56羽目:グラウスの過去
ファウストからブルンヴァルトへ、クリスタルの光に包まれて跳ぶと、そこまで長く離れていたわけじゃないのに、どこか懐かしく感じた。
「そういえば、森の泉のご飯、美味しかったなぁ……」
みぃと一緒に食べたあの味が、ふと脳裏をよぎる。また行こう、近いうちに。
ダンジョンの時に東の方に行ったけど、街には寄れなかったなぁ。
今の所、まだ東と南の街にいけていない。あっちにも美味しいご飯とか特産物があるんだろうな、そういうのも旅の醍醐味だよね。
工房について扉をあけると、懐かしい間延びした声が出迎えてくれた。
「いらっしゃいませぇ~おやぁ、みぃさんとルーイさんじゃないですかぁ。お師匠様ぁを呼んできますねぇ~」
久しぶりでもないんだけど、変わってないなぁ。
そして、奥から現れたのはグラウスさん。鋭い目つきと、いつもの口調。
「おう、おめぇらか。どうした、一度破門したやつらをもう一度受け入れるこたぁしねぇぞ」
マルクスさんがいない内に、迷わず本題を切り出す。
「うちら妖精たちの記憶の封印を解くのを託されていて、イグナさんの記憶にグラウスさんがいたんだ。かの戦のことについて、話を聞きたくて……でも、辛いなら無理には聞かないよ」
グラウスさんは目を見開いて押し黙る。何かを考えるかのように、机に視線を落とした。
しばしの、沈黙。
「……ちょっと、ツラァ貸せ。おい!マルクス!店番してろ!俺ぁ2階の書斎にいるから邪魔すんじゃねぇぞ!」
マルクスさんが「はぁーい」と間延びした返事をして、お茶とお菓子をトレーに乗せて戻ってきた。
書斎につくと、グラウスさんはドカリと椅子に座り、うちはマルクスさんから受け取ったトレーを机に置いてから2人は向かいの椅子に座った。
「さてと……まず、俺の記憶も一部封印されている。すべてを覚えてねぇが、俺のわかることを話すぜ」
書斎で語られたのは、グラウスさんの過去――錬金導具師としての誇りと、深い後悔だった。
王国直営の工房を任されていた彼は、人々の暮らしを豊かにする導具を生み出していた。だが、冥王が現れたとき、すべてが変わった。
もう1人の弟子が魔に魅入られた事により、導具兵器の設計図が盗まれ、戦況は一変。街は炎に包まれ、導具は人を守るものではなく、傷つけるものへと変貌した。
その中で、彼の家族も巻き込まれた。
「マリーは、息子と義娘に庇われて助かったがよ……」
グラウスさんは一瞬、言葉を止めた。
「息子夫婦は殺される寸前、魔の者を道連れにしてな……その時、マリーは傷ついた魂の返り血を浴びちまって、視力をかなり失った」
視線がわずかに揺れる中、ゆっくりと口を開いた。
「あのバカがどうして魔に魅入られたのはわからねぇし、導具兵器の記憶は封じられて思い出せねぇ。だが、俺が、あの設計図を描かなければ……かの戦、本来の名を『失われし光の戦い』は起きなかったかもしれん……」
王も、弟子のイグナさんも、彼を責めなかった。
だが、彼自身が、彼を許すことはなかった。
「イグナのヤローが弟子の癖に責任とるっつーから、俺は師としての責任を取って地上世界に残った。もう兵器は作らない。人を救うための導具だけを作る事を誓った。
導具ってのはよぉ、魔力を扱えない者が魔力を扱えるようになるし、スキルを持たない者がスキルを使えるようにもなる。それがマリーの眼鏡や《森識鑑定鏡》だ」
マリーさんは成長し、視力に難を抱えていたが、開発した導具によって日常に不自由を感じることはなかったようだ。
「マリーや子供たちには、光の中を歩いてほしい。俺のように、後悔に囚われることなく……。俺が覚えていて話せるのはここまでだ。あと、マリーは赤子だったから、何も覚えてねぇし、この事を決して他に言うんじゃぁねぇぞ。
まぁ、記憶が残されてるやつらは、ほとんどいねぇだろうし、誰もが終わった歴史だと思ってるがよぉ……」
「ほとんどってことは、グラウスさんみたいな人もいるってこと?」
お茶を啜っていたグラウスさんが喉を潤したのを見届けてから、そう問いかける。
「……いるかもしれねぇ。けど、俺にはわからねぇんだ。思い出そうとしても、頭の中が霞がかって、どうしても掴めねぇ。まるで、霧の中に置き去りにされたみてぇに……。何かを掴もうとする傍から、すり抜けていくんだ。
そうしてるうちに、いつしか人々は『失われし光の戦い』って名前すら忘れちまった。だから今じゃ、『かの戦』って呼ばれてる。ぼんやりとした記憶の中で、ただの昔話みてぇに語られてる」
ずっと黙って話を聞いていたみぃが、ふと口を開いた。
「……あの、師匠……。グラウスさん。かの戦――『失われし光の戦い』は、数百年続いたと聞いています。そんな長い年月を、実際に経験されたんですか?」
グラウスさんは、少しだけ目を細めて、みぃの方を見た。
「師匠じゃねぇだろ、破門されてんだからよぉ。錬金窯で煮込むところだったじゃねぇか……。
あぁ、そうだ。俺ぁ、あの戦の始まりも、終わりも見てきた。とはいえ、覚えてねぇことのほうが多いけどな」
うちは思わず、みぃの方を見た。みぃは、じっとグラウスさんを見つめている。
「でも、それって……人間じゃ、そんなに長くは……」
グラウスさんは、ふっと鼻で笑った。
「俺ぁ、ちょいと珍しい妖精とエルフのハーフだ。人間よりは長く生きる。千年も生きるジジババどもほどじゃねぇがな。まぁ、だからこそ、他の種族よりも妖精のことをよく知ってる。それを錬金術と掛け合わせて、導具ってぇもんを発明したんだ。種族によっては、スキル習得ができねぇやつもいるからよぉ」
口が悪いだけで、やっぱりグラウスさんは誰よりも人のことを考えてる、すごい人だった。
「さぁ、もう話すこたぁねぇぞ」と、お茶菓子のクッキーを、少しばかり嬉しそうに食べているグラウスさんを見て、さっきまでの重い話が少しだけ遠ざかったように感じられた。
ふと、うちは思い立って聞いてみた。
「そういえば、波の眠る場所って聞いて、グラウスさんは何か思い当たることないかな?」
「あぁ?まだなんかあんのか?」
悪態をつきながらも、しばらく考え込んだあと、グラウスさんはぼそりと答えた。
「……そういや、船乗りのやつが来た時に聞いたことがある。南の街に沈んだ神殿があるってぇ話だ。引き潮の時にだけ姿を現すって言ってたな。場所の名前までは知らねぇが、海に面した貿易都市だったはずだ」
みぃを見ると、彼女は何か思い当たることがあるようだった。
「南の街……貿易都市ってことは、セレヴィアかもしれない。地図も……大体の位置は合ってる」
「よし、じゃあセレヴィアにまず行ってみよう!」
うちは拳をぐっと握りしめて、みぃと顔を見合わせた。
セレヴィア――そこに、次の記憶の封印があるかもしれない。
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グラウス:「あぁ?錬金窯で煮込むぞ!」




