59羽目:人生は激辛スパイスのようだ
みぃが激辛思考に入りかけていたし、あそこにいるよりも、楽しいを優先して港へと移動することにした。
港の空気は、朝の陽光とともに活気を帯びていた。船乗りたちの掛け声、荷物を運ぶ音、そして潮の香りが混ざり合い、どこか心が落ち着く。
「ねぇ、ちょっとルーイ。また港に来てどうしたの?」
みぃには特に説明もせず、「港いこう!」とだけ伝えて、手を引いて速足で歩いてきてしまった。NPCとはいえ、あの会話は聞いていて、気持ちの良いものではなかったし。なるべく早めに楽しい事で、上書きしたくなったんだよね。
「あ、ごめんごめん。楽しいこと思いついたからね!善は急げっていうじゃん?」
「それならそうと言ってよ……いきなり手掴んで速足に歩くから、何かあったかと思ったじゃない……そういうところ、ルーイらしいけど。好みの枝を見つけてリード引っ張る犬みたい」
「そうそう、誰かに取られる前にいかなきゃね!……って、だから犬じゃないわい!」
ノリ突っ込みに、みぃが笑ってくれたのを見て、ちょっとホッとする。あの席に長居してたら、奴らの会話で嫌な気分を引きずっていたかもしれない。
本人は自覚ないけど、みぃは美人だし、リアルで変な目に遭うことが多いからね。だからこそ、ゲームでは楽しいことだけで埋め尽くしたいじゃん?
「今度から鳥にしてよねー!それでね、さっき大潮って聞いて、時間帯と場所がわかれば、ポンバサー捕りに行けるかなって思ったの!イグナさんたちにも、出来立てを食べさせてあげたいし。……おっとっと、前に気をつけて走るんだよー!」
子供が2人の間を走り抜けようとしたので、繋いでいた手を放してすっと避ける。
インベントリに入れれば保存はできるけど、せっかくなら目の前で出来上がったものを食べる方が楽しいよね。
「ほんと、よくそういうの思いつくね。でも、確かに楽しそう。私もやってみたいな」
うんうん、嫌な顔しているよりも、笑ってる方がうちも嬉しくなるなぁ。
「漁師か、船乗りか……潮の動きに詳しい人がいればいいんだけどねぇ」
2人で港の通りを歩きながら、情報を持っていそうな人物を探してみたが、忙しそうな船乗りたちは荷物の積み下ろしに追われていて、声をかける隙がない。するとみぃがうちの肩をつついて、耳元に顔を近づけて話しだした。ちょっと耳がくすぐったいのもリアルだなぁ。
「ねぇ……さっきからあの子がずっと後ろついてきてるけど」
そう言われて後ろを振り向くと、人影が木箱の陰に隠れるのが見えた。だが、隠れ方があまりにも下手で、木箱から右半身が丸見えだった。
「あの子、かくれんぼで毎回最初に見つかるタイプの子だ」
「疑問に思うのそこなの?」
まぁ、何かあるのかもしれないし、直接本人に聞いてみますか。木箱に近づくと、隠れている本人はまだバレていないと思っているようで、じっと動かない。
「やぁ、少年。うちらに何か用かな?」
「……?!どうしてわかったの?!」
「なぜ、バレないと思ったの……?」
「うっ……中々やるな!」
木箱から姿を現したのは、先ほどぶつかりそうになった少年だった。日焼けした肌にぼさぼさの赤茶髪、年は7歳前後だろうか。腕を組み、目つきは鋭く、どこか誇らしげな態度をしている。
「ぼ……じゃない。オレ様は、カイ!おね……お前らが大潮とポンバサーの話してたから、よ。ここいらの潮だまりの場所、ぜーんぶ知ってる、ぜっ」
「ほんとに?それって、どこにあるの?」
腰をかがめて目線を合わせて少年と向き合う。カイ君は得意げに、仁王立ちになり、胸を張って答えた。
「えっとね!……じゃなくて、教えてやってもいいけど、条件がある!ぼ、オレ様の話は誰にも言わないこと!うんと……きょうどーコウニュウ?としてケーヤクショーにサインすること!守らなかったら……イヤクキン?を払ってもらうぞ!えーっと……払えなかった時はそこの女を高くカイトリしてやる!……だったかな」
その言葉は、どこかで聞いた大人びた響きをただ真似しているだけの、内容はどこもちぐはぐで、子どもらしい混乱が混じっている。
自分を指さされたみぃは、笑顔でインベントリからドクロのラベルが付いた、紫色の瓶を取り出そうとしていた。ただし、目が笑っていない。
子供相手にやめなさい、それは誰にも使ってはいけません!スパイス思考にまた囚われちゃったよ。
「みぃ、どうどう。落ち着いて。カイ君、それはさすがに無理だねぇ?」
「?!どうして!ぼ、オレ様はこれでも優しいテーアンをしている!」
カイ君はどこで、こういう言葉を覚えてしまったんだろう?何となく予想はつくが、決めつけるのはよくないかな。
彼は意味もわからずに使っているだけだろうし、怒るだけでは恐怖制裁だ……でも、子どもだからといって簡単に許してしまうのは違う。
おっと、みぃが2本目の紫色の瓶を出してしまった。
彼女の前に立ち、そっと顔を両手で包み、やや強制的に視線を奪う。
「みぃ、ここは任せて?」
「ッ……ぅん」
あれ、何か俯いちゃったけど、とりあえず落ち着けたかな?うちは背後にいるカイ君の方へ向き直り、腰をかがめ目線を合わせてから、静かに語りかけた。
「カイ君。うちは剣士のルーイ、今指さした子は錬金術師のみぃだよ。理由は色々あるけど、まずね、人は物じゃないんだよ。もし、カイ君の家族が、あそこのお店みたいに並べられて売られていたら、どう思う?」
少し離れた場所に佇んでいる骨とう品の露店を指さして伝える。カイ君は目を丸くし、店を凝視してから、しばらく黙っていたが、ぽつりと呟いた。
「……いやだ。ダメ……」
「さっき、カイ君が言った『高く買い取りする』っていうのは、あのお店の物みたいに家族の誰かが売られちゃうってことなの。だから、誰かに向かって使う言葉ではないんだよ?それと、人に指をさすのも、物みたいに扱うことになっちゃうからね?」
ゆっくりとした口調で伝えると、しばらく沈黙が続いた。
その小さな肩が、ふるりと震えたかと思った次の瞬間、小さな彼の目に涙が溢れ、頬を伝ってぽろぽろとこぼれ落ちた。
「うっ、ひっぐっ……とーちゃんも、かーちゃんも、ねーちゃんも……どっかにカイトリされちゃうのヤダー!うわーん!!」
あらら、怖くなっちゃったかな。でも、この経験から学びになっただろう。ちょっと、激辛指導になっちゃったかもしれないけど……人生の教訓ってことで。
しゃがみ込んでわんわん泣き出すカイ君の背中を、うちがそっと撫でていると、みぃも反対側でしゃがみ込み、彼の頭を優しく撫でてあげた。
カイ君の泣き声が、潮風に乗って、静かに街の音に溶けていく。言葉はなくても、そこにある優しさが、彼の涙を少しずつ静めていった。
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みぃ:「……いらないでしょ」
ルーイ:「案外欲しがる人いるかもよ?」
みぃ:「……はい、取っておいで~」(枝を投げる)
ルーイ:「わーい!って、犬じゃないわい!」




