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願いを叶える宝石に纏わる冒険譚  作者: 2991+
石が見る星

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第12話



 精霊と契約することで見えるもの。

 力の流れや精霊の気配。

 幻と本当にそこにあるものの違い。


 バルザックの言う通り、森は新たな姿を見せていた。


「こんな風になっていたんだね…」


 溜息をつく僕に、狼は鼻で笑った。


「俺にはァ、見えているのが普通の景色だ。お前の契約精霊たちにもな」


「…今なら、バルザックがあんなにも精霊との契約を勧めた理由が理解できるよ。お前がいてくれて本当に助かった。礼を言う」


 心なしか、バルザックの機嫌が良さそうだ。

 ぴょんぴょんと跳ねるような狼の足取りが、いつもよりも軽い。


 魔物の棲むというこの森。

 けれども迷う原因は魔物ではない。


 そこらじゅうに溢れている精霊たちの気配が、人の五感を惑わせていたのだ。


 精霊が気に入った石や木に留まり、また別の精霊が遊びに来て付近に陣取る。そうして増えて濃くなった精霊の気配が、濃密な力場を作り出す。人の方向感覚が狂うのはそのためだ。


 更には気まぐれに光や音を曲げて別の場所の景色を見たり、聞いたり。例えば、遠くの鳥の声を響かせたり、その姿を映し出して鑑賞して楽しむ。その姿や声に誘き寄せられ、本当の鳥が来ることもある。


 彼らには悪気の一欠片もない。

 精霊はただ、森で楽しく暮らしているだけだ。


 また、そんな風に集った精霊が水精霊だったなら、増大するのは水の気配。居心地を良くするために、彼らは水を増やす。

 結果として、水の精霊たちがお喋りをしている間だけ存在する川なんてものが出来上がる。


 精霊たちは人間よりも時間の流れを気にしないから、いつまでだって話していられるし、他に気を引くことができれば唐突に解散してしまう。


 …山から流れる水が自然に作った本流でなければ、水精霊が引き寄せただけの一時的な川かもしれない。

 そういった理由で、川にも消える可能性があるというわけだ。


「どんな対策を取ったって迷ってしまうわけだ。この森は人間が好き勝手に拓くべきではない。本当に、そう思う」


 契約精霊が口にしたように、気に入った居場所を破壊された精霊は機嫌を損ね、再び居場所を奪われることがないように精霊界へと帰ってしまうのだろう。


「…バルザック。帰ってしまった精霊は、こちらへは二度と来ないのだろうか」


「さァね。俺ァ、精霊じゃないから」


「そうか。では…」


 物知りなのは、ドルアリィグかな。

 思い浮かべた精霊は、ゆったりと僕の隣に姿を現した。


「二度と来られないわけではないのだが、恐らくは来ないだろう」


「…来るのが大変なのか?」


「一応、異なる世界だからね」


 きょとんとした僕に、緑精霊は微笑む。

 穏やかな声で紡がれる、それは、あの白い世界で語っていたことの続きだ。


「世界とは幾つも存在するもの。通常は互いに関わりなく過ごしているが、たまには事故も起こるのだよ。すれ違い様に肩がぶつかるように、この世界は、何度か別の世界と衝突をしている。精霊界とこの世界は、元々は別の世界だったのだ。幸い、精霊界は柔軟な作りをしていたので壊れず、この世界を包み込む形で融合した」


 ドルアリィグの言葉に、狼もじっと耳を傾けている。


「その際に取り残されたものたちが数を増やし、この世界に満ちた精霊となった。こちらへ来るのは大変だが、帰るためには己の身をただの元素に戻してしまえばいい。そうすれば精霊界が引き寄せ、取り込む。我々はまたいつか精霊界で自我を持つだろう」


「…また…同じ自分になれるの?」


「いいや。全く同じ自我にはならないだろう。もちろん、記憶も継がない。同じ元素の精霊になるかどうかもわからないな。一度はまっさらなエネルギーに戻るわけだから」


 それは…死と呼ぶのではないだろうか。

 黙り込んだ僕に、精霊は笑う。


「精霊とはそういうものだ。元素として漂うか、それが固まって自我を持つか。それだけの違いでしかない」


「ドルアリィグも…いつか帰ってしまうのだろうか?」


「今のところ帰る予定はない。この世界はきっとまた別の世界と衝突するだろう。ぶつかるごとに状況も環境も変わっていく。ぶつからずとも、移り変わっていく。変化とは面白いものだ…精霊界にはほとんど起こらない。私はできる限り、それを見てみたいのだ」


 たまにはヤドリヤナギで寛ぎたいがね、と締め括った緑精霊に、知らず口許が緩む。ならば僕と契約する前のドルアリィグは、ちょっと休憩中だっただけなのだろう。

 さすがに人間とは違う時間の流れに生きている、休憩時間の長さもとんでもない。


「人間が精霊界に行くことはできないのかな」


「今のところ、手段がない。しかし不可能とも言い切れない。私たちは世界の意思を知らない。世界が望めば、方法はあるだろう」


 僕の問いには答え終えたというように緑精霊は姿を消した。

 神のみぞ知る、ということだろうか。

 知らないことを知るのは楽しい。ドルアリィグが旅をしたのは、きっとそんな気持ちがあるからだろう。彼の話は大変興味深い。


「ドルアリィグでさえ知り尽くすことができないなんて、世界はなんて広いんだろうね。…僕、いつか吟遊詩人になってみたいな。そうして、ドルアリィグやお前が教えてくれた話を他の場所で語って、他の場所の色んな話を聞くんだ」


 ただでさえ地に足のつかない夢だ。

 もちろん、この国の民を救えないのなら、僕にそんな日は来ない。


 僕が死んで。

 精霊界へ帰った精霊のように、いつかまた生まれることができたら。

 その時でもいいかもしれないな。


 そんな僕の心中を察したのだろうか。


「そうしようかァ、ジルオール」


 狼はこちらを見ずにそんなことを言う。


「この国から帝国を追い出して、民に平和が戻ったら、旅に出ようか」


「…お前、付き合ってくれるのか?」


「それも面白そうさァ。でも、そのためには、俺とお前がいなくちゃいけない。俺ァ、本来森から出たって仕方がないものだからな」


 バルザックの言葉に苦笑する。

 森から出たって仕方がない。それは、この森を守れるのならば大抵のものは好きだという彼の言葉として、どこかおかしい。


 本当はこの森にいたくないのだろうか。


 けれども魔物である彼が人里になど下りていけば討伐されてしまうかもしれない。そういうことなのだろうか。


「バルザックには親や兄弟はいないのか」


「…人間の考えそうなことだがな。俺と同じ姿の狼がいたとしても、そいつァ喋ったりしない。お前に友好的でもないだろう」


「そうなのか? お前は喋る狼という種族の魔物なのだと思っていたのだが」


「ふふん? お前がそう思うんなら、そうなのかもなァ」


 小馬鹿にしたような声で、彼は僕の前を歩いていく。


 そういえば地名や何かを親に教わるのかと聞いたときも彼は、ただ知っていると答えた。魔物とは人や動物のような繁殖をしないのだろうか…全く想像がつかない。



*-*-*-*-*-*-*-*-*-*



 地の裂け目は唐突に現れた。

 確かにこれは、一目瞭然。ツルギノアトなどとは比べものにならない。唖然とする僕に、狼は笑う。


「ははァ。どうするつもりだ、ジルオール。夜光蔓草を使いたいか」


 意地悪なことを言う。

 ここが、深く暗い地の裂け目…しかし裂け目といってもいいのかどうか。


「向こう岸が見えないぞ、バルザック。陸地自体がここで終わりなのではないか?」


「いいや、ずっと向こうにある、陸地は途切れてなどいない。用事があるのはこの下だろうが。向こう岸なんぞ見えたところで関係があるまい?」


「…お前、この光景に感慨はないのか」


「ない」


 言い切ると同時に、ぺろんと彼の鼻の頭をピンクの舌が通り過ぎていった。何とも悪びれない。肩の力が抜けて、苦笑が漏れた。


「アルト」


「…はぁい」


 ふわりと現れた風精霊は、どこか落ちつかなげに辺りを見回している。

 不安そうな彼は、珍しい。


「どうした、アルト? 何か気になることがあるのならば、言ってほしい」


 うん、と煮えきらない頷きを返した風精霊はやはり周囲を気にしている。


「帝国兵か? 近いか?」


「…ううん。それは大丈夫。あのね、皆がこの辺りに来たがらないの。特に崖の下には行きたくないって。理由を聞いても、どうせ行けないからとしか言わなくて…」


 確かに、それは不安をかき立てるのに十分な言葉だ。僕はアルトに右手を伸ばした。気づいた風精霊は、懐くように手の下に潜り込み、頭を撫でさせる。


「運んでくれるか?」


「もちろん。こんな谷くらい、どってことないよ、僕はジルオールの契約精霊だよ!」


 その言葉を聞いた僕は、傍らにいた狼を胸に抱き上げた。

 彼が何を言うより先に、谷底へと身を躍らせる。

 その瞬間に、言葉がするりと零れた。


「アルト、もっと速くだ」


「はぁい」


「もっと。…よし、速さを維持してくれ」


「うんっ」


 強い風。

 ぐんぐんと遠ざかる空。

 できるだけ速くて、それでいて僕が耐えられる限界の速度だ。


 急がなくてはならない。時間をかければかけるほど、不利だ。


 異変に気がついたのだろう。

 並んだアルトも無言だった。見たことがないくらい真剣な顔をしている。


 しばらくしてから、僕の躊躇いのなさに驚いていたらしい狼が、ぽつりと呟いた。


「随分、アルトを信用しているな」


「ああ。ようやく、わかったからな」


「何?」


「フルトレンテでは底までもたないんだ。もちろん、アルトでも一度では無理だ。途中で何度か内界に戻しての休憩が必要になる。その間の僕らの休憩場所はラグレンディアに作ってもらえばいい。無理ならドルアリィグに頼んで、夜光蔓草に僕を固定してもらおう。しかしフルトレンテでは無理をさせれば力を使い果たして消えてしまうだろうし、間に挟む休憩の回数と長さが桁違いになる」


「…ジルオール?」


「この谷は下りれば下りるほど精霊の力を吸収してしまうようだ。イシュテアスはどうやって下りたのだろうな」


「…そう…なのか? 俺ァ、てっきり…」


 いつもとはまるで逆だ。

 不思議そうな狼に、僕のほうが驚いた。


「お前にも知らないことがあるんだな」


「…ふん」


 バルザックは弁解も知ったかぶりもせずに、ぷいと目を逸らした。

 ぐいと肩に狼の爪が食い込んで。


 僕は友人を見下ろした。

 彼の目は、風精霊を見つめている。

 アルトは唇を引き結んで、風の力を制御していた。


 …僕が契約する風精霊は、彼でなければならなかったはずだ。きっと他の風精霊では、僕の望みには届かなかったから。


 腕の中の狼を、しっかりと抱き直す。驚いたように、彼は僕を見た。


「アルトは大丈夫だよ。僕の風精霊だ」


 こちらの声すら耳に入らない…そんなアルトを見るバルザックの耳が、少しだけ伏せている。


「俺ァ…教えない」


「うん?」


「イシュテアスがどうやって下りたか。イシュテアスが何を望んでどう行動したか。何を手に入れて、何を失ったか。俺ァ、教えたくない。どうせ一つ二つは確実に知ることになるが…それ以上は知りたがるな。イシュテアスを見習う必要は、やっぱりない。時代は違う。状況は違う。お前はお前のまま生きろ」


 僕の友人がこんな風に言うということは…やっぱりイシュテアスは森の魔物には嫌われていたのだろうか。魔を払った英雄なのだ、仕方ないのだろうけれど。


「うん。僕は僕にしかなれない」


「それでいい。…それがいい」


「うん。ありがとう」


 恐らくは何かの気遣い。

 詳細もわからぬそれを感じて、礼だけを返した。


 僕は自分が思うよりも緊張しているのだろうか。

 それともイシュテアスに否定的な彼の言葉に、がっかりしてしまったのだろうか。

 胸じゃない、胃でもない…でも身体の奥のどこかが、ちりりと小さく痛んでいる。



 ラグレンディアが岩壁を少し張り出させ、僕らはそこに野営をする。空の色は見えない。

 アルトは真っ青な顔をして内界に引っ込んでしまった。

 別の手段を考えたほうがいいだろうか。そう思案する僕に、けれど精霊たちは首を横に振る。


「一度与えた仕事を取り上げては可哀相だ。水や火を手段にできないわけではないが、危険度が格段に上がる。落下速度を弱めるために水や火を使うということだからな…ジエラルーシオンの身が心配だ」


「アルトルテレサが手段として最も適切だ。ラグレンディアでは無理だ、岩棚を出すくらいはできても、中には精霊の力では動かない岩盤がある。ここは元々精霊が力を使いやすくはない場所。私を使うとしても手段は夜光蔓草しかないし、これは生育速度が遅い。どれだけ力を注いで育てても、ジエラルーシオンの体力との勝負になる。精霊を休ませながら使う現状のほうが、問題がない」


「風だけじゃないのよね、全体的に精霊の力は吸い取られてるみたい。ちょっとくらいのことはできても、大きな力を使うと不安定になりそうね。そもそも戦いではない以上、あたしの出る幕じゃないわ。あの子がやりたいっていうならそれでいいじゃない」


「アルトルテレサは聞き耳を立てていて、休んでいない。安心させてあげればいい」


悪戯っ子で、契約することさえ同族の風精霊たちが止めたというアルト。けれども彼はあの頃から既に一生懸命な子ではあった。


「うん。皆が心配ないというのならこのままアルトにお願いする。けれども僕が彼を酷使しすぎていると思ったら、すぐにでも教えてほしい。僕は皆で辿りつきたいんだ。万が一にもアルトに何かあっては困る。彼の身体の調子は、きっと同じ精霊である貴方たちのほうがわかるだろうから、見ててほしい」


 仲間たちはきちんと彼を評価したり労ろうとしていて、何となく嬉しい。

 僕の言葉に皆は了承を返した。

 こっそりとこちらを気にしていたらしいアルトも、きちんと休息に入ったようだ。





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