思いを伝えられたら、などと思いながらもまだ長い先の話になりそうだ。
***
新年早々なのだが一樹には予定があった。
本当であれば美月と正月を満喫するつもりだったのだがそれは叶わなかったらしい。
大晦日の数日前のことである。
母から突然連絡が来たと思えば実家に帰って来いとのこと。
予定があるから無理と断ろうとしたのだが、断れば毎月の仕送りを減らされるらしく、それは困るので帰らなければならない。
「ごめんな、美月。しばらく家頼んだ」
「うん、いいよ。二泊三日だっけ? 実家楽しんできなよ」
正月の昼頃、スーツケースの中身を確認しながら、出発前の最終チェックをする。
実家に帰るだけなのでチェックするほどの荷物もない。
ただただ帰るのが面倒くさいという心の現れである。
「美月は一緒に帰らなくて良かったのか?」
「久々に帰りたいけど……私が行くのはなんかちょっと違うし。家族で新年過ごしておいでよ」
「埋め合わせは今度する」
「え? ふふ、埋め合わせしてくれるの? じゃあ楽しみにしながらこの家守ってるね」
時間を見れば電車の都合上そろそろ出なければいけない時間になってしまった。
一樹はスーツケースをしめると、玄関へと向かった。
「行ってらっしゃい。一樹」
「ああ、行ってきます」
二泊三日なんてすぐの話。
実家に帰ってリフレッシュしたらぼちぼちと今年を頑張ろう。
この時はまだそんな考えでいて、一樹は軽い気持ちのまま家を出た。




