0羽目:はじまりの羽
プロローグ
最後に見た景色は、生い茂る木と雲一つない青空だった。下半身の感覚がないのに、不思議と頭だけは妙にスッキリとしていた。これが鳥葬なら、ある意味夢も叶ったのにな。……こんなこと言ったら怒られるか。大切な人の顔を思い出し、苦笑する。危ない状況なのに、浮かぶのは後悔と笑顔ばかりだ。
「お父さんとお母さんもそうだったのかな……イテテっ。はぁ……。生きなきゃダメだ、やっぱ悲しませたくないし、もっと楽しい事をしたい」
気力を振り絞って、胸ポケットにしまってあるスマホを手探りで取り出す。緊急信号の赤いボタンを押すと現在地が送信され、ブザーがけたたましく鳴り響いた。
どれくらい時間が経ったのかな?
遠のく意識の中、ぼやける視界に飛び込んできたのは白い鳥――ではなく、救助ドローンだった。
よかった……なんとか、なるかな。澪の声がドローンから聞こえた気がしたけど。……大丈夫、ちゃんと帰るから。
そうして、うちは意識を手放した。
* * *
「帰り道、気を付けてね? やっぱ、駅まで送ろうか?」
「瑠衣は家にステイ!まだ慣れ始めたばかりだって言ったじゃない……まったくもう。私は平気よ、ご飯ごちそう様ね」
ショートブーツを履き終え、うちにあきれた表情を向ける親友。退院して数か月経つが澪にはいっぱい心配かけちゃってるし。犬っぽい扱いだけど……まぁ、ここは寛大なる鳥のように、素直に受け入れよう。
ドアノブに手をかけた時、彼女が振り返って口を開いた。
「あ、そうそう。スタート画面からはなるべく早く抜け出してね。家着いたら連絡するから、キャラ名だけ教えて」
「う、うん? わかった?」
スタート画面ってアバター作成とかだよね? そんなに難しいのかな? まぁ、やってみればわかるか! よし、洗い物もしたし、シャワーも終わって……準備完了!
「ふぅ。今日は楽しかったなぁ~リハビリも順調だったし、いい感じだ! じゃ、早速やってみるとしますかー!」
ご飯を作っている間にセットアップは澪がすべてしてくれたので、あとは被るだけ。ベッドに横たわってからゴーグルを被り起動する。
フォンと音を立て目を閉じると意識に滑り込むように黒い画面から青いデジタル空間に切り替わった。
「おお、すっごいスムーズ?! とりあえず、ゲームのタイトルを押してと」
目の前に、青白い光の粒が舞う空間が広がる。
画面中央に、荘厳な声が響く。体中に音がまとわりついて、まるで劇場の予告編に自分の体が飛び込んだような演出だ。
『――ようこそ、新世界へ』
流れ星の様に文字が目の前の空間に滑るように現れ、軽やかな鐘の音が空間を満たし、泡のように光が弾けた。
おわー、映画の始まりみたいでワクワクする!
ここから、うちの新しい楽しみが始まるんだ。
『――かつて、3つの異なる世界が存在しました』
あまりにもリアルな羊皮紙の地図が浮かび上がり、指先で触れると水面のような波紋が広がる。
天空から見下ろすようにして、森から街。獣人、妖精、人が次々と流れて消えていく。そこには沢山の笑顔や日常が溢れていた。その普通の何でもない日常を慈しむ人と、大切な人の笑顔が重なって、心がじんわりと温かくなる。
『これらの世界は、互いに交わることなく、それぞれの神々が独自の力を持っていました。ある日、4つ目の世界、冥界の王がすべての世界を闇で包み込もうとした』
そう思った矢先、街が、大地が闇に包み込まれた。
先ほどまで、温かい笑顔を咲かせていた人や生き物の眼光が赤く変わり、黒い影を纏い周りを襲い始める。
冥界の王が放つ闇に触れた神や人は豹変し、生物はモンスターと化し、次々と街を襲い世界を混乱に陥れた。
ゲームだってわかってる。でも、胸の奥がざらつく。
『――しかし、光を宿す者たちが立ち上がり、3つの世界は力を合わせて闇を退けた』
こうして、数百年続いた争いは終わったのね。ほっと安堵の溜息を出す。
『――だが、闇は完全には消えなかった。今も癒えぬ傷を抱えた世界で、人々は新たな秩序を築こうとしている』
なるほどねぇ。だからプレイヤーは新世界人として、この世界を広げていくんだ。生産、冒険、開拓――創造できる限りすべてが叶うなんて、胸が高鳴る。
事故の前みたいに、ここでなら――もっと自由に、もっと楽しいを見つけられる。そして、もっと、羽ばたける!
画面に、丸くてカワイイポップな字体のタイトルがふわりと浮かび上がる。
《箱庭あるてぃめっとオンライン》
通称、箱ある。その下に、メニューが静かに現れた。
▸ログイン
公式アナウンス
掲示板
設定
「よし、ログインっと」
まだ見ぬ鳥ちゃん達、待っててね! すぐもふもふしに行くから! そして、いろんな景色を君と探すんだ!
「初めましてっピ!」
意気込んでいると、目の前に小さな影がふわりと浮かんだ。かわいらしい冠羽を揺らして、君は現れた――。




