67羽目:その視線が向く方角
本日はみぃ視点
「ここは任せて、みぃは街に戻ってほしい」
その一言で、胸の奥がざわりと揺れた。
捕まるかもしれないのに、どうしてまた、自分を犠牲にするような言い方をするの。確かにここはゲームだし、リアルとは違う。
……小さい頃、しつけだと言われて押し入れに閉じ込められていた、と話してくれたことがあった。だから、狭くて暗いのは苦手だと。ルーイはVRゲームにまだ慣れていないから、何かのキッカケでその記憶を刺激してしまわないか不安になる。
「なんで?!囮になるつもりなら私……も一緒に行く」
「私が代わりに」って本当は言いたかったのに、声が詰まる。密室で逃げられなかった記憶がよぎり、背筋が冷える。
トラウマって本当に嫌……何でこういう時に思い出すかな。
ルーイは少し困った顔をして髪を指でいじり始める。
現実でも言葉を探している時、髪をいじりながら、視線が左右のどちらかに泳ぐクセがある。右上を見てるのは……誤魔化す時のクセ。
船を探している間に、商人ギルドで証拠が偽装されていないか確認してほしいというのは、確かにもっともな理由。二手に分かれた方が効率的なのも、頭ではわかってる。
「だけど……そんな役、ルーイがしなくても」
リアルも、ゲームも、いつも自分が前に出てみんなを庇おうとする。
「みぃはさ、相手の嘘とか態度の変化によく気が付くじゃん?うちはそういうの苦手だからさ。みぃじゃないとダメなんだよ」
「でも……」
ルーイばかりが損な役回りをするのは、やっぱり嫌なの。そうやっていつも人の事を褒めるけど、リアルでの私は怖がりだから、気が付きやすいだけ。あなたはゲームのNPCに対しても感受性が強くて、感情に敏感で、優しすぎる。こうやって、自分のことを後回しにしちゃうんだから……ただ、好きな鳥だけに集中しててほしい。
「大丈夫。危ないことはしないから、今は時間がないし、急ごう!」
『大丈夫』って、口ぐせみたいに言うけど……本当にそうしちゃうから、強くも言えない。リアルと同じ、いつもの温かい手が触れるともう逆らえない。しぶしぶとだけど、手を引かれて倉庫を出る。
「まずはそれぞれで証拠集めしてから、落ち合う場所は伝書ハトで決めよう!」
どんどん話を進めていっちゃう。でも、今ならまだ一緒に進めようと言える。
すると、ルーイは頼みたい事があると、アイテムを差し出してきた。
……ずるい、私が頼まれたこと断れないの知ってるくせに。
「みぃなら絶対すごいのできるって信じてる」
……どうして、こういう時はいつも真っすぐ目を見て言うのよ。髪の毛をいじって、視線を右上に泳がせてよ。
結局、納得しきれないまま、私は港から離れ宿屋で作業に取りかかった。インベントリから銀色の果実を取り出すと、鏡のように反射するそれは、淡く輝いていた。
部屋の一角で展開された可動式錬金術台。その上に2つの材料を並べる。
「……これが、真実を暴く鍵になるんだね」
【ミラーフィグ】
見た目:表面が鏡のように反射する銀色のイチジク。
味:とろけるような甘さ。食べると一瞬だけ記憶が鮮明になる。
効果:短時間の記憶強化。
使い方:丸ごと煮込んだり、乾燥させて使用可能。
【ヴァルモラの根】
見た目:地中深くに伸びる黒紫色の根。掘り出すと微かに熱を帯びている。
効果:体力回復・毒素中和。だが過剰摂取で眠気を誘う。
使い方:煮出してスープに。粉末にして保存も可能。
『恋する薬膳ごはん~癒し&ときめきの一皿をあなたに~』妖精界のレシピ本に載っていたデザート。ひらけ心のホンネハニートリュフのレシピ。
『これで相手の本音を聞いちゃおう!一口食べるとトロけた本当の気持ちが漏れ出す一品。脈がある人に使わないと辛口トリュフになっちゃうかも』
嘘発見器みたいに使えたりして、なんて2人で笑いながら見ていたが、箱あるはゲーマスAIによってどこでルートが分岐するかわからない。こういうのが意外と使えたりするのよね。
「まずはレシピ通りに。実を1切れ入れて……根は0.5本投入……」
釜の上に表示されているアイテム詳細を確認すると、未作成のポーションを示す【?】のアイコンが黒い瓶に浮かんでいた。成功率にも【?】のマークがついている。作ってみるまで、どうなるかわからない。
「【ポーション作成】」
すると、釜の中身がどす黒い液体で満たされた。
《作成が失敗しました》
《失敗したポーションを入手しました》
釜の中の黒い液体を見つめながら、溜息をつく。レシピの分量通りなのに、何が悪かったのかしら。ポーションだから順番?それとも分量?もう1度レシピ本に目を走らせる。
「……待って、同量……?」
妖精の可愛らしい挿絵の下に小さく書かれていた警告文を見つけた。
『※ミラーフィグとヴァルモラの根を同量にすると、ゼッタイ嘘がつけなくなるからレシピ通りにしてね!(でも、覚悟がある場合のみ、許しちゃうぞ♡)』
「料理に使っていい食材じゃないでしょ……」
見落としていたヒント。計量器を取り出し、素材を1つずつ測りなおす。
「今度こそ……【ポーション作成】」
詠唱すると今度は光が弾け、ミニ錬金窯の中に淡い虹色の液体が満ちていった。完成した液体は、ほんのり甘く、どこか懐かしい香りを放っていた。
《作成が大成功しました》
《真実のポーション×2を入手しました》
《新しいポーションレシピを入手しました》
【真実のポーション】
カテゴリー:アイテム
効果時間:10分間
効果:嘘がつけなくなり、真実しか話せなくなる。
使用方法:対象者が摂取または体に付着する事。
使用対象: NPCのみ。使用する度にNPCの好感度が下り、最低になると敵対認識される。
「やった……!できた……!」
大成功した上、新しいレシピも解放されて気持ちが昂る。でも、隣でニコニコ覗き込むルーイがいなくて少し寂しい。
「よし、次はエルザさんと合流しなきゃ」
完成したポーションをインベントリにしまうと、コンコンと窓を叩く2羽の伝書バトがいた。
宿を出て街の裏路地を抜けて、人気の少ない通りを選んで進む。到着したのは指定された丘の上にある教会。
「みぃさん、こっちよ」
声の主は、長い金髪を風に揺らすエルザさん。穏やかな笑みで手招きするその姿を見て胸をなで下ろした。話を伝書バトでも伝えてるし、返信にもロウガ家の無事が書かれていたけど、何だかんだ私もNPCに感情移入しちゃうのよね。
「エルザさん!無事でよかった……」
「みぃさんも無事でよかったわ。まさか閉じ込められてしまうなんて……ルーイさんも大丈夫かしら……無茶してないといいのだけど」
本当に。今はログインしているけど、無茶してないといいな……。いきなりPT欄がログアウト表示になった時は何かあったのかと思ったけど、すぐにスマホに連絡がきてホッとした。気にしすぎなのはわかってるけど、数か月前まで入院してたから心配にはなる。
「あの子は大丈夫、あとで合流する予定よ。だから、それまでに信用できる商人ギルドの人を探して、証拠を確保したいの」
「そうね……ギルドに1人頼れる人がいるから、まずはその人に会いましょう。正式な手続きについて教えてくれたのも彼なのよ」
受付嬢に呼び出してもらっている間にエルザさんは彼の事を教えてくれた。2つ隣の村出身の行商の息子で、両親の手伝いで訪れる度、本当の兄のように面倒を見てくれていたらしい。ロウガさんと付き合ってからは疎遠になっていたが、詐欺の被害の後、偶然にも管理官になっていた彼と商人ギルドで再会し、それからは何かと協力的な人物らしい。
「エルちゃん!?いきなり連絡もなしに、どうしたんだい?それに……こちらの方は?」
「錬金術師のみぃです」
「モルモ兄さん、突然でごめんなさい。どうしても聞いてもらいたいことがあったの」
「……何かあったんだね?あっちの部屋に行こうか……」
声を潜めモルモに案内され会議室へと入る。
エルザさんは家で起こった事を簡潔に説明し、彼に協力を求めた。モルモはしばらく考え込むように沈黙した後、深く頷いてエルザさんの肩に手を置いた。
「君が無事でよかった……。もちろん、エルちゃんのためなら協力は惜しまないよ」
その言葉に、彼女は胸を撫で下ろしていた。そして、彼はこう続けた。
「書類だけど、規約で契約者双方がいないと取り出しができないんだ。でも、裁判の手続きをすることで、そのルールは適応されない。ここまで来たら告訴をした方がいいと思う。君たちが証言者になれば裁判に勝つ見込みは十分にあるよ」
とても有益な情報だけれど、私はどこか落ち着かない。エルザさんに対する行動が、どこか距離が近く馴れ馴れしく見えたから。……職場で、妙に親切に近づいてきた元上司も最初はこんな感じだったのを思い出して、背筋がぞわっとした。
「さすが、モルモ兄さん!そうしましょう!私達は何をしたらいいかしら?」
「船の方はもう大丈夫だろうし……裁判手続きと契約書は私が準備しておくから何もしなくても大丈夫。みぃさんはどうでしょうか?裁判を行う方向でよろしいですか?」
嫌な記憶をふり払うようにクエストに集中する。今、証拠集めの進捗バーは90%まで埋まっている。何もしなくてもいいということは、もうここに証拠がないように思える。この先のクエストを進めるのに、おそらく彼の協力は必要になるだろう。
「……そうね、モルモさんお願いするわ」
その言葉と同時に《裁判を行う》と新しい指示が出た。やはり、こちらのルート分岐だともう証拠は残っていないみたいね。あとは、ルーイが教えてくれた人にも協力をしてもらえるようにしよう。
「ねぇ、あと1人ロー・エガリテって人に協力してもらえないかしら」
「えっと、どうなのかしら?確かサブマスターですごく真面目で論理的だとは聞くけど……」
「協力という形とは変わりますが、裁判の際にギルマスかサブマスが裁判官を務める事になります。ただ、ローは長年一緒に過ごしている私でも少し……いえ、かなり手に負いづらい人物ではありますが、彼を指名されますか?」
ヒントのようにも思える発言に少し間が開く。その直後、証拠集めのバーが一気に満ち、《完了》の文字が輝いた。ルーイがやったんだ……!それを見て先ほどまでの体の強張りがふっと緩んだ。
あの子の野生の勘って、鳥以外は妙に当たるから、このまま信じるのが一番よね。私は2人の目をまっすぐ見つめはっきり言った。
「そうね。真面目で論理的なサブマスターならば、きっと公正な判断をしてくれるはずよ。その人を指名するわ」
「わかりました。そのように手続きしておきます。では、準備をしてきますね」
あっちが無事終わったみたいでよかったけど——お説教は必要だと思うの。宿を出る前に届けられたもう1枚の手紙を思い出す。
『ロー・エガリテって人が信用できるかも!勘がそう言ってる!うちはスパイになってアジトで証拠見つけてくるね!だから、商人ギルドの方はよろしく!』
……危ない事しないって言ったくせに。ちょっとでも目を離すとワンコみたいにどっか行くんだから!……帰ってきたら、首輪でもつけてやろうかしら?いや、それも引きちぎりそうだし……鳥で釣るのが一番ね。ほんと、もう。
……早く戻ってきなさいよね、バカ。また誤魔化したりしたら、鳥もふ禁止にしちゃおうかしら。




