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願いを叶える宝石に纏わる冒険譚  作者: 2991+
石が見る星

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第19話



 アルスセリヴァンというのは帝国の王子の名であった。

 では、彼女達とは一体何者であるのか。


「姉はアルスティア。妹はセリヴァンシア。今は亡き女、帝国の王が執着してやまないものから生まれた。しかしながら王は双子であることすら、性別すら、本当の名すらも知らない。あの男は、子には全く興味がないので」


 少しだけ柔らかくなった口調からは、彼女達が日頃から常に気を配って体裁を整えていることが窺えた。


 人形のようなアルスセリヴァン。


 発する言葉の数を減らし、表情を殺すことで、二人が時折入れ代わることへの違和感を押さえようとしたのだろう。


 双子の王女は、一人を影武者という名目にして側に置き、二人で一人のアルスセリヴァン王子を演じ続けていたのだ。


「双子ということが知れると、片方が始末される。それは帝国の血塗られた歴史上、一人の妻からは一人の王子しか立てることを許さないからだ。複数の妻を持ち、争う跡目は権力者の華。国母となるため、いつの時代も女達は優秀な王子を立てようとする。しかし際限なくそれを許すと収拾がつかないから、複数の妻、複数の王子の存在を許しても、一人の女が立てる王子の数は一人きりと決められたのだ」


「…それは…つまり…」


「二人目以降の王子は殺される。もちろん一人目が愚鈍であれば、それを廃して二人目を生かすこともある。だが、私の場合、困ったことはそれだけではない」


 二人は王子ではなく、王女であった。

 そして。


「帝国の王は私の母に執着した。他の妻を娶らなかった。…帝国の王子は名目上、アルスセリヴァンたった一人。常ならば分散される帝位簒奪目的の暗殺は、私を標的に絞った。更には次期王妃の座を狙う貴族の娘達が、こぞって妻になろうと押しかける。擦り寄られて体型に気付かれては目も当てられないし…女の子に夜這いされて、逃げ惑うなんて笑い話にもならないんだ。今はもう、私には『私』以外の味方はいない」


 彼女達の心底げんなりとした表情に、苦労の多い生活であったことは理解できた。


 しかし僕には疑問が残る。


「そもそも、なぜ一人の王子だと? 二人の王女ではいけなかったのか」


 生まれたときにそんな嘘をつかなければ、こんな状況は起こらなかったはずなのだ。


「母はもう子を産みたくなかった」


「強いられる行為から解放されたかった」


「産後の体調不良を理由に伏せり、少しでもあの王から距離を取ろうとしたのだ。今、苦境ではあれど…私は母を非難できない」


「私は母の意を理解する。女であるから。母の死後、一度だけ私に母の面影を見た王の、あの気味の悪い目といったら…」


 彼女達は、また、暗い目をした。


「ジエラルーシオン殿下。貴方はご存じだろうか。市井の民ならば、好意を持つもの同士で結ばれるのが婚姻というものだ。女にとって、意にそまぬ行為などは暴力でしかない。王の妻とは貴族であれば娘の意思を廃しても手に入れたい地位だ、当然娘もそのような教育を受けて育つ。しかし母は山奥の村に住む、ただの娘だった。想い人のいる、少し不思議な力を持つだけの、村娘だったのだよ」


「結婚の約束をした男が帝都に仕事で出かけたときに、それは起きた。可能性を読む力を持つ母は、ただの村娘であった故に、それほど気にせず、力を使わず過ごしていた。帝国の王は気まぐれな狩りの途中で襲撃に遭い、負傷した状態で母と出会った。母は人として、負傷者を救護したにすぎない」


「それを都合良く解釈し、襲い、奪い、連れ去った。…村人達に何ができる。帝国の王が命じれば村が滅ぶのに一夜もかからぬ。彼らは母を人身御供に差し出した。…娘の心が壊れるのに、これ以上の理由は必要だろうか。いずれ帝国は滅びる。私が私である故に。あの汚れた王を掲げた故に」


 明かされる事情には、正直少し同情した。


 けれど、ならば、なぜ。


 その言葉を飲み込めない僕がいる。


「…帝国の兵士は進軍することで、集落を襲い、殺し、奪う。…貴女達は貴女達や母君と同じ存在を無数に作り出した。いや、より凄惨な現実を作り出した。我が国が何をしたという。他の国が一体貴女達に何をしたのだ。貴女達は正しく帝国の王の血を引いているよ。己の欲のために他人の尊厳を踏みにじった。村人が貴女達の母親にしたように、他国の人間を人身御供に差し出したのだ。貴女達の嫌いな、帝国の王にな」


 二人は衝撃を受けた顔をした。


 誰を犠牲にしてでも生き延びると啖呵を切った彼女達は、しかし己の行動を、その結果を深くは理解していなかったのだ。


「…い、や…」


 悲鳴のような声。真っ青になった王女達は、己を保とうと必死に言葉を探していた。


「わたしは、…あんな男とはちがう…」


 帝国の王とは、一体どんな人物なのだろう。


 一人の女性に執着し、二人の子に興味を持たず、覇道を掲げ他国を食い散らせど、その後の展望はまるで見えない。


「私は、『私』を…だって、そうしなくちゃ、誰も私を守ってくれない…だから…」


「私は、私は、…だって、母も母の騎士も、そう言った。彼女も彼も私を守れないから。己で守れとそう言った…」


「…母の、騎士?」


 初めて聞こえた存在に眉を寄せる。すわ状況を盾に、彼女達を意のままに操ろうとする者の存在かと思いきや。


「本来なら彼が私の父になるはずだった」


「母を取り戻すため彼は騎士になった」


「騎士も母も、逃げてほしかった」


「けれど彼らは逃げられなかった」


「母は連れ戻され、騎士は殺された」


「ならばと願う母を、私が殺した」


 より凄惨な過去を告げられただけだった。

 よくよく話を聞けば、母君をその手に掛けたわけではなかった。

 最後の望みを絶たれ、自害を望んだ母親に、こっそりと刃物を運んだのが彼女達らしい。


「私が生きることはそんなに悪いの…?」

「もう疲れたけれど、死にたくなんてない…」


 涙を流して身を寄せ合う二人に、言い過ぎたのかと唇を引き結んだ。


 僕なら一体どうしただろう。


 恐らくは恨み言を吹き込まれて育ったのだろう。子に興味がない男とはいえ、父親に向けるには憎悪が過ぎた目をしていた。


 そして側には、本来父親になるはずだった男までいて…ああ、成程。本当は四人で、一人のアルスセリヴァンを作り上げていたのか。


 騎士がいるから、母親は希望を捨てられなかった。

 希望を捨てられないから、王に身を求められるような状況を回避したかった。


 それが娘二人を苦しめる道であっても?


 可能性を見る力とは一体何なのだろう。それを以てしても母親は死に、彼女達は生きるための苦痛に涙を流す。


 …思えば、僕は幸せに育った。

 両親も周囲も皆、優しかった。

 霧深い、静かなこの国が好きだった。


 けれど幼い僕が笑って過ごしていたその頃にも、彼女達の周囲全ては敵だったのだ。


「…アルスセリヴァン王子」


 呼びかけると、二人は涙を拭って王子の仮面を被った。


「提案する。貴方の持つ可能性を見る力とやらを、民のために役立ててほしい。…僕は帝国の王を討つ。それを期に、帝国の王族であることを捨て、二人の女性に戻らないか」


 何を言われているかわからないという顔をしている。当然だろう。


「帝国の王が討たれるのだ。王子とて戦乱で命を落とすことに何の不思議もない。貴方が帝国を愛し、民のためにもそんな真似はできぬというのなら話は別なのだが…」


「…帝国など滅べばいい」


「…私は『私』しか守るものなどない」


「ならば、寝返りも一つの手なのではないだろうか。僕達はどうやら、敵を同じくしている。帝国という名の化け物だ。戦うのは、僕がやろう。精霊達が共にあれば、戦える」


 彼女達の目が、不意にじっと僕を見た。


 何も見ていないような光のない目。少し居心地は悪いけれど、答えを待って口を閉ざす。

 ぽふりと狼の足が僕の靴を叩いた。


「良いのか、ジルオール。お前の民を苦しめた帝国の子だぞ」

「…バルザック」


 少し、笑ってしまった。


「お前はこんなにも甘い僕を、よく知っているのじゃないか?」


 僕は平気だと示すために、偽悪的な言葉を探した。

 皮肉げに笑ってみせる狼が、その実、あんまり僕を心配するので。


「…そう…、無論、帝国の王族をただ許すなんてありえない。せいぜい、僕の民のために役に立ってもらうよ」


「俺が悪かったよ、ジルオール。それ、似合わない」


 狼はどこまでもマイペースで、失礼だ。

 契約精霊達がクスクスと笑うのに、僕は大変に居心地の悪い思いをした。


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