第二十話 プレゼント選び
「よっしゃ、冬休みだぜー」
十五時半、講義終わり。
一樹は筆記用具を片付けながら、背伸びをする。
すると、隣では真斗が音楽も聴いていないのにヘドバンをしている。
講義も全て終わって冬休みなので気分がいいのだろう。
一方で宇都はいつもの様子である。
「けど久々に女の子がいないイブやからテンション下がるわー」
「今日は俺とサシで飲みに行こうな」
「サシ? 一樹は来やんの?」
「ああ、俺はちょっと……な」
一樹はいい理由が思いつかず、口をゴニョゴニョと動かして誤魔化す。
女子と二人でパーティをすると言ってしまえば、これから先ずっといじられる未来が見える。
付き合ってもいないのだから、二人には隠しておきたかった。
「こいつ、絶対女だろ。裏切り者め」
「いやいや……た、ただ単に用事あるだけだ」
「嘘下手やね。女や、女」
「違う違う……っていうか、俺ができると思うか?」
二人はジト目で一樹を見る。
一樹はそんな二人の眼圧に圧倒されながらも、平然を貫く。
すると二人は諦めた様子でお互いに見つめあった。
「宇都、俺と二人だな」
「うえー、嫌やわー。むさ苦しい」
宇都はそう言ってため息をつきつつも、嬉しそうに笑っている。
美月がもしいなければ今年のクリスマスは二人と過ごしていただろう。
しかし美月がいる今は友人よりもそうだが、美月との時間も大切にしたい。
燃えていた初恋の火は雪によってかき消されている。
けれどその雪は一樹の心に降り積もって、心の温もりと雪の冷たさが同時に存在している。
『今日楽しみだね』
そんな一言を思い出しただけで胸が熱くなる。
でも、同時にまだ冷たい。
胸が熱くなればなるほど、その反面、それは欲になってもっと美月のことを求めてしまう。
「……どうした?」
ふと、考え事をしているとまた二人にジト目で見られていることに気づく。
「ほんまにリア充は気分良さそうやな」
「ずるいぞ、一樹」
「だから違うからな」
そんなやり取りをしつつ、三人は大学構内を同じ歩幅で歩いていく。
「宇都、この後どうする?」
「とりあえず真斗の家行って考えるわ」
「俺の家寄るんだったら何か買ってかね?」
「ありやな。ほな、デパートで割り勘でケーキ買わん? 甘いもん食いたいねん」
二人はこの後のプランを立てている様子である。
デパートへ行くらしい。
しかし一樹もちょうどデパートへ行こうとしていたのである。
美月へのクリスマスプレゼントを買いたいが、一緒に買いに行けばバレるかもしれない。
とはいえ、他にいい場所がない。
二人が行こうとしているデパート以外はどれも家から遠い。
結局、そんな二択の末にバレずに買えばいいかと一樹は決める。
幸いにも買いたいものは決まっている。
「一樹も時間あるなら一緒に来るか?」
そうして一樹が言い出そうとする前に、真斗は一樹にそう提案する。
「ああ、なら一緒に行かせてもらう」
***
そこら中に飾られているクリスマスベルや雪柄の赤ソックス、サンタの絵が描かれた装飾品。
デパートの中央広場に立てられた大きなクリスマスツリー。
クリスマスイブのデパート内は平日にも関わらず賑わっていた。
すでに冬休みに入っているからか子連れの家族が多い。
無論、カップルもそこそこいるわけで、隣にいる真斗は羨望の眼差しでそちらを見ている。
「……俺らもあのクリスマスツリーで一緒に撮る?」
「嫌やよ。虚しいだけやん」
二階の手すりにもたれかかってクリスマスツリーを見ながら、真斗はカップルを見て嫉妬心を抱いていた。
三人とも片手には一階のスーパーで大量に買った缶ビールが入った袋を持っている。
「あれ、プレゼント交換してるんかいな」
ふと、クリスマスツリーの前を見てみると学生カップルであろう二人がお洒落な包装の何かを持っている。
二人はそれを互いに交換し合うと、ニコニコと笑い合って中身を見ている。
見ているだけで心の暖まるワンシーンである。
「……この袋がプレゼントだったらなあ」
真斗はそう呟く。
しかし無情にも入っているのは缶ビールのみである。
「宇都はさ。女の子に何あげてたんだ?」
一樹は話の流れで自然にそんなことを聞く。
今から買いに行く自分のプレゼントが本当に美月が喜ぶものなのか不安だったのだ。
「ん、うち、大体あげられる側やったからなあ」
「……貢がれてるやないかいっ」
真斗は関西弁でそんなツッコミを入れる。
貢がれてると一樹も少し思う。
しかしそれだけ宇都に日頃から感謝していて、大切な人だったから自然とあげたくなるものなのかもしれない。
「元カノの時はネックレスとか、クリスマスの日はマフラーとか」
「……なるほどな」
「一樹は? 浮気された元カノになに渡してたん?」
「ぬ、ぬいぐるみ……」
「他には?」
「お、お揃いのミサンガとか?」
「一樹、流石にそれは浮気されるわ。彼女いない俺でもわかる」
「……だよな」
自分でもプレゼントセンスがないのはわかっている。
しかし実際に考え始めると何を渡せばいいかわからなくなるのだ。
ネックレスを渡そうにも気持ちが重すぎだとか、そんなことを考えてしまう。
いつもは何も考えないのに、こういう時に思考を巡らせてしまうのだ。
そうして無難なプレゼントを選ぼうとすると、今度はしょぼくなる。
なので美月へのプレゼントはひとまず手袋にする予定である。
美月が使っているのは百均の物なので、少し高いものを買うのだ。
しかし考えればプレゼントとして渡す意味もわからない。
「プレゼント選びって難しいな」
一樹はボソッとそう呟く。
すると、宇都はそんな一樹をフォローするかのように言った。
「でもさ、プレゼントって結局あげたって行為が大事だと思うんやけどな」
「……しょぼかったら喜ばれないだろ」
「それって結局プレゼントの中身に期待してるってことやん。確かに物の価値で気持ちの重さが変わるっていう見方もできるけど、うちは頑張って選んでくれたプレゼントやったら何でも嬉しいわ」
「宇都……」
宇都はニコッと一樹に向かって笑みを向ける。
その言葉に一樹の心は救われた。
「ま、流石に誕プレにぬいぐるみはたしかにセンスないけどな」
「……おい。いや、俺もそう思ってるけど」
「けど、センスのないプレゼント渡されても嬉しいって思える経験がない真斗もセンスないわー」
宇都がそう真斗を煽ると、真斗は顔をしかめて嫉妬の色を強く顔に出す。
「……お前ら、羨ましい」
そう呟く真斗に二人は笑った。
「とりあえずなんかケーキ買いに行かん? 甘いもん食いたいわー」
「悪い、ちょっとお手洗い行ってくるから先に行っててくれ」
「わかった。一階おるからな」
宇都のおかげで一樹は心に迷いがなくなった。
二人にお手洗いに行くと言って嘘をつくと、向かったのはお手洗いのある場所とは反対方向。
そうして服屋に着くと、一樹はしばらく悩んだ末に美月へ送る手袋を買った。
今、一樹の手には赤いリボンとクリスマス柄の袋で包装されたプレゼントを持っている。
それを筆記用具の入っている手さげバッグにしまうと、一階へと向かった。
そうして美月がどんな反応するかと想像しながら歩いていた時だった。
エスカレーターを降りて、一階につくと見慣れた人物がいた。
人が多くても、目立つ容姿を持っていて、一樹にとっては余計にくっきりと視界に映っている。
一樹は彼女に声をかける前に、彼女は一樹に気づいた。
そして一瞬目を見開いて驚く仕草をするが、手を軽く振ると、こちらに近づいてくる。
「偶然だね、一樹」
美月はそう言ってニコッと笑った。
手には大きなビニール袋を持っていて、重そうである。
中は見えない。
美月がここにいるとは意外である。
けれどたしかにここは家からも電車で十分程度で行ける距離である。
何か買いに来ていてもおかしくはない。
「一樹は何しに来たの? 買い物?」
「ああ、友人と。見ての通りビールもいっぱい買った」
「いいね……友達かあ。大学の?」
「そうだな。大学の友達……美月は何しに来たんだ?」
一樹は美月にそう聞き返す。
すると美月は持っていたビニール袋を後ろに回した。
「あ、えーっと、買い物、かな」
美月は何の買い物かは言わずにニコッと笑う。
何を買ったのか気になったものの、特に追及はしない。
「そうだ、一樹。帰るのさ、ちょっと遅らせられる、かな? 十七時くらいに帰ってきてくれたら嬉しい」
今が十六時前である。
何か事情があるのだろうか。
「ちなみに何でか聞いてもいいか?」
「……内緒、でもいい?」
美月は頬を少しだけ赤くすると、一樹から目を背ける。
その何気ない仕草が今日が特別な日だからかいつもより可愛く思えて……。
「お、おう……」
一樹はそんな返事しかできなかった。
「ありがと。じゃあ先に戻って、家で待ってるから」
美月はそう言うとまた軽く手を振って一樹から離れた。
その足は出口へと向かっている。
一樹もそんな美月に軽く手を振ると、ケーキショップで待っているであろう友人二人の元に向かうことにした。
けれど、わざわざそこに向かう必要はなかったらしい。
友人二人が中央広場にあるクリスマスツリーの前に立って、こちらをじーっと見ていた。




