23羽目:すごい職人って素直じゃない人多くない?
乾燥機から取り出した洗濯物を畳み、スーパーで食材を買い足し、夕飯と作り置きを済ませてからログインした。
もふイン。
目を覚ますと、今度はみぃが先に起きていたようで、インベントリをスクロールしているのが背中越しに見えた。
「おはよ~、待たせちゃった?」
「おはよ、私もさっきログインしたところだよ。さて、依頼をこなしに行こうか?」
チェックアウトをしてから、二人で目的の錬金術工房へ向かう。地図を見なくても、道には薄っすらと矢印が浮かんでいるので、それを追って進む。
たどり着いたのは、裏通りの一角にひっそりと佇む小さな工房で、看板には古い錬金術の紋章が刻まれている。扉を開けると、薬草と金属が入り混じった独特の香りが漂ってきて、若い男性が作業台で何かを調合していた。
「いらっしゃいませぇ」
「眼鏡の修理を依頼されてきました。こちらが眼鏡と親方への手紙です」
「お師匠様ぁ宛ですねぇ……。少々お待ちくださぁい」
みぃが事情を説明すると、男性は少し考えながら頷き、間延びした返事をしつつ眼鏡と手紙を持って奥の部屋へと消えた。
しばらくして、重たい足音とともに現れたのは、年季の入ったローブをまとった初老の男性だった。
「ふん、確かにマリーの字だ。だがな!かわいい孫の頼みだからって、正体もわからん奴の依頼をホイホイ引き受けると思うなよ!」
「お師匠様ぁ……また、そんな風にお客様にぃ……。マリーお嬢がこうしてお手紙を託すほどですからぁ、よほど信頼できる方かと思いますよぉ?」
「ダメだ!そもそもマリーが直接持ってきてくれれば、すぐにチャチャッと直してやるものを……!おめぇらはマリーの何なんだ!」
頑固で偏屈、職人気質。どうやら持ち込んだ人間を見て判断する主義みたいだ。
そして、まさかのマリーさんのおじいちゃん。全然似てない……。
それに、これ、孫に会いたいのに帰ってきてくれないから、ちょっと拗ねてるだけなんじゃ……?
「えっと、自己紹介が遅くなってごめんなさい。うちは剣士のルーイでこの子は錬金術師のみぃ。騎士団ギルドで知り合ったマリーさんから直接頼まれて、ここに来たんだけど。彼女、仕事にも支障が出てるみたいで……かなり切羽詰まってたの。でも、自分ではどうしても来られないからって、託してくれたんだよ」
「ぐっ……そんなに深刻なのか……。だが、やはりまだ信用するには……」
それも無理はない。突然手紙を渡されただけで、信じろというのは難しい話だ。しかも、大切な家族のために作るものなら、なおさら慎重になるのも当然だろう。
持ち逃げされる可能性だって、ゼロじゃないのだから。
「確かに、実際に自分の目で見ないと、信用できる人かどうかなんて判断できないよね。だからこそ、信用に足る人間かどうか、証明する機会をもらえないかな?」
老人は目を細め、しばし沈黙した後、ゆっくりと口を開いた。
「……ふむ、おめぇら、なかなか見どころがあるな。ならば、テストだ。今からこのリストにあるものを取ってきたら考えてやる」
「本当?!おじいちゃん、ありがとう! 頑張って取ってくるよ!」
「俺ぁ、おめぇらのじいちゃんじゃない! とにかく早く行け! 場所はこのバカ弟子が知ってるから連れてけ!俺ぁ忙しいんだ!」
こうして、修理を引き受けてもらう条件として、二人は素材集めを課されることとなった。
『素材リスト』
【マナスライムの核】×10
【マナリーフ】×20
【ルミナハーブ】×10
【セレスの根】×5
【エーテルモス】×50
【星鉄】×5
【透明石英】×10
羊皮紙と採取用のバッグを乱暴に押し付けられ、3人は工房から追い出された。
「すいませぇん、お師匠様がぁ……。あ、ボク弟子のマルクスですぅ、よろしくお願いしますぅ」
「すごく仕事にこだわりを持ってるんだなって思ったし、大丈夫だよ!それに自分の目で見ないと信用できないって気持ちはわかるから」
「おやぁ、これは確かにマリーお嬢が信用するだけの事はありますねぇ。お師匠様はぁ、口が悪いですがぁ、優しくて偉大な錬金術師なんですよぉ。『俺ぁ人々を少し幸せにできる錬金術師になりてぇんだ』って、いつも言うんですぅ」
うんうん、職人って、口は悪くても実は心が優しい人って多い気がするんだよね。誰かのために必死で物を作る人に悪いやつなんていない! よーし、頑張っちゃうぞー!
「しかし、結構アイテムあるね」
「星鉄と透明石英は持ってるよ。マナリーフとルミナハーブは見たことあるけど、他のがわからないのよね」
「そのためにボクがいるんですよぉ。この近くの森で全部取れますのでぇ」
街を出て《始源の森》の奥へと進む。みぃは鑑定スキルを持っているが、実際に鑑定をするには、一度図鑑や実物を見ないといけないらしい。うちはスキルもないし、どうしようかな?似たようなの探してみぃの所に持っていってみたらいいかなぁ。
「それなら大丈夫ですぅ、これがありますからぁ」
マルクスさんは、先ほど押し付けられたバッグの中から片眼鏡を2つ取り出した。遠視スコープが組み込まれたような独特なデザインのアイテムだ。
《森識鑑定鏡》
「これもぉ、お師匠様が作ったアイテムなんですよぉ。このスコープを通すと、見たことがなくても森の中の事がわかるんですぅ。毒キノコや危険な植物を誤って口にしないように、森に入る人々のために作ったものなんですぅ。ボクが子供だった頃は、まさに魔法のような道具でしたぁ。それがきっかけで、お師匠様に弟子入りをお願いしたんですぅ」
「すごい……スキルとは違って、未知のものをどうやって判定しているんだろう……」
「それはぁ、森の精霊の力の一部を紋章に込めているからですぅ。なのでぇ、森の精霊がいない場所だと何も見えないんですぅ。鑑定スキルのほうが便利ですがぁ、ボクたちは新世界人とは違い、スキルを習得できない人もいますぅ。だからこそ、お師匠様は誰にでも使えるものを作ったんですぅ」
錬金術って、こんなことまでできるんだ……改めてすごい技術だと実感する。それに、スキルを使えない人たちのために、使いやすい形にしてくれるおじいちゃんのすごさも、改めて思い知った。




