61羽目:親子の和解
ヤシナッツアイスで少し元気を取り戻したカイ君は、少しだけ鼻をすすりながらも、みぃとうちの間で静かに座っていた。涙の跡が残る頬に、まだ幼さがにじんでいる。
「ねぇ、カイ君はさっきの言葉、誰から聞いたの?」
みぃが優しく問いかけると、カイ君は少し考えてから答えた。
「うんと……前にとーちゃんと話してた人から聞いたんだ。とーちゃんは『ショーダン』って言ってた」
「商談で何を話していたか、覚えてる?」
みぃが続けて聞くと、カイ君はぽつぽつと話し始めた。
「えっと、船の話をしてたんだ。とーちゃんは嬉しそうに『この船があれば仲間も家族もアンタイだな』って言ってた。あんなに喜んでたのに、とーちゃんはいきなり漁師をやめちゃったんだ……ぼくがどうしてって聞いても、『カケーがアンテーするから』って今は船着き場でずっと荷物運びしてる」
……やっぱり、典型的な詐欺だったんだろうな。
「それからはずっと『ベンキョーしろ』『ガッコーにいけ』『オレみたいになるな』って、そればっかり言うんだ。ぼくはとーちゃんみたいなカッコイイ漁師になりたいのに」
なるほど。仲間を巻き込んだ責任を感じて、漁師を辞めたのかもしれない。カイ君に同じ思いをさせたくなくて、学校に行って勉強するよう勧めているのかな。
「とーちゃんはこの街一番の漁師なんだ。ガッコーでベンキョーしたりスキルを使わなくても、とーちゃんは漁のこと、なんでもできてた。あとね、スキルがない人でもポンバサーを捕る方法を発見したのもとーちゃんなんだよ!」
父親の話をするカイ君の目は、キラキラと輝いていた。その姿に、こちらも思わず笑みがこぼれる。けれど、次の瞬間、カイ君の表情は曇ってしまった。
「朝ね、漁師になるからガッコーいかないって言ったらとーちゃんに怒られたの。ぼく、体がすごく熱くなって『とーちゃんもガッコー行った事ないくせに!』って言ってお家飛び出して来ちゃったんだ……」
悲しみがこみ上げてきたのか、カイ君の目からまた涙がこぼれ落ちる。うちはそっと背中をトントンと叩いて、気持ちを落ち着かせようとした。
「そっか、カイ君、いっぱい話してくれてありがとう。お父さんとケンカして、2人とも悲しい思いをしちゃったんだね。カイ君は、どうしたら仲直りできると思う?」
カイ君は地面を見つめ、鼻をすすりながらしばらく考え込んだ。そして、小さく頷いて立ち上がると、その目には迷いのない決意が宿っていた。
「……とーちゃんに、ごめんなさいする。いっぱい考えられるように、ガッコー行ってベンキョーもちゃんとする」
その言葉には、幼いながらも自分の意思を持ち始めた少年の強さが滲んでいた。
うちらも立ち上がり、カイ君の両側に並んだ。
「よし!そうと決まったら、お家に帰ってごめんなさいしようか!一緒にお家の前まで行く?」
カイ君は少しだけ不安そうにこちらを見上げたが、すぐに小さく「うん」と返事をした。港町の夕暮れは、潮風とともに静かに色づき始めていた。
「ねぇ、カイ君はどうしてあんな大人みたいな話し方をしようとしたの?」
3人で長くなった影を踏みながら歩いている時に、疑問をぶつけてみた。すると、カイ君は少しもじもじしながら答えてくれた。
「お姉ちゃん達、ポンバサーの話してたでしょ?とーちゃんに潮だまりは子どもだけで行っちゃダメって言われてるから、大人っぽく話したら、一緒に連れてってくれるかなって……」
恥ずかしそうに言い終えてから、真ん中にいたカイ君は両手で2人の手を繋いできたので、みぃと目を合わせてから優しくその小さな手を握り返した。
小さな歩幅に合わせて、ゆっくりと街から外れた坂道を上り、カイ君の家の前にたどり着いた。木造の小さな家で玄関の前には、使い込まれた漁具が整然と並べられている。
カイ君がぎゅっとうちの手を握りながら、不安げに言葉を漏らした。
「……とーちゃん、まだ怒ってるかな」
「きっともう怒ってないよ」そう、言いかけたそのとき、中から足音がして扉が開いた。
「もう一度探してくる!……カイ?!」
そこにはカイ君と同じ赤茶の髪をした男性が立っていた。船着き場で見た、ゆったりとした白い作業服を着ている。男性は驚きと安堵が入り混じった顔で、声を絞り出す。
「……どこ行ってたんだ!どこを探してもいなかったから、心配したんだぞ……!」
その声は怒鳴り声ではなく、震えるような、押し殺した声だった。
カイ君はうちらから手を放し、服をぎゅっと握りしめ、うつむいたまま呟いた。
「……どっか行っちゃって、ごめんなさい」
男性の目が見開かれる。
「あと、ぼく、とーちゃんに、ひどいこと言った。『ガッコー行ってない』って……とーちゃんのこと、ちゃんと考えてなかった。ごめんなさい……」
男性はそっとカイ君の前にしゃがんで、目線を合わせる。
「……ありがとな、カイ。とーちゃんのことも謝ってくれて。それと、今度からいきなりどこかに行ったりしないでほしい、みんなすごく心配したんだぞ?」
その言葉に、カイ君は顔を上げ「うん、心配かけてごめんなさい」と応えた。息子を見つめる父親の目は、どこか柔らかさを帯びていた。
「あのね。とーちゃん……ボクね、やっぱり漁師になりたい。とーちゃんみたいに、魚をいっぱい捕まえて、街の人たちに喜んでもらいたい。でも漁以外の事も知りたい。だから、ベンキョーも漁師も頑張るって決めたんだ!」
男性はさらに驚いたように目を見開いたが、すぐに笑みを浮かべた。
「そうか……カイ、お前もいっぱい考えたんだな。あぁ……お前のやりたい事をするのが一番だよな。とーちゃんも勝手に押し付けてすまない。こりゃ、俺も頑張らないとカイにすぐ抜かされちゃいそうだ」
男性は、日に焼けたゴツゴツとした大きな手でカイ君の頭をワシワシと撫で、こちらに視線を移す。
「お嬢ちゃん達、息子を送ってくれてありがとう。挨拶が遅くなってすまない、オレはロウガだ。ゆっくりと色々聞きたい所だが、もう陽が沈むから、よかったら家に泊まっていかないか?家内と娘も久々の客人にきっと喜ぶと思う」
「うちは剣士のルーイです。えっと、さすがに突然お邪魔するわけには……ね、みぃ?」
「私は錬金術師のみぃです。私達は新世界人ですから、街に戻ればクリスタルで帰れますので」
「街に着く前に、夜になっちまう。新世界人でも、若い女性だけで、ここいらは夜に出歩かない方がいい。モンスターより厄介なのがいるからな」
どうしたものかと、みぃと困ったように顔を見合わせる。
「お姉ちゃん達泊まっていってよー!ぼく、冒険の話いっぱい聞きたい!アイスの時に使ったキラキラとしたスキルってどんなやつなの?!」
カイ君が手に抱き着いてきて、キラキラした目で訴える。ロウガさんも声を上げて笑った。
「ハハハっ!カイもこう言っている事だし、大したもてなしではないが、遠慮せずに泊まっていってくれ。かーちゃーん!ナギサ!カイがお客さん連れてかえってきたぞー!」
家の奥から「はぁーい」と2人の女性の声がし、カイ君は嬉しそうに足元ではしゃいでいる。
あたりが少しずつ暗くなり、冷たい風が頬をかすめた。カイ君は「早くはいろーよ!」と2人の手を引っ張るので、その小さな手の温もりを握り返して家の中へとお邪魔した。
子供のお手てはぬくぬくでモチモチですよねぇ。
スタンプ、ブクマ、★をポチっとしていただくと心がモチモチにホクホクになります!




