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願いを叶える宝石に纏わる冒険譚  作者: 2991+
石が見る星

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第16話


 握りしめたのが、子供のような願いであることも、わかりきっていた。

 譲れない願いだと信じた。

 …だけれど…。


「メディヴァル。僕はお前に願わない」


「…なにを…、正気か?」


 牙を剥くように、バルザックは呻いた。


「ああ」


 不思議と、後悔はない。

 なぜなら。


「ジルオール。妙な同情ならよせ。お前の願いはその程度の…」


「バルザック。僕が望むのは、結局のところ民の幸福なんだ。飢えず、争わず、命を繋ぐことが当たり前で。人の笑顔を見て、己も笑って過ごせる、そのためのものだ」


「ならば、そう願え」


「それでは駄目だ。だって、そこになぜ、お前を入れてはいけない?」


 バルザックは、言われた意味がわからないというように目を見開いた。

 微笑んで、僕は彼と目を合わせる。


「お前も、この国に住んでいる。つまりは、我がグライア・メディエノルの民だ。僕の身ならまだしも、民を一人生贄にして、全てを救おうだなんて気はない。お前を犠牲にして誰かを救いたいのではないんだ。願いを叶える宝石では、僕の願いは叶わない。それが、理解できただけのことだ」


「…ジル…」


「すまない、バルザック。僕は友人をこの手で害すような真似はしたくない。例えそれが、お前の存在理由に反するのであっても。お前に、消えてほしくはないんだ」


 人は死ぬ。日常は壊れる。僕の大切なものは、どうやらとても儚い。

 それとも、脆いものだからこそ慈しむ気になるのだろうか。


 目を閉じた僕は、緑精霊の言葉を思い出す。精霊は、人よりも、ずっと頑丈だ。


 軍勢も持たず、国を憂い集う仲間もない。

 …けれど、いないほうがいいのだ。いたところで、僕は仲間が傷付き倒れればひたすらに己を責めるだろう。

 頭脳も、力も、覚悟も…イシュテアスには届かない。イシュテアスほどの精霊を集められてもいない。それでも。


 僕には大きな力を持つ、契約精霊がいる。


「シャロレイトラハ。ドルアリィグ。アルトルテレサ・アルティエル。ラグレンディア。ジャハンナリンク。…頼みがある」


 皆は僕の声に答えて姿を現し、そのまま緑石の床に膝を付いた。


 まるで何かの儀式のようだ。

 そんなことを考える僕の傍らで、バルザックがひゅうと口笛を吹いた。

 狼のときにはできなかった芸当だ。思わず少し微笑む。


「僕と共に帝国と戦ってくれ」


 精霊たちに、そう呼びかけた。


「僕に、帝国の王を討たせてくれ。メディヴァルではなく、僕は、貴方たちに願おう」


 皆、もうわかっていたのだろう。戦うために来たと言ったジャハンナリンク。戦を望まないと言ったシャロレイトラハ。


 敵兵も、殺したくはない。

 それは嘘ではない。けれども戦を選べば、血は流れる。

 せめてその血が、無力な民のものでないように。指揮官を…そして、王を討とう。


 僕はもう、一歩だって戻らない。

 どのような道であろうとも、進まなければならないのだ。


「帝国は、止めなければならない」


 子供のような、この願いのため。

 願いを叶える宝石さえ、守るため。


 簡単には倒れないという仲間を持った、僕自身がやらねばならない。



*-*-*-*-*-*-*-*-*-*



 コツリ、コツリと床を打つ軍靴。苛立つように、男は机の周囲を彷徨い歩く。


「忌ま忌ましい。邪魔をするのはガキばかりだな。深緑(しんりょく)のジエラルーシオンに、帝国のアルスセリヴァン…子供は出しゃばらずにおればいいものを」


「不敬ですよ。誰かに聞かれては…」


 かけられた嗜めるような言葉にも、男は不快そうな舌打ちを返すだけだ。


「こんな薄暗い国の辛気臭い城で、不敬も何もあるものか。深緑の小僧はなぜ今更、見つかる危険を冒してまで森に入ったのだろうな。本当に願いを叶える宝石なんぞを捜しにいったのだろうか。子供でも、現実と虚構の区別くらいはつかないか」


「建国の英雄譚は、深緑の王子の憧れだったそうですから。隠すことでもないでしょうに、この程度さえ、あれだけ拷問してやっとの情報ですよ」


 ひやりと冷えた胸の内を察して、精霊たちが口々に諫めてきた。わかっている。ここで飛び出すほど、愚かではないつもりだ。


「深緑の小僧も。帝国の愚王も、愚王の人形も。全くくだらない、そんな都合のいい宝石なんてあるわけがないというのに。ガキ共はまだしも、あの年で夢見がちな皇帝には心底うんざりさせられる」


「エルゼレ伯…明日にはアルスセリヴァン殿下がいらっしゃるのですよ。どこに耳があるとも知れないのだから」


「ふん。あの不気味な王子を、随分と買っているようじゃないか。どうせ明日もこの霧だ、足止めされて辿り着けないさ」


「…はぁ…本当に、この霧ばかりは。この国を手中に収めたところで、こう毎日薄暗くては病気にでもなってしまいそうですよ」


 彼らはここ数日周囲を満たしている霧に、辟易しているようだ。今回ばかりは僕の仕業だが、隣に立つ人間がよく見えない程度の霧が数日続くくらい、この国ではさして珍しいことではない。


 森に入りさえしなければいい。

 家の外壁を辿ってもそれなりに歩けるものだ。

 深緑と霧のこの国の人間ならば、それほど気になる出来事ではない。


 目を細めて、僕は彼らのやり取りを見つめる。

 帝国の、アルスセリヴァン王子が、明日には来る。…その王子を押さえれば、少しは有利に事が運ぶだろう。


 そう思いながらも、眼前の男の発言には首を傾げざるを得ない。


 帝国が一枚岩でないだろうことは予測していたが、それにしてもこの男はあまりに不用心すぎないだろうか。一枚岩ではないからこそ、仇なすような人物と取られては身が危うそうなものだが。


 腹心の部下と話しているようには、見えないのだけれど…。


 もう一人の男を観察してみる。

 愚痴っぽい男よりも細身で、穏やかそうな雰囲気を纏っている。

 けれども。どこか、胡散臭い。


「何にせよ、そのような言葉はあまり口にされないほうがよろしいのでは」


 細身の男は、エルゼレ伯と呼んだ男に、忠告を重ねる。それでもエルゼレ伯は態度を改めようとはしなかった。


 却って馬鹿にしたような表情を浮かべる。


四目(しもく)のアルスか。目が四つあるように物事がよく見えるとか。あの無口で人形のようにぼうっと立っているだけの王子が、それほど慧眼には見えん」


「伯は信じておられないのですね。この領土の拡大が、殿下の功績だということを」


「…はっ。いかにして箱入りの王子様が関わったと? 大方、帝国の王子に泊付けするため、誰かの功績を奪い取っているのだろう。武勲を上げると口を封じられるのかもしれん」


「…それでは勇猛な武人がいなくなります」


「だから現に、いないだろう。それこそこれだけの侵攻に、名を挙げた武将が数える程しかいないのはおかしい」


 会話は途切れた。不意に彼らがこちらへ目を向け、僕は唇を引き結ぶ。


 コンコン、と僕の隣でノックの音。

 兵士が報告に来たのだ。既にアルトが知らせてくれていたから、僕は身じろぎもせずにじっと息を潜め続ける。


 すぐ側で扉が開かれた。一礼した兵士が、異変を報告する。


「申し上げます。城内の水が不足しているようです。このままでは幾日も持ちません」


「…どういうことだ? この城にはおかしなほど潤沢に水があったろう。井戸がやたらとあったはずだ」


「その井戸が全て涸れたのです。深い井戸でしたが、石を落としてみても水音はなく、ただ乾いた音が返ったようです。また、水瓶に汲んであった水も、いつの間にか空になっております。この人数です、人間はさしあたって我慢するしかないとしても…」


 エルゼレ伯は天井を見上げた。そう、この城にいるのは人間だけではない。


「馬か。まずいな、近くに水場は?」


「…霧が深く、周囲の探索は進んでおりません。地図には離れた大きな湖しか記載がないため、元々この地にいた者たちに吐かせてはみましたが、なにせこの霧です。天候ばかりは仕方ありませんが」


 場所を吐かせるという言い方が気にかかった。

 エルゼレ伯も同じように思ったのだろう、不審そうに兵士を見遣る。


「…痛めつけてか? 比較的従順な者を集めていたはずだが、たかが水場の位置を言わないものか? 侵攻前ならまだしも、制圧後に一部の水を押さえても意味がないだろう」


「はい。しかしなぜか酷く怯えている様子で、一度は一様に口を噤みました」


 成程。

 城の地下には洗礼の儀式の場たる聖洞がある。


 聖洞に流れ込む水は、その奥の湖から引かれていて。湖自体は、精霊の鏡と呼ばれる水盤から止めどなく湧き出る水が溜まったものだ。

 あの水盤の存在を知っていれば、城だけ水不足だなんて信じられるはずがない。

 ついに国から精霊の加護が失われたのだと思っても仕方がないだろう。


 しかし納得したのは僕だけのようだ。


 細身の男が首を傾げて会話に加わった。


「なぜでしょう。わざと水を隠しているわけではないのですか? この騒動自体が彼らの差し金なのでは…」


「複数の者が同じ場所を示すのですから、恐らく水場自体はあると思います。この国には何かおかしな信仰でもあるようで、異変の原因は森を拓いたせいだと言うのです。なぜ拓いてはいけないのかと問うても、そういう決まりだからとしか答えません」


 兵士の言葉に、二人は微妙な顔をして黙り込んだ。異国の人間から見れば、そんな話は俄かには信じがたいのだろう。


「現実的に考えて、離れた森の木々を切り倒したところで城の水がすぐに涸れる理由になるとは思えません。なれば、王族しか知らない大がかりな仕掛けが城にあったと考えても問題がない」


「どういう意味だ、ウォルグ」


「この時期にジエラルーシオン王子が戻ってきたのです。彼が何かしたのでしょう。王族である彼ならば城の隠し通路や仕掛けを継いでいて不思議はありません」


 この異変を『城の仕掛け』と取られるのは想定外だった。


 異国ではそのような、からくり細工の城が主流なのだろうか…。

 精霊に怯えはせずとも、不気味と取るだろうと踏んでいたのだ。浅知恵だっただろうか。


「…深緑の小僧が森から戻ったという報告はない」


「それこそ隠し通路があるのかもしれません。元より、彼は、包囲されたこの城から逃げおおせているのですから」


 …いいや、構うものか。

 からくり仕掛けだと思うのならば思えばいい。見当外れな対策を取るなら尚のこと。水を失うことは避けられない。


 食料も水もなければ、大所帯が留まることはできない。


 エルゼレ伯。


 彼がこの城を任されているのなら、彼だけを弱らせればいい。細身の男…ウォルグというのが名前だろうか。彼が補佐官ならば、彼も。それを補うものが出れば、そちらも。上から順に崩していこう。


 もちろん、明日にも、帝国の王子が到着したのならばそれが最優先だ。


 咎は上が負わねばならない。

 命令を下すのはいつだって、上の者なのだから。




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