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がんばれアルテミス

今回は短くて申し訳ありません。

今月中にもう一度更新いたします。

 水晶騎士団。

 箒騎士団や蠍騎士団と同じく、騎士養成校の卒業生で構成されている生粋の騎士団。

 騎士団長は世にも珍しいエリートゴブリンのルナ。

 精神年齢はやや幼いがカリスマ性はあり、同期の女子騎士たちをひとまとめにしている一人前の騎士団長である。


 とはいえ彼女には補佐も必要である。

 従騎士たちもそれを行っているが、側近ともいえる立場についているのはエリートダークエルフのアルテミスであった。


 他の正騎士がリザードマン、オーガ、獣人という編成であるため、事実上の頭脳と言っていいのかもしれない。

 彼女が抜けると水晶騎士団は機能しなくなると言われるほど重責を担う立場であった。


 今回の話は任務を終えて本部に戻ったばかりの彼女がセフェウに呼び出されるところから始まる。



 貝紫騎士団本部の中を歩くダークエルフ、アルテミス。

 現在彼女の顔色はとても悪かった。

 なにせ貝紫騎士団の騎士団長にして、己たちの恩師であるセフェウからの呼び出しなのだから。


(いっつもこう……他の子は種族的に頭がよくないからって、私ばっかり呼び出されてお小言をもらうの……はあ……)


 セフェウ卿は他種族への理解が深い一方で、同種や近縁種への期待値が高い。

 ゴブリンなど最たる例だが、あんまり頭がよくない種族に対して『もっと頭を使え』というのがコンプライアンス違反だと思っているのだ。

 その分エルフやダークエルフに対してはもっとしっかりしろとあっさり言う。


 仕方ないのかもしれないが、割を食う側としてはたまったものではない。


(全員呼び出されたわけじゃないんだから、そこまで大きな問題があったわけじゃないんだろうけど……どうせろくなことじゃないんだろうなあ……なんだろう)


 できるだけフォローしているつもりだが、彼女の知らないところで問題が発生していないとも言えない。

 ダークエルフは優秀で有名だが、何事にも限度はあるのだ。

 彼女自身も限界を把握しているので、自分の知らないところで誰かが何かをやらかしているという可能性を排除できない。


 陰鬱な気分になりつつ、セフェウの待つ部屋のドアを開ける。


「失礼します。水晶騎士団正騎士、アルテミスでござ……!?」


 部屋の中にセフェウともう一人、ダークエルフらしい男性が立っていた。

 顔を隠し露出の少ない服を着ているが、それでも『見覚え』のある同種だった。


殿(との)……!?」

「静まれ」

「はっ!」


 静まれ、静かにしろ、と言われただけだったが、アルテミスは反射的に平伏してしまった。

 ダークエルフの社会としては適切な礼であったが、彼女が騎士である以上はあまりよくない行動である。

 セフェウは少しだけどうかと思ったし、彼女自身も失敗したと反省するが、今さら中断するのもおかしいので黙ってしまっていた。


「……もう少し楽にせよ。アルテミス卿が平伏する人物がここにいるなどありえまい」

「はい」


 殿と呼ばれた男性が気を利かした。

 まったく面倒な話であると彼自身も辟易している。


 エルフやダークエルフは本来礼を重んじ、いろいろな状況に合わせて作法が設定されている。

 しかしその分話が長くなる、話に入るのが長くなるという問題を抱えていた。

 この辺りはオーガがよくバカにするのだが、実際本人たちも面倒に思っている。


「手短に話そう。アルテミス卿をここに呼んだのは私だ。セフェウ卿に依頼し、周囲に気取られぬよう呼んでもらったのだ」

「さようでしたか」

「……セフェウ卿ご自身も、私と同じ要件を貴殿に伝えたいとも思っているが、彼にも彼の事情があるので私が合わせて伝えることになっている」


 全然手短ではないが、前置きは正確であった。


「まず、ヒクメ卿の扱う違法医療技術が実験的に合法となり、エルフとこの国が共同で臨床試験を行うことになった。だがこれは半分は建前だ。欺瞞に聞こえるかもしれないが、ヒクメ卿から合法的に医療魔導技術の指導を受けるための法整備にすぎない」


 殿の言葉を聞いても、アルテミスは驚かなかった。

 蠍騎士団の面々が考えたことを彼女が考えないわけがない。


 違うのは『政治家が判断をしてから協力を願うのだろう』という手順の意識である。


「近々……認可を受けた病院からヒクメ卿へ非公式に依頼が向かうはずだ。おそらく引き受けてくださるだろう、というのが見解だ」


 だれの見解とは言わないが、セフェウの表情からして彼の見解なのだろう。


「だが失敗する可能性もある。彼は基本的にマイペースで気分屋と聞いている。何者かが彼の機嫌を損ねれば、余波でこの依頼も断られかねない。とはいえ、もともと彼は危険人物だ。彼に近づく者を排除する口実などいくらでもある。権力者がその気になれば、彼を事実上の隔離状態にすることは難くない。そうすればおのずと不機嫌になることもなくなる……と言いたいが、そうもいかない相手が二組存在する」


 彼がこの本部に戻ってくるときには、きっと機嫌がよくなっているだろう。

 そのすぐ後に機嫌を損ねては元の木阿弥だ。

 短時間しか使えない強硬策であるが、彼に関わろうとする人間をシャットアウトするのが安全策である。


 逆説的に言って、シャットアウトできない相手を警戒するべきだった。


「同じ騎士団同士なら、交流を止めることはできない。分けても問題なのは、水晶騎士団と豪傑騎士団だ」

「……そうですね」


 ものすごく疲れた顔で、アルテミスは同意する。

 セフェウも同じような顔をしていた。


「脱走騎士であるアヴィオールの件もあって、箒騎士団はヒクメ卿へ強く出ることができない。三ツ星騎士団は同盟関係の発端からして、こと医療関係に関しては強く口を挟めない。これは蠍騎士団も同様だ。貝紫騎士団も、アンドロメダ卿とセフェウ卿の関係からして同様だろう。蠍騎士団も二度命を救われ迷惑をかけていることもあって、迂闊なことはしないはずだ」


 ここまで言って、殿は眉間にしわを寄せた。


「だが豪傑騎士団団長であるクレス家のヘーラ卿と、水晶騎士団団長のルナ卿は無茶を言いかねない。普通のことならまだいいが、医療関係のことで機嫌を損ねればしばらく医療との関係を切りかねない」


 ガイカクの過去ではっきりとわかっていることは一つだけだ。


 過去に医療を志していたこともあったが挫折した。腕前の問題ではなく、精神的な問題だったという。


 その一つがクリティカルヒットになりかねないのが今回の案件なのだ。


「聞けば、蠍騎士団が安静にしていなかったときは、過去最高に憤慨していたらしい」

「うむ……本当に怒っていた」

「奇術騎士団の砲兵隊も、そう言っていました」


 思わずセフェウも口を挟むほど、当時の彼の怒りは甚だしかった。

 なぜ医者を諦めたのか、説明不要なほどである。


「エルフの外科医療が発展することは、ダークエルフにとっても無縁ではない。今回の試みが進むことを『連邦』も強く望んでいる。とはいえ表立って活動はできない。軍部は豪傑騎士団を抑えるつもりのようだ。水晶騎士団に対して我らができることは、貴殿に内部から働きかけることを願うだけだ」


 エルフとダークエルフ、そしてツリーエルフは遺伝子的、種族的に近縁種である。

 エルフの外科医療が普通の意味で発展すれば、その恩恵はダークエルフも享受できる。

 殿はアルテミスへ強くお願いをするのであった。


(正騎士一人が背負っていい案件ではないような気が……)



 このような話がある。


 とあるエルフの男性には妻がいた。

 彼女は珍しい病気で倒れてしまい、治療を受けたものの完治せずに死んでしまった。


 男性は妻を愛していたため、悲しんでいた。

 そんな彼へ、医者がお願いをする。


 どうか夫人の遺体を解剖させてほしい。そうすれば病気の治療法が見つかるかもしれないのだ、と。


 男性は悩んだ結果、妻の解剖を断った。

 彼女を弔ってやりたかったのだ。


 医者はそれ以上何も言わず、頭を下げた。


 ここまででも悲劇だったが、話はさらに十年後に続く。


 男性には亡き妻との間に娘がいたのだが、その娘が同じ病気にかかってしまった。

 しかもまだ治療法は見つかっていない。

 娘もまた帰らぬ人となってしまった。


 妻だけではなく娘まで同じ病気で失い、彼は悲しんだ。

 そんな彼のもとに医者が訪れる。


 ご息女を解剖させてほしい。そうすれば病気の治療法が見つかるかもしれないのだ、と。


 男性は迷った。迷って迷った。


 彼の娘には子供がいた。彼にとって孫娘だ。

 この孫娘もまた同じ病気に倒れるかもしれない。

 しかしだからといって、娘の体を、死後も……。


 彼は悩んだ。

 彼の娘婿もまた悩んだ。


 医者にどうすればいいのか聞いてみる。


 医者は答えた。

 医学の進歩には必要なことだが……正直に言って、私たちだってやりたくない。



 そのような寓話があったな、と考えながらアルテミスは水晶騎士団の本部に戻っていた。


 ガイカク本人がどうだかはわからないが、少なくとも彼に医療技術を授けた先人はその倫理で前に進むことを選んだはずだ。

 おそらく最初は成功率が低かったのだろうが、何度も試行錯誤をしていくうちに効率化し、ガイカクの扱うような優れた技術として完成したのだろう。


 それでも普及させることはできなかった。

 どうしてだかはわからないが、現在(いままで)はそうなのである。


(それが何の因果か、騎士団長になった後のヒクメ卿がきっかけで普及する……わからないものね)


 『評議会』や『連邦』からの依頼でもあったが、個人的にも成功させたい話である。


 水晶騎士団への裏切りになるかもしれないが、そうならないように調整するべきだろう。


(幸い、ウチの騎士団にケガ人は出ていない……無茶な要求はしないでしょう)

 

 今回、あるいは数週間、問題が起きなければいい。

 自分が何かをする必要もなく、ただ時間が過ぎるのを待つだけだ。


 ただ、一応伝えておくべきかもしれない。

 そう思った彼女は、水晶騎士団の従騎士に質問をする。


「騎士団長はどこかしら?」

「あ、え~~……ヒクメ卿に病人を診てもらうと言って、奇術騎士団の本部に行きました」


 その従騎士曰く。

 アルテミス卿は、今まで見たことがない顔をしたそうな。

本日、コミカライズが更新されます。

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― 新着の感想 ―
…いっその事その開けて置かなければいけない期間この2つの騎士団に仕事任せとけば良かったのでは…怪我をしても教本になるし…、騒ぎもせんやろ、蠍騎士団みたいな◯呆やらかさんようにだけは必要だが…。
組織がこの人抜けたら崩壊しちゃうみたいなのがあるがそのポジションのアルテミスさん まあ不憫枠なんすけどね
はい、終了のお知らせw
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