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久々に会った初恋の訳アリ幼馴染とワンナイトした  作者: テル


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第二十一話 聖なる夜の雨と雪

 ドアを開ける。

 そんな何気のない動作に緊張するとは思いもしなかった。


 十七時過ぎの玄関前の扉で一樹はそんなことを考える。


『帰るのちょっと遅らせられる?』


 美月にそう言われて一樹は美月と別れた後、友人たちとデパートで過ごしていた。

 

 女性と二人で話していたわけなので当然彼らとした話はほとんどそれに関連したことである。

 しかしそんな二人からの詮索を何とか躱しながら過ごして、今に至るというわけだ。


 この扉の先には何が待っているのだろうか。

 サプライズでも用意されているのだろうか。


 特に何もないのがオチなのだろうが、わざわざ帰るのを遅らせる理由が思いつかない。


 一樹は目の前のドアノブに手をかける。

 そしてそれをひねるとドアを開けた。


 鍵はかかっておらず、扉はすんなりと開いた。


 それと同時に一樹の鼻腔を食欲がそそられるような匂いが掠める。

 これは……シチューの匂いだろうか。


「ただいま……」

「あ、おかえり、一樹!」


 一樹が匂いに困惑しながら靴を脱いでいると、美月が台所から現れる。

 そんな美月は髪を結んで、茶色のエプロンをしていた。


 そして一言。


「ご飯できてるよ」


 美月は頬を赤らめてはにかみながらも笑った。

 同時に一樹の胸も跳ね上がる。


 結婚したら、こんな感じなのだろうか。


 そんなことをぼんやりと考える。


「ご飯、作れたのか?」

「うん、練習したんだ。いつも一樹に任せてたから、自分でもやりたくて」


 一樹は家に上がって台所を見てみる。

 するとコンロの上には鍋が置かれていて、その中にはシチューが入っていた。

 一樹にはそのシチューが輝いて見える。


「すごく……美味しそう、だな」


 一樹は面倒くさいからという理由で料理の練習を今までしてこなかった。

 シチューも作れないくらいのボキャブラリである。

 だからシチューを作る大変さはある意味では理解している。


 にも関わらず秘密裏に練習して、ここまで料理ができるようになったのだろう。

 しかもそれも一樹のため。


 その事実がどうにも嬉しくてたまらなかった。


「……もしかしてだけど、その指の傷もナイフで切ったのか?」


 一樹はかなり前からある美月の指の絆創膏を指さす。

 

 前から疑問に思っていたのだが、今見ればわかる。

 きっと練習の成果なのだろう。


「あはは。うん、恥ずかしながら」

「ごめんな……いや、ありがとう」

「ううん、一樹にこうやって住まわせてもらってる以上、私が出来ることは何でもしていきたいからさ」


 美月はそう言ってまたニコッと笑った。


 早く美月が作ったシチューが食べたい。

 そういう訳で早々に二人は準備に取り掛かった。


 デリバリーでフライドチキンやポテトを頼んだあとは、少しだけリビングを一緒に飾ったりしていた。


「一樹、これどうするの?」

「カーテンの端っこの突起の部分にかけれるか?」

「おっけー……ふふ」

「どうした?」

「ううん、何でもないよ。でも、なんか、こういうのいいなあって思って。だって……さ。なんだろう、うまく言葉に言い表せないや」


 準備する時間すらお互いに笑顔だった。

 そういう時間を過ごして一樹も楽しい以外の言葉が出てこなかった。


 やがて食卓にはいつもとは違うクリスマスらしい料理の数々が並べられた。

 デリバリーしたジャンクフードに美月の作ったクリームシチュー、そして缶ビール。


 リビングでは『メリークリスマス』と英語で書かれた装飾品がカーテン部分にかけられて、テレビ前にはミニツリーが置かれている。

 どちらも百均で買ったものなのだがそれだけで雰囲気を十分に味わえる。

 

 準備が終わると二人は向かい合って椅子に座った。

 そしてお互いに顔を見合わせる。


「……食べるか?」

「うん、食べよ」


 二人は同時に缶ビールの蓋を開ける。

 缶ビールを手に持ったまま、お互いの真ん中までそれを持ってくる。


「じゃあ……メリークリスマス、美月」

「メリークリスマスっ」


 お互いの缶ビールを当てて、二人は杯を上げた。

 

 乾杯をしたことで一気に二人の気分はパーティモードへと切り替わる。

 

 そこでふと、家でのクリスマスパーティに懐かしさを覚えた。

 

 大学生になってからのイブの夜はいつも外で過ごしていた。

 この家で過ごすことなどなかった。

 

 当然、気分も高揚している。

 しかしそれと同時になぜこうも家族と一緒にいるかのような安心感を覚えてしまうのだろうか。


 一樹は美月の方を見る。

 すると、美月もこちらを見てニコッと笑った。


「シチュー食べてみてよ。感想はお世辞なしでいいから」

「ああ、いただきます」


 一樹はスプーンを手に取ると器に入ったクリームシチューを一口分すくう。

 食べる前から美味いとわかる食欲のそそられる匂いである。


 一樹はすぐに口へと運んだ。


 すると想像以上の旨みが口の中に広がった。

 

 シチューのクリーミーさが多く、濃厚でコクのある味わいがする。

 中に入っている野菜の煮加減はちょうど良くて、食べやすい。


「……うまっ、予想以上にうまいんだが」


 シチューをすくう手が止まらない。

 口がこの味を次々と求めている。


「ふふ、良かった。ちょっと作りすぎちゃって、おかわりもあるからよかったら」

「ありがとう。この美味さだったら何杯でも食べれる」

「本当に美味しそうに食べてくれるじゃん。練習した甲斐があったなー」


 美月はそう言って今度は柔らかく微笑んだ。


 そんな笑顔を見て、一樹は疑問が少し解決された気がした。

 なぜこうも美月といると気分が高揚するにも関わらず、同時に家族のような安心感もあるのか。

 

 多分、それは昔を思い出しているからだ。

 

『かずきー。おままごとしよー。わたしがおかーさんで、かずきがおとーさんね!』

『いいよー。がちゃっ、ただいまー』

『おかえりー、おとーさん。おかーさんーね、ごはんつくったのー!』

『わー、なんのごはん?』

『んーっとね、くりーむしちゅー!』


 美月とは家族のような時間も過ごした。

 

 一樹の好きな人でもあり、同時に幼馴染でもある。

 だから安心するのだ。


「ねえ、一樹」

「どうした?」

「これからは手伝うから。自分のことはなるべく自分でするし、年が変わったら私もバイトの面接行ってみる。いつか一樹が払ってくれた分のお金も返すから……迷惑かけるかもだけど、ごめんね」


 美月は申し訳なさそうに笑う。

 一樹が善意でしてきたことを無償で受け入れられないのだろう。


 美月がそう思っている以上いつかこの生活も終わる。

 結局のところ、一樹が昔に家族のように思っていただけであって、今は赤の他人である。


 それはわかっているのだけれど一樹は美月とまだ一緒に暮らしたい思いが強かった。

 一樹はもっと美月のことを知りたいと思っている。


 美月がどう思っているのかはわからない。


 でも、いつか、できたなら、一樹は美月と……。


 そこでふと我に帰る。

 付き合っていないのにそういうことを考えるのはどうなのだろうかと。


 そんなことを考えている時だった。

 美月がスプーンを持って悲しそうな顔をしていた。


 申し訳なさからだろうか。

 理由はわからない。

 けれどシチューのただ一点を見つめていた。


「……そんなに気にしなくていいからな。美月と暮らすの楽しいし」

「ありがと……でも、いつまでも居候するわけにもいかないから」


 美月はやはり申し訳なさからクリスマスだというのに気分が下がっているらしい。


 そんな美月を励ましたくなった。

 ベストなタイミングかどうかはわからない。

 ただ、一樹は立ち上がって、寝室に行くと、包装されたそれを取る。


 そして……。


「俺は……別にこのままずっとこの生活でもいいんだけどな」


 一樹はそんな本音と共に美月にクリスマスプレゼントを渡した。


「改めてメリークリスマス、美月」

「……え? プレゼント? ……私に?」

「ああ、見ての通り」


 美月は一樹の手からプレゼントを受け取る。

 

「開けていいぞ」

「……ありがとう」


 美月は包装されたプレゼントを少し見つめた後、丁寧に包装を剥がしていく。

 そして箱を開けた。


 中に入っているのはベージュ色をしたレディースの手袋である。

 革製のもので中は毛皮になっているので寒い冬になればいつでも使える。


「百均のやつじゃ寒いだろうと思って」

「……つけてみてもいい?」

「もちろん」


 美月は手袋を自身の両手につける。

 しばらく手袋をつけた手を眺めた後、美月の動きは止まった。

 

 どうしたのかと一瞬不安になったのだが、美月が顔を上げるとその目には涙が溜まっていた。


「ど、どうした? もしかして……」

「ううん、違うの……プレゼント、嬉しくて、つい」


 美月は目を潤ませながらも笑っている。

 そしてだんだんと声を振るわせる。

 

「プレゼントなんて家族にももらったことないのにいつぶりだろ……私、一樹にもらってばっかりだ」

「美月……」

「本当嬉しい。ありがとう、一樹」


 美月はまたニコッと笑った。

 その目からは涙が一つ、溢れていた。


 そんな姿を見て、抱きしめたいと思った。

 けれどやはり一樹にはそうするだけの勇気がなかった。


 そんな一樹に気づいてなのか、美月も単に同じ気持ちだっただけなのか。


 突然、美月は一樹に近づくと涙ぐんだまま、背中に手を回して抱きつく。

 一瞬驚いたものの、一樹も美月のことを優しくホールドする。


「ふふ、手袋と同じくらい一樹もあったかい」


 一樹の鼓動は通常よりも断然早くなっていたと思う。

 

 美月が気付いていたかどうかはわからない。

 しかし一樹がそのことに気付いたのは美月から離れた後のことだった。


 その日の夕食終わり、外では雪が降っていた。

 ベランダに出て、酒を飲むでもなく、何か話すわけでもなく、二人でなんとなくそれを眺める。


 雪の結晶が空から舞い落ちる姿を見て、ただただ二人でぼーっとしていた。

 

 たまに息も吐いてみて、冬を楽しみながら。

 雪に手を伸ばして溶ける様を見ながら。


 二人は自然と手を取り合ってお互いの手を温めていた。

   

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