第7話
切り立った崖。恐ろしく深い谷。
谷底からひゅうと吹き上げる風に、思わず身を震わせる。
「落ちたら一溜りもないな…」
「怖いの、ジエラルーシオン」
「あぁ、怖いとも…。あれ?」
子供のような声だ。
慌てて狼を見遣るが、彼は崖の縁から下を見つめている。
「僕なら落ちても守ってあげられるよ」
周囲には他に、誰の姿も見えない。
「…誰? …精霊…か…?」
「そうそう。僕はアルトルテレサ・アルティエル。僕が契約したいから、皆より先に声をかけようと思ったの。今ね、僕の一族があの狼に話しかけてて、気を引いてるの。だから、こっちの声は聞こえないよぉ」
可愛らしい感じがする。
遊んでほしい子供の様子が浮かんで、僕は小さく笑った。
「ねぇ、風は僕と契約しよ? いいでしょ、ねぇったら。僕が行きたいんだよ」
「気持ちは嬉しいが、やはり一度はバルザックと相談させてくれ。僕は精霊に詳しいほうではないので、お前にも何か迷惑をかけるようなことがあっては困る」
「えぇぇ。やだよ、僕が契約したいんだ、契約するぅ、契約しようったら」
駄々っ児のようだ。
一人に嫌われると一族が全て相手にしてくれなくなる…そうバルザックが言っていたのを思い出す。
これはちょっと困ったことになったかもしれない。
と、バルザックがこちらを向いた。
「ああぁ、見つかっちゃった!」
「ジルオール。契約していないだろうな」
「うん。やはりお前に一度相談してから、と説得していたところなんだが…」
「そいつは駄目だ。見ての通り、ガキすぎる。他の精霊にしろ…、っ、と…」
びゅうっと強い風が吹いて、バルザックが飛ばされないよう地面に伏せる。
「もう。僕が契約したいのに、邪魔だよ、邪魔! 皆もちゃんと気を引いてって言ったじゃないか、邪魔しないでよ!」
子供の声が怒ったようにわめき散らすのに、僕は慌てて制止する。
「これはお前の仕業か? やめろ、バルザックが落ちてしまうよ」
「狼、要らないもん!」
「…わ、がままだなぁ。駄目だ、好んで他者に害をなす精霊とは契約できない」
言った途端に風がやんだ。
バルザックは素早く体勢を立て直してこちらへと戻ってくる。ぴぴっとその耳が震えた。
「他の精霊からも、大きな声では言えないがそいつだけはやめておけと忠告が来ているぞ。その忠告が一人や二人じゃないところをみると、どうやら随分な悪戯者らしいな」
「…み、皆、ひどいや!」
泣きそうな子供の声を押し流すように、急に沢山の声が辺りに響き渡る。
契約しよう、契約しようと喧しいくらいの声の渦。
思わず僕は耳を塞いだ。
今までは、一度に一人の声しか聞こえなかったのに…。
「うう…ちょっと…音が多すぎるっ…」
「…ジルオールは風と相性が良かったのか。それにしてもこれは、ちょっと良くないな」
顔をしかめながら、バルザックを見つめた。
どうしたらいいんだろう。それに、契約しようとは声が聞こえるが、肝心の名前が最初の子供以外聞き取れていない。誰かに決めようにも、どれが誰の声だかわからない。
「…僕…、最初の子にしようかな…」
音の洪水に疲れてしまいながら、小さく呟いた。
その途端に、さぁっと波が引くように他の声は遠のいた。
「何? そいつはやめておけと言っただろう」
「でも、他の人は名前が聞こえないんだよ。それにこの子は、僕と契約してくれようとして一生懸命だった…」
「ふむぅ…」
「アルトルテレサ? いるのか?」
「いるよ。ちょっとおとなしくしてただけだよ。アルトルテレサ・アルティエルだよ」
「アルトルテレサでいいじゃないか。僕の名前だって本当はもっと長いよ」
「駄目駄目、ちゃんと呼んでよ。僕は本当はもっともっともーっと長いよ!」
…やはり、ちょっと我儘な子供だ。
どうしよう…悩んでいると、バルザックがかりかりと爪で僕の靴を引っかいた。
「お前も、わかっているだろう。無理だ」
「…でも風精霊は必要なんだろう?」
「なんで、よりにもよってそいつの名前だけ聞き取るんだよ、厄介だなァ…。風精霊は他にもいっぱいいるだろうが」
「名を聞くコツがあるのなら教えてくれ」
「ない。波長の問題だ。声が聞こえるのは波長が近い。しかし名前が聞き取れるくらい波長が合わないと契約はできない。厄介ながらそいつしかいない、という現状だな」
「私ではいかがです。フルトレンテと申します。恐らくお役に立てると思いますが」
ふわりと、風が吹き込んだ。
名前が聞き取れて。おとなしそうで。物事が柔らかい。
「あぁ、さっきのガキよりァいいだろう」
バルザックも、一つ頷いた。
けれども。
「…いい? 本当に、いい、か…?」
僕には、何かが、引っかかる。
「…ジルオール?」
どこか。フルトレンテでは駄目だという気がする。か弱いような、頼りないような。
まるで警告のような自分の声を認識してしまうと、否定的な思いは拭えなくなった。
「いや…やはりアルトルテレサにする。せっかく声をかけてくれたのに申し訳ないが」
「お、おい?」
「…そうですか…」
「やったぁ! 契約するよ、するよ!」
明確なものは何もないが、どちらも僕にとっては不安な相手。選ぶしかないのなら、より不安なものを手にはできない。
例え、苦労が、予測されても。
「アルトルテレサに契約をお願いする。しかし契約する以上お前の我儘を全て受け入れるわけにはいかない。理解してくれるな?」
「うん。ジエラルーシオンと契約する!」
「…あーぁ…」
諦めたような声を出し、狼が首を振る。その横で、全く唐突に竜巻が発生した。
「…えっ?」
急激に辺りの空気が竜巻に吸い込まれて。引き寄せられかけた身体の重心を、慌てて後ろにかけ直した。
それが過ちだと気づいたのは、アルトルテレサが元気よく叫んだときだ。
「いっくよー!」
ごうっと音を立ててぶつかってくる竜巻。
これは。
災害じゃないのか。
不安定な僕の重心は風に嬲られ、嵐に遭った小舟よりも簡単に引っ繰り返される。
靴底から地面の感触が消えた。
「ジルオール!」
バルザックが谷底を覗き込む。
それを見上げたまま、僕の身体は重力のままに暗い谷の底へと引き込まれていく。
深い。暗い。切り立った崖。
耳の側を、風が甲高い音で掠めていく。
恐怖がないわけじゃない。それでも。
不思議と、気持ちは落ち着いていた。
水も緑もいざとなれば命令せずとも僕を助けてくれる。そんな風に信じられる。だから。
今は風精霊を使いこなさなくては。
「アルトルテレサ。速度を落としてほしい。それは可能だろうか」
「はぁい!」
元気な返事と同時に、乱暴に僕を弄んでいた風が止まる。ゆっくりと。僕の身体は下降を始めた。緩やかな風が前髪を持ち上げる。
「この先に地面はあるの?」
「あるよ。だって、この下に地精霊を選びに行くんでしょ? 狼が言ったって、皆が言ってるよ。底までどのくらいか見たい?」
にっこりと笑う子供が僕の隣に浮いている。
柔和な顔立ち。一瞬女の子かとも思ったが、…確かに『僕』と言っていたはず。
「見る、というのは?」
「遠いけど地面あるよ! ほら!」
ひゅうっと風が吹き抜けた。
岩肌を駆け下りる、青い風の流れが、目に見える。遠く深い闇の底に辿りついた風は、床を撫でるように向きを変えた。
「…成程」
ドルアリィグが言っていたのはきっと、この力だ。これを利用できれば、霧の中でもぶつからずに進める。
契約していなければ、きっと見えないのだろう。こうやって少しずつ、力を得て…あぁ、僕は戦えるかもしれない。帝国に勝てるかもしれないと…
歪んだ笑いを浮かべそうに、なる。
それに気付いて。
人間ではないものに変わっていくような、不安と。人知を越えた力を手にした、喜びとが胸の中で入り混じる。
人の心は弱い。過ぎた力を手にしたときに、それを他者にぶつけることで己を誇示しようと…しないとは限らない。
これは精霊の力であって、本来の僕の力ではない。
思い上がらないようにしなくては、いけない。
そうしなければ、僕はあっという間に暴君へと成り下がる気がする。
帝国が。己の力に酔い痴れて、我が国を踏み荒らしたように。
…同じ轍は、踏むものか。
「悪戯者を掴まえた割に、うまいことコントロールしてるじゃないか」
「…バルザック…お前は本当に器用だな」
断崖の岩壁を蹴り、反対の壁をまた蹴って、バルザックはジグザグに勢いを殺しながら上手に崖を下りてくる。
「ここは下りてしまっても大丈夫だろうか。また、上るとなると大変そうだけれど…」
「しばらくは下だ。何をするにしろ下を行く」
「…ここが、メディヴァルへ至る地の裂け目なのか? 知っているか?」
腹の上に狼が飛び乗った。風精霊と共に下降する僕らは、まだ底には辿りつかない。
魔物の棲む森を過ぎたら、地の底へ下りて…そして洞窟を抜ける予定なんだ。けれどバルザックは小さく首を振った。
「ここはァ、ツルギノアトだ。ただの谷だな」
「…そうなのか…こんなに深いのに」
「それでも、もうすぐ下につくだろうよ」
下を見下ろして。それから上を見上げた。どうやらもう、半分以上は下りてきたらしい。空の青色が、とても遠い。
風精霊の力がなければ、この谷を下りることなどできそうにない。そしてメディヴァルは、これよりも更に深い谷底にあるのなら。ただの人間に辿りつくことは…不可能なのではないだろうか。
「初めて願ったのは誰だったのだろう。どうして宝石はこんな場所に隠されていて…そして見つけられる人間が現れたのかな…。魔物も獣も欲しがらないのなら…」
バルザックは目を細めただけで、何も言わなかった。アルトルテレサが、ひょいと横から僕たちを覗き込んだ。
「じゃあ、初めに見つけたのは人間じゃなかったんじゃない? そんで、人間の友達に教えてあげたんだよ。こんなのあったよーって」
あまりに軽い調子だったので、僕は思わず吹き出した。
「な、成程。それはありそうな話だな」
「でしょお。聞いた友達が見たいって言ったら、連れて行ってあげるよねぇ。見つけた友達は大喜びして、他の友達にも話しちゃう。そんな感じだよ!」
「では、アルトルテレサはなぜ、宝石が願いを叶えるのだと思う?」
今度こそ、アルトルテレサは考え込む。
しかし風精霊の答えは、あまりに僕の予想から外れていた。
「願いを叶えるの? ただ綺麗な石を発掘に行くのだと思ってた。宝探しじゃないの」
何ということだ。アルトルテレサには目的自体が正しく伝わっていない。
頭を抱える僕にバルザックが囁く。
「ジルオール。今からでも解雇しよう」
すぐさまアルトルテレサも反発した。
「ええっ、ひどいこの狼、やっぱり要らないよ、飛ばしていいでしょう?」
「…もう…。彼に決めた以上は解雇なんてしないし、お前も僕の友人を要らないと簡単に言うのはやめてくれ」
僕は我が国が帝国に襲撃されたこと、その目的が願いを叶える宝石を奪うためであったこと、それを僕が先に見つけなければならないこと…そして宝石には民の幸福を願いたいことをかい摘まんで説明した。
んー、と首を傾げた風精霊が…理解したという手ごたえは感じられない。
「何かわからないことがあるか?」
長寿の精霊とはいえ相手は子供だ。
言い回しが難しければ理解できない。
自分の状況を理解している僕には、もしかすると言葉足らずな部分があったかもしれない。
しかし風精霊は、やはり僕の予想とは違うことを考えていたらしい。
「それ、本当に宝石なのかな」
「え?」
何を尋ねられたのかが理解できなくて、僕は目を見開く。
「宝石ってキラキラ綺麗な石のことでしょ。首飾りや指輪や、とにかく綺麗で高価な飾り物。でも、多分違うよね、それ」
「…どういう…意味だ、お前はメディヴァルを見たことがあるのか?」
「ないよ。でもメディヴァルってのは、精霊が勝手には入れない場所にいるって聞いたよ。万が一にも僕が彼に悪戯をしたら、精霊界にさえ戻れないで消されてしまうだろうからって、誰もそれ以上詳しく教えてくれない」
「…消され…、殺されるということ? 精霊を殺すの? いや、精霊って死ぬの?」
生きている以上、死なないなんてことはないだろうか。けれど、このやたらと長命で人とは違う力を持つ生き物が…どうやって?
「あれは…何だっけ…んー…。えへっ、忘れちゃった。でも、精霊とは全然違う何からしいよ。もっとずっと強いって。精霊は死ぬっていうか…いつか消えても精霊界にまたエネルギーとして循環するんだよね、普通は。でもそれもできずに消されるだろうっていう話」
「…待って。今しがた、…僕はお前の言葉に、何か引っかかることを聞いた」
「なぁに?」
何だ。何が気になった?
もう一度、アルトルテレサの言葉を思い返す。
宝石とは綺麗な石のこと。
メディヴァルは精霊が勝手に入れない場所にいる。
万が一にも、彼に悪戯をしたら消されてしまう。
「『彼』。そう。お前は今、メディヴァルを『彼』だと言ったんだ」
「…それが…なぁに?」
「メディヴァルは…本当は生き物なのか? 石ではなく? だとすると移動したり…もしいなくなってたらどこを捜したらいいんだ…こんな…こんなことは予想していない…」
混乱する僕を、バルザックが強く遮る。
「いいや、石だ。お前がいつ辿りつこうと、メディヴァルが留守だということはない」
「でも、バルザック…」
「呼称とは便宜的なものでしかない。メディヴァルは、お前が辿りつく場所に在り続ける。恐らく…永久に」
ふぅん、とつまらなさそうにアルトルテレサが肩を竦めた。
「精霊は勝手に入れないのか。俺ァてっきり、精霊も欲しがらないから寄りつかないんだと思っていたな。欲しがるのは人間だけだ。いつまでも。人間だけが捜しに来て…そして辿りつく。己の願いを叶えるためだけに…」
静かに狼が言った。
いつもより…少し、元気がないような気がして。僕は狼の手を掴んで、肉球の大きなところを指で押してみる。結構固い。
嫌がるように、ぴゃっと前足が空を蹴った。目を丸くして彼は僕を叱る。
「こ、こら、何してる。痒いっ」
「人間の欲深さが宝石を見つけるのかもしれない。…だが、それがどうした、バルザック」
お前は本当は何を知っているんだと、問いつめたい気持ちはある。いつだって…バルザックからもっと情報が聞き出せたらと思わないことはない。それでも。
「お前が自信満々に笑っているだけで、僕は結構安心するんだ…お前の元気がないと、僕まで暗くなってしまうよ。言いたくないことがあるのなら無理に言わなくてもいいけれど、僕にも愚痴の一つくらい聞くことはできる。他にもできることがあるのなら言ってくれ。お前は僕の友人なのだから」
抱きしめた狼は、こちらを見ない。
耳の間を撫でてやりながら、僕は首を傾げた。
「…谷底だ。話している間についてしまったな。これでは皆すぐ辿りつけてしまう。確かにメディヴァルはここではないようだ」
実際はすぐに辿りつけるわけではないけれど、わざとに軽く言う。地面に下ろした狼は、いつもの調子で言葉を返してくれた。
「そうさァ。ここより深い谷を、あんなチンタラ下りていたら、願いを叶える石だって待ち疲れて眠っちまうよ。今度はそのチビッ子にもう少し速度を上げてもらうんだな」
ふさりふさりと尾が揺れる。飛び跳ねるように、バルザックは僕の前を進む。
見慣れた、光景だ。
落ち着きかけた僕の横で風精霊がわめく。
「チビじゃないよ! 何さ! 四本足!」
「はははァ? チビッ子も四本足も、ただの真実でしかないと思うがな?」
「毛皮固い! 変なしっぽ!」
「…お前は何を言いたいんだ? 少なくとも、狼としては正しい姿だからな。俺はァ、何も気にならないぞ。なぁ、半人前のアルト」
「…う…うぅぅーっ!」
からかいなのか大人気ない口喧嘩なのかはわからないが、どうにも二人を並べておくと言い合いに発展してしまう。僕は小さな溜息をついて口を開いた。
「…もう。二人とも、よせったら。あぁ、そうだ。御守りに風を閉じ込めるのはどうすればいい? アルトには普段は先輩たちと一緒にいてほしいんだが」
「あぁっ、略されたぁ! 何だよ、ジエラルーシオンだって半人前だもん! ジエラルーシオンだって略して呼んでやるもん!」
「うん、僕はまだまだ半人前だ。名なら今はジルオールが通り名だよ」
狼が笑い、風精霊が悔しそうに顔を歪めた。アルトという呼び名は本当に良いと思ったのだが、そんなにも気に入らないものだろうか。
「わかったよ、そんなに嫌ならば呼ばないよ。可愛くて似合っているのに残念だな」
「そう!? 可愛いんなら呼んでいいよ!」
「…え? いいのか? でも、今…」
「いいの! 二回も聞かないの! ほらほら、早くこれをその中に入れなよ! 僕ね、ここがいい。もっと右。ずれたよ、左」
渡されたのは…渦を巻く風。
慌てながら小さなつむじ風を御守りに入れようとすると、場所に細かな注文をつけられる。落としたらなくしてしまいそう。硬貨程の大きさの…旋風を摘むなんて、とても不思議な行為だ。
「この辺か、アルトルテレサ」
「あ、そこでいいよ。うん、完璧。アルトって呼ぶんでしょ、決めたんならそうしてよ、ジルオール」
「…本当にもう嫌じゃないのか?」
「うん。ジルオールと短くお揃いにする」
今は満更でもなさそうな顔をしている、この風精霊は天の邪鬼でもあるようだ。
「…ジルオールにはァ、お前みたいな無駄な矜持はないからな。見習え、チビッ子」
「やだよっ。狼の言うことなんて聞かないっ」
「…ふふ。そして僕はイシュテアスを見習うのか。英雄の道は遠いな…でも、精霊なら寿命が長いから、アルトは僕よりも英雄になる確率が高いよ」
「イシュテアスって誰?」
「僕のご先祖様だよ。この国を作った英雄なんだ。願いを叶える宝石を手に入れて、この地に平穏をもたら…」
「でもこの国は乗っ取られたんでしょ?」
「あ、うん…」
「英雄なら最初から最後までキチンとしてなくちゃ駄目だと思うな、僕!」
…子供って、遠慮がないな。
乗っ取られたんでしょ、なんて平然と言われると結構痛い。
まだ鋭意、反乱中です。
浮かべかけた笑顔が張り付いたままの僕に、狼は小さな溜息。
ばしゃりと音を立てて、顔の横に水の玉が浮かんだ。
急な出来事に固まった僕の前で、きょとんとしたままのアルトが水に引きずり込まれる。あっと言う間に水の塊は消えた。
「…え? 今の…シャロレイトラハ…?」
一体何が、と呟きかけると耳の内側で、微かに笑うドルアリィグの声が聞こえて。
シャロレイトラハも、澄ました声を寄越す。
「気にするな、ジエラルーシオン。子守は私たちに任せて、先を急ぐといい」
狼がその声に頷いて見せた。
「精霊たちも見兼ねたようだ」




