62羽目:忍び寄る影
少し追記したり、編集しました…!
夜の静けさが少しずつ家の中に染み込んでくるような、そんな時間だった。ドアをくぐると、室内は木の温もりと潮の香りが入り混じった、どこか懐かしい空気に包まれていた。
奥から現れたのは、優しげな笑顔を浮かべた金髪の長い髪の女性と、カイ君によく似た、金髪のボブカットが印象的な小学生くらいの少女。
「おかえりなさい、カイ。息子を見つけてくださって、ありがとうございます。母親のエルザです。どうぞ、ごゆっくりなさってくださいね」
「こんなに遅くまでどこ行ってたの、カイ!みんな心配してたんだから!お姉さま方、バカな弟を本当にありがとうございます!姉のナギサです!」
カイ君は「ごめんなさい、ただいま」と2人に抱き着きながら伝えると、母親と姉がビックリしたかのように目を見開いたが、すぐに優しい眼差しに変わりカイ君の頭を撫でていた。
母親に案内してあげるよう言われたカイ君に手を引かれながら、奥の部屋へと進んでいく。囲炉裏の火がぱちぱちと音を立て、部屋の隅々まで柔らかな光を届けている。火を囲むように敷かれた絨毯に「ここだよ」と勧められて腰を下ろした。そういえば、怪我をしてから床に座るのは久しぶりだなぁ。
感慨にふけっていると元気よく「ぼくもお手伝いする!」と、カイ君は別の部屋に走っていくと、すれ違い様に父親が驚いていた。囲炉裏の向かいにロウガさんが静かに腰を下ろし、口を開いた。
「カイが自分から進んで手伝いをしたのは、初めてだ……お嬢ちゃん達、改めて礼を言う。息子を見つけてくれた上、あの子の考え方を広げてくれて、ありがとう」
「いやいや、こちらこそお礼を言わないと!急に泊まらせてもらってありがとう」
「そうです、お邪魔させていただいて、ありがとうございます」
互いに頭を下げ合っていると、3人がそれぞれ食べ物を持って部屋に入ってきた。囲炉裏の香りに混じって、ふわりと美味しい匂いが部屋中に漂った。
目の前に並べられたのは、平たいパンのようなもの、魚のスープ、そしてみずみずしい果物だった。
「お二人の口に合うといいのだけれど……ほらカイ、ナギサも座って」
エルザさんはロウガさんの隣に座り、ナギサちゃんは母親の隣、カイ君は父親の隣へ。
「お姉ちゃんたち、かーちゃんの作った魚のスープは世界一おいしいんだよ!」
「あらあら、愛情だけはたっぷり込めてますからね。さあ、冷めないうちに召し上がりましょう。あなた、お祈りを」
「うむ、そうだな」
皆が胸の前で手を組み、目を閉じる動作を真似る。
「我らの水の魂よ。あなたはそのすべてを受け止め、静寂の底に沈めて祈った。涙はやがて波となり、光を映す導きへと変わる。恵みに感謝し、明日を照らす希望と共に歩まんことを――ミレア・ノヴァ」
「「「ミレア・ノヴァ」」」
3人から少し遅れて最後の祈りを口にする。ロウガさんが1口食べたのを合図に、それぞれが食べ物を口に運ぶ。
まずはスプーンですくって1口――優しい塩味と魚介の旨みがじんわり体と心に染み渡る。
「わぁ……おいしい!」
「すごくシンプルだけど、味がしっかりしていて美味しいです」
「ふふーん、世界一だって言ったでしょ?……アチッ!」
得意げに胸を張って食べながら言うカイ君。だが、熱いスープをしゃべりながら飲んだせいで舌を火傷したようだ。
「こーら、カイ!食べながらしゃべるのはお行儀悪いってば!まったくもう……弟がすみません」
やんちゃなカイ君と、しっかり者の姉ナギサちゃんの掛け合いに、場の空気がふわりと和らぐ。
ロウガさんとエルザさんも、優しい眼差しで2人を見つめていた。けれど、カイ君が話してくれたことを思い返すと、この温かい団らんの裏には、どこか影の気配が潜んでいるようにも感じられた。
そんなことを考えていた矢先、外から話し声が近づき、扉をドンドンと強く叩く音が響き、囲炉裏の火が揺れた。
ロウガさんは扉を鋭く睨み、声を潜める。
「かーちゃん、みんなを連れて奥へ隠れてくれ。お嬢ちゃん達もこんな時にすまねぇ……すぐに済ませる」
「あなた……気を付けて。いつでもすぐ行けるからね」
「……何もないように終わらせるよ」
ロウガさんは家族に向けて優しく微笑んだ。
エルザさんの促しを受けて、5人で奥の部屋に移動する。
扉の前に立つロウガさんは、ぎりぎりまで開けるのをためらっているのが背後から見ても感じ取れた。それを見て悔しそうな表情をするカイ君と、怯えたナギサちゃん。
ドンッ!
再び扉が叩かれる。その衝撃にナギサちゃんとカイ君の肩が小さく跳ねた。
エルザさんが、みんなを庇う様に前に立っているため、子供たちの肩にそっと手を置くと、少しだけ緊張がほどけたように見えた。
扉を開けたのであろう玄関から、ロウガさん以外にも2人の男の声がわずかに漏れてきた。
「何しに来た!」
「遅いザマス!違約金を回収に来たザマス!支払えなければ、代わりに女どもを高く買い取るザマスよ!むふふふっ」
「はぁ?先週、支払ったばかりだろう!」
ロウガさんの怒声に応えるように、外から甲高い声が返ってくる。
「ロウガの旦那ぁ、契約書をお忘れでゲスか?『毎月の違約金支払い』って書いてあるゲスよ。先週払ったのは先月分でゲス。今月分はまだ未払いでゲス~!」
「まぁ、払えないだろうから、女どもをさっさと売るのが賢明ザマスよ!」
「あのガキも案外使えるでゲスよ?見た目も悪くないし、働かせても売り物にしても、いくらでも使い道があるでゲス!」
この独特な話し方……昼間の屋台で見た2人組だろうか。
隣では、カイ君とナギサちゃんが顔をこわばらせ、互いに身を寄せ合っていた。ナギサちゃんは唇を噛みしめ、弟の耳を両手で塞いで聞かせないようにしている。2人の瞳には、不安が色濃く浮かんでいた。
すると、みぃがインベントリから何かを取り出した。それは昼間に使おうとしていた紫の瓶――毒瓶だった。
「今すぐ、この毒瓶で……」
「ちょ、コラコラ!殺らない殺らない……PK?あ、プレイヤーじゃないからNPK?もダメなんでしょ」
「NPKはできる、2人くらいなら赤ネームにならないし、問題ない」
どうやら、箱あるではNPCをキルしすぎると、犯罪者の印として名前が赤く変わってしまうらしい。そうなると、指名手配犯として憲兵に追い掛け回されちゃうんだって。システム的にできても、してほしくないなぁ。一緒に街の散策ができなくなっちゃうし。
「ルーイはこれを鳥に置き換えても殺らないの?」
「悪・即・斬!!許すまじき外道どもめ!って鳥ちゃんじゃなくても思ってるよ?!」
「じゃ、今すぐ殺るわよ」
「……とりあえず、この羽でも吸って落ち着こうか?」
インベントリから今朝もふもふした、エッグケッコーの羽を取り出して渡したが、みぃに「いや、いい……」って断られた。えー、こんなにふわ毛の癒しなのに!うちは吸っておこうかな、スゥーハァ……。鳥チャージ完了!
まぁ、みぃの気持ちはわかる。人を物の様に扱うヤツをぶっ飛ばしたいし、現にうちもそう思っている。ただ、他に仲間がいるなら根っこの原因を叩かないと意味がない。
「よし、ここはうちに任せて?みんなは、このまま隠れて。エルザさん、みぃ、こっちはお願いね?」
みぃの肩を軽く叩いて、うちはエルザさんに目で合図を送ってから、玄関前へと進む。ロウガさんの背後に並び立つが、背が幾分か小さいので玄関の外にいる2人は、こちらに気が付いていないようだ。
「帰れ!そんな内容は今までなかっただろうが!家族に指一本触れさせん!」
「強気ザマスね?でも契約書はこっちにあるザマス。異議申し立てする権利は、そっちにはないザマスよ?」
うーん、契約書の内容がどうなのかはわからないが、一方しか持っていない時点で、いくらでも内容の改ざんができてしまうからなぁ。
「ねぇ。片側だけの契約じゃ、いくらでも内容いじれるよね?その契約書、ちょっと見せてもらえない?」
突如、ロウガさんの背後から出てきたうちに2人は一瞬、たじろぐ。
「だ、誰だ!って、新世界人でゲスか……だがこれは我々の契約でゲス!関係のない、赤の他人は黙ってるでゲス!」
「うちは剣士ギルドの調査任務でこの街に来てる。街の安全調査も含まれるから、こういう揉め事は報告対象になるよ。それに『契約書に書いてある』って何度も言ってるけど、日付が曖昧すぎない?改ざんがあった場合は処罰対象だよ。だから、その契約書、今すぐ見せてくれる?」
ちらりとロウガさんを見ると、目を見開いてこちらを見ていたので、ウィンクしてみせる。もちろん、完全に口から出まかせだ。まぁ、それくらいの嘘は許してほしい。法律はリアルの方で関与していたこともあるから、その部分に関しては少しは役に立てると思う。
ザマスとゲスはしばらく目配せを交わし、しばし黙り込んでいた。
「チッ……今回は、見逃してやるザマスよ。先月と同じ日付、2週間後にまた来るから、その時はちゃんと用意しておくザマス!」
短い沈黙を破るように舌打ちしながら、2人は不機嫌そうに踵を返して去っていった。
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