41羽目:チャウチャウちゃうんちゃう?
天井の穴から、ぽと……ぽと……と本が絶え間なく落ちてくる。そんな光景をただ眺めつつ、どうやってこの部屋を脱出するか頭を悩ませていた、そのとき——
ガタンッ!
突然、壁の一部が音を立てて開いた。反射的に顔を向けると、そこから慌てて誰かが飛び込んでくる。
「ルーイ!」
「みっ」
「みぃ、たすかったー」と言う間もなく、勢いよく両手で顔を掴まれてしまった。
うち、たぶん今チャウチャウみたいな顔になってると思うんだよね? それに、みぃさん、顔近すぎる。あと、その目、完全に“本気で怒ってるとき”のやつだぁ……。
「……何してんの!!なんで!いつも!落ちるかな!!!」
あ、これ現実での事故の記憶まで引っ張り出しちゃったかも。ここはゲームとはいえ、五感すらリアルそっくりな世界感なのである、そりゃトラウマっぽくもなるよね……。うちも確かに落ちた瞬間はヒヤッとはした。
「まぁまぁ、みぃさん。ほら、無事だったわけですし。一旦ルーイさんから手を離してあげましょう?両手プレスで 顔、すごいことになってますよ?」
スピルカさんも登場。あ、やっぱチャウチャウフェイスになってたんだ。だが、圧が解かれてほっとしたのも束の間、今度は頬を思いっきり引っ張られた!チャウチャウも困るけど、引っ張るのもちゃうちゃう!
「ひででででで!ひょ、ひぃ!ほひふいへ!」
「……今はこれくらいで、許してあげ……ない……」
「許してくれないんかい!」
ふん!とそっぽを向いて拗ねるみぃ。その背にため息ひとつ、ヒリヒリする頬を揉みながら、インベントリからドライルーナベリーを取り出す。肩をそっと突くと、みぃは少しだけこちらを振り向いた。
その隙に、すかさずベリーを口に放り込む。
「んっ……?!っ……あまい……」
「ごめんね、心配かけちゃって。でも、もう大丈夫だから、ね? あ……ほんとだ、ひんやりしてておいしい!」
自分もひと粒ぱくり。
うつむいた彼女の頭を、そっと撫でる。
こう見えて、すごく心配性なんだよね、みぃは。ゲームの中でも、現実みたいにうちのこと気にかけてくれるなんて、ありがたい話だ。
「ほんとに……翼でも生やして、飛んでなんとかして」
「無理難題言うなぁ……鳥人は実装されてないのだが?いや、でもSTRに反転して腕に翼をまとえばワンチャン……?」
「……ルーイなら本当にやらかしそう。ぷっ……何かルーイが飛んで鳥が逃げてるの想像したら、笑えて来た……ふふっ」
何故逃げられる!一緒にフライしようよ!!でも、少しずつ元気が戻ってきたみたいでよかった。
「ドライルーナベリー…!うぅ……また食べたくなっちゃったから、最後の一粒いきますぅぅ! あまいっ!おいしいっ!でも……もうないよぉぉぉ!」
傍で見ていたスピルカさんが泣いたかと思えば、キラキラと喜び、また泣く。感情の波が荒すぎるね?
さて、この謎の部屋が一体何なのか、そろそろ確認したいところ。スピルカさんにはこちらに意識を戻してもらおう。
「おーい、スピルカさーん。あとでまたベリーあげるから。で、ここって何の部屋?」
「はっ!やった!!ここは、図書館の破損や修復、魔術紋が消えかかった本の回収場所です。聞いたところによると、ルーイさんが座っていたのは、魔法回収機だったようですね。そのまま回収ボックスに放り込まれたみたいです」
「いきなり、ダストシュートみたいな所に放り込まれるの見てびっくりしたんだから……」
「いや〜、たま〜に本と一緒に人も回収されちゃうことがあるんですよねぇ……」
「もっと注意書きとかしよ?!」
プレイヤーならともかく、NPCが落ちたらシャレにならんって!あ、でもここ未開放エリアの1つだとしたら、落ちるのはプレイヤーだけならいいのか?いや、プレイヤーだって落ちたらダメだわ。
そんな話の最中、みぃが何かに気づいたように辺りを見回した。
「……風の導き、ここだ。あの中……」
みぃが指さした先、本の山の中に、一本の濃い風の筋が続いているらしい。
「導き?何かお探ししてたのですか?」
スピルカさんが小首をかしげてこちらを見てきたので、妖精に頼まれて探し物をしていることを簡単に説明した。……ただし、”かの戦”の記憶については、なんとなく話さない方がいい気がして伏せておいた。
「でしたら、私も探すのをお手伝いさせてください!これで、さぼr……機械も直ったことで時間もありますし!」
今、「さぼる」って言いかけたよね? まぁ、手を貸してくれるならこちらとしては大助かりだけど、あとで怒られても知らないからね?
みぃには少し離れて見ていてもらい、スピルカさんと2人、本の落下に気を付けながら本の山を少しずつ崩していく。
「その本……!」
ひときわ古びているけれど、妙に高級感のある装丁の本を見つけて、声が出るみぃ。表紙には文字が一切なく、代わりに一本の木が描かれている。その雰囲気に引かれるように、スピルカさんが近づいてくる。
「見たことない本ですね……魔術紋を押した跡もないですし……これは一体?」
疑問に思いながら彼女が本を取り、表紙を開くと――
本が、消えた。
「「「え?」」」
まさに魔法のように、ほんの一瞬で姿を消してしまった本。その場にいた3人とも、思わず視線を交わす。だがそれは、ほんの束の間の静寂に過ぎなかった。




