●第六話 天の恵み――エクストラルート
ピンときた。これはひょっとしてもしかして、石けんではないのか――と。
手で触ってみると、ぬるっとして泡立つ。ドロドロで水が入りすぎてしまったようだが、とにかく肌触りからして石けんだ。白く半透明に濁った独特なテカリ具合も。
どうやら石けんを作るのには、脂と灰だけではダメで、水が必要だったようだ。
「でも、この水っぽさをどうするかだけど」
このままでは液体の石けん水である。煮詰めても良いが……油と水がからんでいるなら、薬草調合のお師匠であるおババ様に教えてもらった『塩析』という抽出法も試してみたい。が、塩は貴重品だ。おいそれとは使わせてもらえない。あとでおババ様に相談してみよう。
とにかく、道は見えた。
俺はもう一度水を加えた脂身と灰を棒でこねくり回し、炎の魔法を壺に近づけて過熱する。
そして三日の試行錯誤の上――
「いよっしゃぁああああ! 石けんができたぁ!!!」
これが現代知識チートッ! たとえ【平凡】の呪いが付いていようとも、知識は裏切らないッ!
固形ではなく、クリーム状だが、泡立てばもう充分だ。液体石けんで良い。
万感の想いが胸からこみ上げる。
これで現代文明への第一歩を自らの力で踏み出したのだ。
やれる。
できる。
これでかゆい生活とはおさらばだ。
細菌を手にくっつけたままにすれば、そこから料理や口に入っていき、思わぬ病気に感染してしまうからな。衛生面でも石けんは必須だ。まだ俺にはできてないが、もう何年かしたら顔にできそうなニキビも心配だし。
石けんのくせに臭いが微妙なので、ついでに花のエキスも入れよう。ハーブ石けんだ。
ピロリン♪
『スキル【廃ゲーマー☆】が発動。石けん(普及1877年)のエクストラ・ルートが解放されました』
『天啓――汝、大いなる肉の恵みを得るであろう。生命の根源は、闇の帳に爛々と目を血走らせ、原初の月夜を荒ぶる祝宴とせしめん』
待て。
エクストラ・ルートって何よ?
そうやって何でもかんでも英語にすりゃいいってものじゃないでしょ。しかも神様がくれた人類史上最高にルナティックなスキルだからなぁ。
天啓も……くそっ、何が起こるか、メチャメチャ怖いんですけど! 闇とか血走るとか、やめろよ。いきなりボスとか出てきたら、武器も鎧もないレベル1の五歳児はあっという間に死ぬぞ?
この世界には強力なモンスターだっているのだ。
「なあ、シン、そんなに大声出して、何ができたんだ?」
「ああ、オルガ。石けんだよ」
「んん?」
言葉が通じなかったようだ。ま、石けんの現地語は俺も知らなかったのでそこだけ日本語だしな。通じるわけがない。
「ねぇ、シンちゃん、それってなんなの?」
ルルがおっかなびっくり聞いてくる。淡い金髪が可愛らしい小柄な幼女だ。少し体が弱く泣き虫だが、心根は優しい。同い年で仲良しトリオな俺達である。
「よくぞ聞いてくれた。これは体をきれいにしてくれるものだよ」
「はぁ? そんなもん水浴びすればきれいになるだろ」
「うん、そうだよね?」
やれやれ、わかってないな。
「いいから使ってみろオルガ。――飛ぶぞ?」
俺はニヤリと確信を持って言う。
「あぁ? 意味わっかんねーぞ。まぁいい、うえ、なんかヌルヌルしてて気持ち悪いな。こんなので本当にきれいになんのか? どれ……んんん? な、なんだこれ? 色が落ちるぞ」
「そうだ。ようやく気が付いたか、オルガ。お前の本当の肌の色が、浅黒ではなく、白だということに」
「ば、バカな。じゃあ、オレは今まで、汚れたまま過ごしていた……だと! ガーン……!」
大地に突っ伏すオルガ。そうだろうとも、このきれいさを知ってしまったら、もう後には戻れまい。
俺と同じ現代っ子の誕生だッ!!!
「はい、死んだ! 今、不潔なオルガは死んでいなくなった。今日からきれい好きのオルガに生まれ変わったんだ」
「くっ、なんだかおかしな魔術をかけられたみたいだが……、この肌、ツルツルしてて気持ちいいぞ。しかもスッキリだ。良い匂いまでする! よし、シン、オレは全部洗うぞー!」
「おう、そうしろ、そうしろ。あ、目に入るとしみるから、頭を洗うときには気をつけ――」
「うおっ、し、しみる! 目がしみるぞッ! シン~!」
おっと、ちょっと注意が遅かったようだ。
「オルガ、慌てるな。目をこすらず、水で丁寧にすすげば大丈夫だ。ま、しばらくしみるけどな」
「なんだよぉ~ソレを早く言えよな! シン!」
だから言おうとしただろ。まぁいい。
オルガが水浴び後に必ずやる、犬のようなブルブル水散らし攻撃を避けるため、俺は結果を見ず一足先に村に戻ることにする。
「スゲーよ、シン! まるで体が生まれ変わったみたいだ! 軽くなったし、気分も最高だ! かゆいところがなくなった。いや、かゆかったことすらオレは気づいてなかった! 見てくれ、肌も真っ白だ!」
生まれて初めて石けんを使うと、こういう感想になるんだろうな。
日本で最初に石けんが伝わったのは戦国時代と言われている。
新しいモノ好きの織田信長がポルトガル商人から石けんをもらって日本人の大名としては初めて試したのだろう。気に入った信長が家臣達に配り、その中に石田三成もいた。彼はきっと「んほぉ!」と驚いたに違いない。そして石けんの魅力にハマり、歴史書に「透き通るほど色白で女のごとし」と記されるほど、群を抜いてきれい好きの美白マニアになったのだ。
「よかったな。オルガ」
「おう。ありがとな! でだ、これ、おっとうにも使わせてやりたいんだ」
「もちろんいいぞ。おじさんには石けんの材料の脂身をもらったからな。お返しだ」
「おお。じゃ、持って行こうぜ」
「いや、それは、おいオルガ、どうせ川に入って使うんだから、石けんの壺は置いて行けって!」
だがオルガは父親に見せたかったようで壺を持ったままダッシュで家に向かった。石けんだけ見ても、さっきのオルガみたいに疑って説明が難しいだけだと思うが。
本日の投稿は以上です。
また明日、25日の10時と19時に投稿しようと思います。
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