43羽目:被り物アイデンティティ
重苦しい風が止み、ギルドホームの窓からは、やわらかな陽光が差し込んでいた。
さっきまでの記憶の重さが嘘のように、部屋の空気は静かで、どこか優しさを感じさせる。
「……三国が力を合わせて平和を手に入れたって、そういう話じゃなかったんだね」
みぃも頷きながら、手元のログをスクロールしていた。
「うん。むしろ、国を閉ざして、それぞれが“守る”ことを選んだ感じがする。戦う人と、守る人で……分かれてしまったような……それで、戦う側に残ったのが地上世界」
それは、国の破滅を避けるための“分断”という名の策。
あるかわからない、未来に希望を託すために、あえて記憶を断ち切った、苦渋の決断。
「国がもともと繋がっていたのを、あえて絶った……か。戦があったからなんだけども。そもそも、冥界王ってなんで突然侵略してきたんだろう?」
やっぱり、「ふははは!我が力を世に知らしめる時が来た!」みたいな感じだったのかな……?
「知の記憶は、これで終わりだよ。次の記憶は、『炎の眠る場所』にあるよ。スコーン……ふふふ、もぐもぐ、くぅ~」
ゼフィさんはスコーンを手に、まるで仕事終わりの一杯のように満足げな顔で、もぐもぐと味わっていた。まぁ、相変わらず妖精さん達は顔が光って見えないんだけどね。
ゼフィさんの穏やかな雰囲気に、みぃと2人で思わず笑ってしまう。重たい記憶の余韻を少しだけ和らげてくれた。
そのとき、画面に新たなクエストログが表示される。
《クエスト:七つの封樹と精霊王の記憶【3/7】》
《目的:炎の眠る場所へ向かえ》
「次は炎の妖精ね」
みぃがログを確認しながら呟く。
「知は図書館だったけど、炎か……鍛冶場とか?」
炎を使いそうな場所を思い浮かべてみる。
「でも鍛冶場って数が多すぎるし、隠すには向いてないかも。図書館のときみたいに、あまり人が来ない場所の方が怪しい気がする」
ちなみに、風導の瞳は靄のようにぼんやりしているらしい。図書館のときは場所を言い当てたから、ある程度は導いてくれたけど、今回は行き先が曖昧だからナビも不安定らしい。地図を見てもどの星が該当するのかもわからないしね。
まあ、最初から全部教えちゃったらゲームとしても面白くないか!
「とりあえず、ゼフィさんを森に送り届けてから考えようか」
リスみたいに、スコーンを両頬いっぱいに詰め込んでいるゼフィさんを見ながら、みぃが「そうだね」笑う。
食べ終わるまでに、みんなへのお土産をサッと作ることにしますか!アルカナジャムを使ったパウンドケーキをチーンと焼き上げるだけ。
部屋を出てギルドホールへと向かうと、廊下からまりんさんが顔を出した。
「さっきすごい光と振動があったけど、みぃちゃんまたお部屋で爆弾の実験してたの?」
みぃは一瞬固まり、すぐに笑顔で答えた。
「今回は実験じゃなくて、クエストだから!それにギルドの建物には破壊防止フィールドが張られてるから……ね?」
その言葉を聞いて、ふと宿屋での実験の会話を思い出す。そういえば、今回みぃがやたらと「私の部屋でやろう」って言ってたな?
みぃを見ると、サッと目を逸らされた。
……うん、過去にやったの君なんだね?まぁ、2度あれば3度目もあるよね!
「ちょうどよかった。ちょっと行き詰ってて、みんなにも意見を聞きたいところだったの」
ギルドホールにはちょうど、三影さんとまりんさんが居合わせていたので、みぃの提案で、彼らに相談しようとなった。
どうやら三影さん、まりんさん、そしてジョンさんはβテストの頃から箱あるをプレイしているベテラン勢らしい。
「精霊クエストなんて、よく見つけたわねぇ」
まりんさんが感心したように言う。
「炎の妖精か……この間のダンジョンとか、いそうじゃないか?」
腕を組んで考え込んでいたギルマスが、ふと思い出したように顔を上げる。
「可能性ならありそうね。ちょうど今日、もう一度リベンジに行く予定だったもの」
前回の挑戦では、物理攻撃メインの編成だったのでボスを倒せなかったらしい。今回は、まだ会っていない魔導士の仲間と一緒に行く約束をしているとのこと。
そのとき、ギルドホールの扉が勢いよく開き、ひときわ目立つ姿が現れた。
「こんきの~!魔女っ娘、きの子、参上したきの!」
現れたのは、ツインテールを揺らしながら登場した褐色肌のエルフ。
彼女は、星のようにきらめく紺色のローブを羽織り、ハロウィンを思わせるオレンジ色のかぼちゃワンピースを着ていた。ただし、よく見ると柄はすべてきのこ模様だ。
耳元には揺れるのはきのこイヤリング、そして頭にはゲームでおなじみのフォルム、赤地に白い斑点のきのこ帽子を被っていた。
その姿はまさに、“きのこ”を極めし魔導士そのものだった。
ふっと、心の中で、銀司師匠――いや、勝手に心の中で師匠と呼んでるだけなんだけど。を思い出した。
被り物してる人って、語尾まで引っ張られるのかな?
くま帽子を被っていた師匠は「くま」
きのこ帽子を被っているきの子さんは「きの」
……じゃあ、被り物がニワトリだったら「コケ」?
ひよこなら「ピヨ」?
アヒルなら……「グワッ」?
うーん……鳥って種類多すぎて、語尾が定まらないかも。語尾迷子になっちゃう!今後、自分のアイデンティティーのために、被り物の種類は慎重に吟味した方がいいかもしれない。




