●第八話 神に祈りを捧げる者、捧げられる者
(視点がシンに戻ります)
砦の地下へ続く階段を見つけ、父さんを先頭に下りていく。
父さんがカンテラを持って通路を照らしているものの、酷く暗くて見えにくい。
床ではなく、父さんの背中を頼りに俺は歩みを進めねばならなかった。
その父さんが歩みを止める。
「――この先に、ヤツがいる」
誰が、と聞くまでもない。
この付近一帯を恐怖に陥れている『白顔の司祭』がこの扉の向こうにいるのだ。
ゾンビ達を呼び出した張本人が。
扉の下から、煙のように濃い霧がこちらへとゆっくり沁み出している。
ひんやりとしたその霧が、まるで意思を持ってまとわりついてくるようで、俺は思わず身を強張らせた。
「おそらく倒せると思うが、私が逃げろと言ったら、お前達もすぐに上に逃げろ。お前達が先に逃げてくれないと、私も逃げられんからな」
「うん」「わかった」
「でもここ、ゾンビ達がいないね」
ニースが周りを見回して言う。
「ああ、ボスの近く、それもこれほどのレベルとなれば、釣り合わないモンスターは近づけなくなるのだ」
「「へえ」」
この世界では高レベルボスの近くに雑魚はいないってことか。
なら、待っている間は楽そうだ。油断するってわけじゃないけども。
「じゃ、行ってくるぞ」
父さんが扉を押す。
ギイと耳障りな音が鳴った。
「父さん、気を付けて」
「ああ」
父さんの背中が霧に包まれる。
だけど……
と俺は考える。
『白顔の司祭』という名前付きがここに急に現れたのはなぜなのか?
ヤバいアイテムでも保管してあったのか。
誰かが何かの儀式でもやったのか。
それとも、ここがもともと魔物を引き寄せやすい場所で、定期的にボスが湧いてくるのか。
……あとでギルドで詳しく聞けばいいが、今は検証不可能だな。
「シン」
ニースが俺の名を呼び、裾を引っ張った。
開け放たれたままの扉から、霧が動く。
「ああ、早かったね、父さん」
父さんでも魔法系の敵が相手では苦戦してしまうのでは、とちょっと心配してしまっていた。
「違う、コイツ、おじさんじゃない」
ニースが険しい声で言うと、杖を構えた。
「ほほ、これはこれは、幼きエルフと勇者よ、私の小さな神殿にようこそ」
男とも女ともつかぬ、しわがれた声の主は、司祭の服を着ていたが、顔はしゃれこうべだった。
アンデッド。
これが『白顔の司祭』の正体ってわけか。
父さんにはここで待っていろと言われたが、向こうからやってきたなら、こうするしかない。
先手必勝――!
俺は渾身の力で『神竜のクワ』の突きを放つ。
もちろん、最速を重視して刃ではなく、柄の側で、だ。
相手がスケルトンならば、背骨を破壊してやればダメージを与えられるはず。
だが、手ごたえはあったものの、柄の先が司祭に届いていない。
ピシシッ!
という形容しがたい不思議な音がして、光の壁に阻まれた。
「こいつ、やはり魔法を使うか!」
「どいて、シン! ヴィンデンスアンゼ!」
俺が後退すると同時に、ニースが風の精霊を呼び出した。
ニースの意に従い、怒れる精霊は凄まじい竜巻を起こして司祭を包む。
木と石のかけらが風に舞い、扉が木っ端みじんに砕けた。
それでも。
司祭の服には微塵も乱れが起きない。
「くっ、効いてない! マジックシールドを使ったわけでもないのに!」
ニースが悔しそうに叫ぶ。
「ふふ、エルフとはいえまだ子ども。拙僧の魔法防御を超えるには修業が足りませんねぇ」
なら俺の着火の呪文もこいつには無効だろうな。
アンデッドが相手なら炎でと行きたいところだったが。
物理攻撃も届かず、魔法もダメ。
どう攻めるべきか。
「それでは今度はこちらから行きますよ。拙僧が二人とも仲良く神への生贄として差し上げましょう。ダーク・パニッシュメント!」
司祭が手を伸ばして、光の波動をぶつけてきた。
よけきれない、と思ったが、その前に波動が消え去る。
「なっ、拙僧の攻撃が完全に消された!? 小僧! お前が持つそのクワは何だ!」
なるほどな。
やはり、これはマジックアイテム級、いや、それ以上か。
「教えてやろう、アンデッド。これはお前がもっとも恐れるであろう、『白き古き神竜』の牙だ!」
牙も己の敵がわかるのか、ブウゥンと青白いオーラを放ち始めていた。
間髪入れず、俺はその刃を司祭に叩き込む。
「『神竜』! どうしてお前がそんなものを」
仰天した司祭は防御が遅れた。
先ほどは弾かれたクワだったが、オーラを纏いし刃は違う。
パキン! と司祭のバリアを破り、その服を切り裂いた。
「ぐああああああ! お、おのれ、拙僧の秘術で蓄えし魂を無駄にしおって!」
「くそ、外したか」
スケルトンの体の位置は、服があるとよくわからないな。
わずかに背骨の横を切っただけのようだ。
「解放された魂が天上へ召されていく……、お前、他人の魂を閉じ込めてまで、何をしようとしていたの?」
ニースが汚らわしいものを見る目つきで問う。
「ククク、神に捧げるに決まっておろう!」
「神はそんなことは望まない!」
「ああ、お前の神はそうだろうとも!」
司祭がニースに向けて何かを投げつけてきたので、俺は素早くクワで弾いた。
その何かは煙玉だったようで、シュウシュウと黒い煙が勢いよくあたりに充満した。
「ゲホゲホ、くそっ、逃げたか」
司祭の気配が消えている。どこへ向かったかは不明だ。
「ニース!」
「わかってる。ヴィンデンスアンゼ!」
ニースの呼び声に応じ、疾風が巻き起こった。
あとは風の精霊があたりを探ってくれるだろう。
だが、その必要はなくなってしまった。
「しまった! ヤツだ!」
「ど、どうして、地上に」
「いいから全員逃げろ! 散開!」
「ほーほほほ、ちょうどいいところへ。さあ、神の迷える下僕達よ、その魂を寄越しなさい。拙僧が迷いなき永遠の生を与えて差し上げましょう」
「ぐっ! GUGAAAAAAA――――!」
「ミ、ミハイル!」
「馬鹿な、一瞬でゾンビに変えられただと!?」
「こ、来ないで、ミハイル! お願い、やめて! いやぁあああ!」
「よせっ、ミハイル、ぐあっ!」
次々と発せられる悲鳴。
「くそっ、上だ、ニース」
「うん! 助けてあげないと」
俺とニースは階段を全力で駆け上がった。




