がんばれがんばれアルテミス
本日、コミカライズが更新されます。
よろしくお願いします。
現在そのような状態になっています、と従騎士から聞いたアルテミスの口からは魂が抜けかけていた。
「つまり! 水晶騎士団と豪傑騎士団が! そろってヒクメ卿に治療を依頼していると!? それを貴方たちは止めなかったんですか!?」
「……え、いけなかった?」
水晶騎士団は全員が女性で構成されており、従騎士も人間の女性のみである。
全員が同期ということもあって非常に緩い組織であり、一方で固い絆もある。
それゆえに従騎士はアルテミスに詰め寄られても戸惑うだけで、そんなに緊張していなかった。
「いくらウチの団長っていっても、お代を払ったり戦場で配慮したりとかは考えてるよ?」
「だからなんだっていうの!?」
「ほ、ほら……水晶騎士団と豪傑騎士団が強くなれば、ヒクメ卿も喜ぶかなって……」
「そんなわけないでしょ!!」
頭のいい人間は、バカに向かって『問題があるかもしれないと迷ったら相談してね』という。
だが真のバカは問題がある行動に対して問題意識を持たないのだ。
そしてそれは、たいていの場合特大の大問題に発展する。
「どどどどどど、どうすれば……」
「え~~……何がそんなに問題なの?」
「貴方それでも人間なの!? 種族的にはかなり頭がいい方なんでしょ!?」
「うん」
(ダメだ……ルナから影響を受けすぎていて、ルナに似てきてる……)
従騎士からすれば、ここまで落ち込む理由がわからない。
水晶騎士団にも豪傑騎士団にも、対価を支払う能力も信頼もある。
今までと特に違うことをするわけでもないのに、なぜこうも取り乱すのか。
彼女は『ガイカクをおだてて治療のお手本になってもらおう計画』を知らないのだが、それを抜きにしても問題があるのだとアルテミスは考えている。
「そんなことやり始めたらキリがないじゃない!」
現在のガイカクは、騎士団専属医師、のような立場にいる。
事実として騎士たちへの外科医療や救命措置を行っており、これによって騎士団全体の引退率や死亡率が大幅に下がっている。
よって騎士団に入れば、ケガ人や病人も診てもらえる……というバグ技を考える者がいても不思議ではない。
だが現実的には不可能だ。
なぜならそんな裏技を一度でも認めてしまえば、同じことを考える者が山のように押し寄せる。
それに反する前例を彼は絶対に許容すまい。
「三ツ星騎士団のスポンサーが一気に降りたのも同じような話がたくさんあったからなのよ!? オリオン先生はそれを断ったのよ!? 私たちが乗ったら台無しじゃない!」
「でも一回ぐらい……」
「ダメに決まってるでしょ! そもそも二回分だし!」
「まとめて一回ってことで……」
「絶対怒るじゃない!」
おそらくだが、ルナをはじめとした水晶騎士団と豪傑騎士団はこのように想像している。
『なに、こいつらがお前らのところの新人? 病人にケガ人、っていうか子供じゃねえか』
『まあそう言うなよ。こいつらを治せば、トップエリートが何人も仲間になるんだぜ?』
『友達なの、お願い治してあげて!』
『ふぅ~~……治してやるけどよ、治療費はがっぽりもらうぞ。それから今度共闘するときは俺たち奇術騎士団を立てろよ』
『おう、それでいいぜ』
『それじゃあお願いね~~』
まあ、ありえないと言い切れないこともなさそうな気がしている。
一方でアルテミスの想像はこうだ。
『俺のところだって団員は自己判断で増やしてるから、お前らが何人増やそうと気にしねえよ。でもなんで俺がお前らんとこの新人の面倒をみなきゃいけねえんだ!? てめえでみろやボケ! 俺に押し付けんな!』
『おいおい、同じ騎士団だろ。固いこと言うなよ』
『そうだよ~~。蠍騎士団ちゃんたちみたいに治してあげてよ~~』
『そいつら連れてとっとと失せろ!』
『けちけちすんじゃねえよ。お前なら治せるだろ?』
『そうだよ、早く治してあげてよ~~』
『……ぶっ殺す!』
ガイカクの口調が正しいかは推敲の余地があるが、おそらく同じような会話になるだろうとアルテミスは考えている。
重要なのは検証ではない。実際にやってみる必要性がない。
ガイカクがブチ切れる可能性がある時点で、すでに止めなければならないのだ。
「今から行って、ルナたちとヘーラたちを止めないと……止め、止め、止めないと、いけないけども……」
およそ、この世でもっとも止めにくいのは自分の行動に『正義』があると思っている者たちである。
才能に恵まれた未来ある若者への治療とか、幼い子供の病気を治すとか、この上なく『正義』である。
治す手段がないのならまだしも、治せるものがいるのなら押し通すことは正しいはずだ。
それを止めようとすれば悪だと断じられかねない。
何がいけないのかと義憤に燃えるはずだ。
「絶対止まらない……」
水晶騎士団も豪傑騎士団も止まるまい。
もちろんガイカクだって絶対に止まらない。
今までもあの三人がぶつかり合って、第三者の介入なくことが収まったためしがない。
よって、第三者を介入させなければならないのだが……。
「他の騎士団はこの件に首を突っ込みにくいし、ティストリア様は不在だし……」
蠍騎士団と三ツ星騎士団と貝紫騎士団が『ヒクメ卿に治療の無理強いをするな』と言っても全く説得力がない。
というか本人たちもこの手の話については後ろめたいので口を挟めない。
そして箒騎士団はそもそも奇術騎士団に負い目があって関わりたがらない。
そもそも箒騎士団は仲裁に向かない。
総騎士団長であるティストリアなら問題なく解決できるだろう。
だがあいにく彼女は不在だった。
「そもそも豪傑騎士団については、軍部が抑えてくれているという話だったのに……それを突破するなんて、ヘーラは一体何なのよ……騎士団長だったわ」
ルナもヘーラも動きが早い。
さすがは騎士団長に選ばれ、それをこなしているだけのことはある。
ガイカクと同等の傑物であった。
そんな三人が価値観の相違によって正面衝突しようとしていた。
医療への技術協力がとん挫することもそうだが、騎士団内部で内戦になりかねない。
「こんなことで騎士団が終わるなんて……汚名どころじゃない。セフェウ先生じゃないけど、こんなことならライナガンマ防衛戦で全滅していればよかった……!」
栄光ある騎士団の歴史が幕を下ろすか、巨大すぎる汚点が刻まれるかのいずれかであった。
頑張れアルテミス、君しかこの事態を解決できないぞ。
「あのさ、アルテミス。そんなに心配なら、今からヒクメ卿に会いに行ってお願いしてきたら? ルナとヘーラが失礼な依頼をするかもしれないけど、寛大な心で聞き流して治療してくださいって」
「その要請自体が失礼じゃない!」
とにかく彼女の中では、『ガイカクはヘーラとルナの依頼を絶対に受けない』と『ルナとヘーラは治療の依頼を絶対にあきらめない』という文章が固定されていた。
この考えが正しいか検証される時が、そのまま騎士団最後の日である。
「いやそうは言うけどさ、ヒクメ卿じゃないと病気の子もけが人も治せないじゃん」
「その状況を変えるためにたくさんの人が動いてるのよ! それなのにあの子たちは……は!?」
この時、アルテミスの脳内に物質が発生した。
二律背反に思えていた『ガイカクはヘーラとルナの依頼を絶対に受けない』と『ルナとヘーラは治療の依頼を絶対にあきらめない』が同時に達成できる可能性が見えたのだ。
「こうしちゃいられないわ! 私、今からヒクメ卿に会いに行ってくる!」
こうしてアルテミスは騎士団の未来と医療業界の未来を背負ってダッシュするのであった。
彼女の走る先に未来がある。
そう、歴史はこの時ターニングポイントを迎えたのである。
※
一方そのころ、奇術騎士団、三ツ星騎士団、蠍騎士団は本部に向けて帰還している最中であった。
もうすぐ騎士団本部のある森の、その近くの街にたどり着くところである。
勝ち戦のあとにパーティーがあって、そのあとの帰還である。
三つの騎士団は実に上機嫌であったが、そのなかでも奇術騎士団は調子に乗っていた。
歩兵隊など、すぐそばを歩く蠍騎士団の従騎士にうざ絡みをしているほどだった。
「うふふふ。前回の戦いでは私たちの粘り強さを見せたけど、今回は私たちの作戦が上手くはまった時の強さを見せられたわね。どう? 奇術騎士団は強いでしょう? そう、私たちが強いから今回の戦いでは勝てたのよ。だから勘違いしないことね。私たちや三ツ星騎士団が一緒にいないときに調子に乗ると、前みたいに大けがをするわよ!」
(なんで俺たちより弱い姉ちゃんにこんなことを言われないといけねえんだ……)
(奇術騎士団なんて、団長以外雑魚なのになあ)
(前回の戦場でも、俺たちと先生たちで両脇固めてやったってのを忘れたのか?)
(思っても言うんじゃねえぞ! 絶対だぞ! いくら雑魚でも先輩なのは本当なんだ! 武勲も上げまくってるんだ!)
(俺たちが単独で行動していた時に全滅しかけたのも本当なんだぞ!)
うざ絡みをされている従騎士たちの内心はいろいろと複雑であったが、我慢して聞いてやろうと思う程度には認めていた。
この程度のイライラで済むのなら友好的な関係の範疇である。
とはいえ実力的に下で、特筆すべき特技もない相手にマウントを取られたら不満に思うのも不思議ではない。
その意味で純粋に畏敬や恐怖を覚えるべき相手は、やはりガイカクだけであった。
「げひひひ! 今回も私めの魔導兵器が大活躍でしたなあ。これをティストリア様に報告すれば、さぞ喜んでくださるに違いありません。げひひひ! オリオン卿、アンドロメダ卿。お二人からも奇術騎士団の躍進を報告してくださいな」
「むろんだ、とはいえ今回ほどの大勝利であれば、私からの言葉など花を添える程度だろう」
「え、ええ! 本当に大勝利ですから、すでにティストリア様のお耳にも入っていらっしゃるかと!」
露骨に『俺の手柄だと上司に報告しろよ』と言っているガイカクに対して、オリオンもアンドロメダも素直に応じている。
実際のところ、奇術騎士団が一番槍をきれいにキメたからこその大勝利である。言われなくてもそう報告するつもりだった。
その立役者は間違いなくガイカクである。
彼が自慢しても悪感情などまったくわかない。
「……それにしても、あらためて思うのですが……ヒクメ卿が敵でなくてよかったですね」
「私はいつもそう思っている。アンドロメダ卿もこれからずっとそう思い続けるだろう。だが……貴殿自身もまた、周囲からそう思われなければならんのだぞ」
「もちろんです!」
騎士になったからには、周囲から『アイツを敵に回すな』と恐れられなければならない。
少なくともオリオンにはそういう時代があった。
ならばアンドロメダや他の若き騎士たちもそうでなければならない。
それが一人前の騎士ということだ。
何かと問題があるとされ、三ツ星騎士団や貝紫騎士団の後釜にふさわしくないとされた水晶騎士団とて、実力は評価されている。
裏表のない善良な騎士団。
奇術騎士団と違って絵本に出てくるような騎士団として売り出されており、その信頼性も高い。
先のライナガンマ防衛戦でも大いに武勲を上げていたことから明らかだろう。
そう思っていたところで、前方から息を切らしている女性が走ってきた。
水晶騎士団所属、正騎士。トップエリートダークエルフ、アルテミスであった。
ダークエルフは徹夜に強く優れた感覚能力を持つことで有名だが、長距離走が得意というわけではない。
長時間歩くのなら何とかなるが、長距離を走るのは苦手なのだ。
無様にもヘトヘトな彼女を見て、先頭を行く者たちは唖然としている。
一般的なダークエルフほどではないが、彼女も賢明でまじめだ。無駄に疲れることはないだろう。
「ひぅ、ひぅ……お、あ。おま、おまちく、おまちください……ぜふゅ~~……ぜひゅー……」
もしや火急の仕事でも入ったのか!? と騎士団全員があわただしくなった。
戦場から帰ったばかりだが、それでも三つの騎士団がそろっている。
何か任務を振られても不思議ではないが……。
「おえっふ……おげっ……ふぅ、ふぅ……はあ……実はその……非常に申し上げにくいのですが……」
ここでアルテミスは豪傑騎士団と水晶騎士団が奇術騎士団本部に居座っていると説明した。
状況を詳しく把握するたびに、三ツ星騎士団と蠍騎士団の顔色が変わっていく。
何やってるんだお前と怒鳴りたくもなるが、それを言う資格がないこともわかっているのだ。
仮にルナが『蠍騎士団の時とどう違うの』と聞いてきたら、彼女が納得するように説明できる気もしない。
一方でガイカクの顔は尋常ではないほど変形していった。
血管が浮き上がり、唇が歪み、眼が血走っていった。
「い、医者って大変ですよねえ……こういう患者の相手もしないといけないんですからねえ……」
奇術騎士団の団員たちも震えあがっていた。
かつて前カーリーストス伯爵に捕えられた時も、ここまでは怒っていなかった。
憲兵しか知り得ないことだが、以前に蠍騎士団が言いつけを守らなかったときと同じくらい怒っていた。
彼がこの世で最も憎むもの。
それは説明をしても納得しない者たちである。
「ごほん……心中お察しいたします。そのうえで申し上げるのですが……」
ここまで彼女は、話の順番や話の持って行き方に『編集』をしなかった。
だがここからは話の持って行き方が重要になる。
「私としても、ヒクメ卿に治療の依頼をするのはお門違いだと思うのです。そのうえ今回のことを認めてしまえば、単純に際限がなくなります。どちらの騎士団も今回のことしか考えていないか、あるいは何も考えていないだけなのです」
「まったくその通りだな……!」
「とはいえ、両騎士団は『いいこと』を提案しているつもりです。貴方が拒否をしても諦めないでしょう。貴方にとって相当手間なはずです」
「そうだろうなあ! で、その問題を解決する素敵なアイデアがあるってことでいいんだな!?」
「はい!」
よし、話を聞いてくれる気になったぞ!
アルテミスは息を切らしながらも興奮し、しかし言葉選びを間違えないように話していった。
※
それからしばらくしてのことである。
奇術騎士団の本部に勝手に上がり込んで、病院を占拠していた騎士団長たちは『隔離病棟』の前に来ていた。
呼ばれて来たのではない。
奇術騎士団の本部の病院に、奇術騎士団の団員たちが大勢で入ってきて、機材やら薬品やらをほとんどもって移動を始めたため、そのあとに続くことになったのだ。
肝心のガイカク・ヒクメがいないこともあって、患者たちと一緒に移動するしかなかったのである。
「……こんなところに病院なんてあったのか。見た感じ、建てたばっかみたいだなあ」
「病院っていうか、刑務所みたい……」
「そうだな。刑務所とか城っぽいな」
彼女らもお世話になっている、騎士団御用達の病院。
その新しい病棟ということらしいのだが、そのスケールは明らかに異なっている。
新しい病院が隣にできました、と言わんばかりに、今までの病棟全部分の敷地があった。
おそらくだが、相当大胆な区画整理が行われたと思われる。
騎士団全体の予算、数十年分ぐらいの金銭が『箱』に投じられているはずだ。
そして実際、新しい病棟は箱を思わせる。
城か刑務所か、と言わんばかりに巨大な壁が視界をふさいでおり、病棟内部を外から見ることはできない。
壁の前には外堀まであり、一々門を開けて通路を下ろさなければ行き来ができないようになっている。
その上多くの兵が配備されており、堀の外側にも内側にも隙間がなかった。
隔離病棟の、その隔離具合が通常とは比較にもならない。
「どうも~~! 奇術騎士団です~~!」
「おお、お待ちしておりました! どうぞお通りください!」
奇術騎士団の団員たちは、ポップな旗を掲げて入っていく。
迎える兵士たちはニコニコと笑っており、非常に好意的に素通ししていた。
「んじゃあ私たちも……」
「そだね、ここに入るっぽいし」
「お待ちください! ここは奇術騎士団専用の出入り口です! 他の騎士団はあちらの、一般用の入り口を使用してください!」
豪傑騎士団と水晶騎士団が入ろうとすると、見張りの兵士は子供の意地悪のようなことを言いだした。
しかしその表情は真剣そのもの。今にも襲い掛かってきそうな雰囲気である。
気づけば周辺から大勢の兵士が集まり、二つの騎士団を包囲する形になっていた。
この場にいるのは正騎士と騎士団長だけであり、しかも素手である。
そのうえ患者とその家族までいる。
この状況で戦うほど、ルナとヘーラもバカではない。
「一般用の入り口に行って、帰れとか言わねえだろうな」
「もちろんです。両騎士団と、その新入団された騎士……その家族が入ることは申請されています。それもこれもヒクメ卿によるものです」
「何が言いたいんだ、お前!」
「おい、オーガ相手に長く話すな! ごほん! ヒクメ卿はここにいらっしゃいます! 治療もお受けするとのことです!」
「最初からそう言え!」
ケンカ腰のヘーラに対して、警備兵のひとりが手短に話した。
本人からの言質ではないのが残念ではあるが、治療が保障されるということで新人騎士たちも安心であった。
案内されるままに、一般入口へ通される。
一般入口、というのは本当に『奇術騎士団以外用』の入り口であった。
出口ではない。出口は別にあり、入り口から出ることは許されていない。
本当に厳重で、人件費のかかる堅牢な仕組みとなっていた。
しかも入る時に厳重なボディチェックがされた。
患者の包帯の内側まで確認する徹底ぶりである。
あまりにも厳重であるため、正騎士たちは残り、騎士団長だけが新人たちの付き添いとして入ることになったほどだ。
「本当に厳重だね。よその国の王様でも来てるの?」
「その質問にはお答えできません」
「そうは言うけどよ、暗殺を警戒しているようにしか見えねえんだが?」
「そうではありませんよ、出口をご覧ください」
一般入口の近くにある一般出口。
そこには入り口の倍以上の兵士が詰めており、入念なボディチェックをする構えであった。
入る者よりも出る者を警戒している、という様子である。
「それではご案内しますので、どうぞこちらへ。その途中で、この病院の厳戒態勢をご理解してくださるかと……」
案内を担当する兵士に先導される形で、一行は大きな門をくぐる。
新人騎士たちはここまで来てほっとしていた。
ヘーラも警戒していたが、この入り口で入れない、というケースもありえた。
両騎士団長がいなければそれこそ門前払いが妥当であったため、自分たちは頼った相手を間違っていなかったと安堵している。
一方でヘーラとルナは、病院の門の内側にある畑を見て驚いていた。
お世辞にも頭がいいと言えない種族の生まれだが、それでも見慣れていればわかる。
「あ、奇術騎士団の畑で栽培している植物だ」
「やべー薬の原材料じゃなかったか?」
「ごほんごほん! あの植物は確かに危険な薬品の原材料にもなります! ですが医療目的でも非常に優秀な素材なのです! ですから、こうして厳重な監視体制を敷いて栽培しているのですよ!」
病院に貴人がいるので厳戒態勢を敷いているというわけではない(貴人がいないと言ってはいない)。
病院の敷地内で薬品の素材の栽培や製造もおこなっているため、厳戒態勢を敷いているのだ。
合法にするということは管理を厳重にするということ。この状況は異常ではないのだ。
奇術騎士団で栽培し加工しているのは、現状でも違法のままである。
なので案内の兵士は聞こえないふりをしていた。
「なので! この病院では通常の病院では使えない、違法となっている薬品の投与ができます!」
「本当ですか!? それなら、娘は助かるんですか!?」
「わかりません」
薬さえ投与してもらえれば、助かる病気と聞いている。
シェルハーとハンガーレは喜んでいたが、兵士はわからないという誠実な答えを返した。
「薬を投与したら必ず、そのまま、一切問題なく治る……とは限らないのです。強い効果を持つ薬だけに、副作用などが発生するリスクはあります。その対応が適切にできる医療従事者は、この世界に一人もいません」
国立魔導局から解放された資料には、薬のリスクとその対処法も書いてあった。
細かく書いてあるが、それでも書いているだけだ。
いくら読み込んだところで、現場の医者が適切に対応できるとは言えない。
なにより、本に書いてある内容が絶対的に正しい保証はないのだ。
「ですので、奇術騎士団団長であるヒクメ卿へ要請を出しました。臨床試験に立ち会い、指導をしていただきたいと」
「臨床試験? その、私たちの娘は実験体になるということ?」
「悪い言い方をすればそうなります。しかしヒクメ卿はすでに協力を約束してくださっています。その状況での内科医療です。助かる可能性は高くなっているかと」
「……ごめんなさい。逸ってしまったわ」
自分が焦れていたことを自覚し、ハンガーレは謝った。
臨床試験に参加する、という名目でなら治療を受けられる。
違法な薬を合法的に使ってもらえる。
しかもヒクメ卿が近くにいるので、トラブルにも対処してもらえる。
こう言っては何だが……子供が治ればいいのだ。贅沢は言えない。
だが贅沢なことを考える者もいた。ヘーラである。
「で? まさかとんでもなく待たされる、ってことはないだろうな」
「どういう意味でしょうか」
「後回しにされちゃたまんねえって話だ」
彼女は、今回の治療が騎士団、ひいては国家にとって有益だと考えていた。
ルナも同じようなものである。こんなに小さい子を助けるのが後回しなんてありえない。
最優先で助けてもらえると信じてやまなかった。
「……それについては、実際に交渉なさるのがよろしいかと」
皮肉にも、高い壁に囲まれた病棟そのものの警備は薄かった。
警備の兵が無いわけではないのだが、人数もボディチェックも控えめである。
そうして中に入ると……ルナもヘーラも、他の新人騎士たちも言葉が出なかった。
病気の子供であるレオレイと同じような子供が多くベッドで横になっており、ヘーラが知っているような高名な武人たちも大勢入院していた。
自分たちの『正義』を信じるからこそ、同じ理由を持っている者たちを押しのけることはできない。
彼女らは自分たちの案件を優先しろ、と言えなくなっていた。
遅くなるとしても治療してくれるというのだから受け入れるしかない。
不満そうな顔をしつつも、彼女らは新人騎士たちと共に他の患者たちと待つことになったのだった。
それを聞いて少し上機嫌になった、どこかの騎士団長がいたとかいなかったとか。
そんな騎士団長を見て胸を撫で下ろすダークエルフがいたとかいなかったとか。




