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●第五話 石けんを作ろう!

 俺の【前世知識】と【調合】のスキルによって、石けんの材料は「油」+「ホニャララ」だとわかっている。そしてこれまでの異世界生活の実体験から「灰を混ぜた水」が汚れをよく落とすこともわかっている。


 つまりだ、「油」+「灰」なら、いけるのでは?


 植物の灰は、確か……アルカリになるのではなかったか。

 アルカリが何かは俺もよくわかっていない。酸の反対で、リトマス試験紙が青くなるというのはなんとなく中学校の理科の時間に習ったのを少し覚えている程度だ。


「ま、ものは試しだ。母さん! 油を実験に使いたいんだけど」


 俺はちょうど水汲みから帰ってきたばかりの母親に言う。前世と違い、亜麻色の髪を三つ編みにした美人で、まだ若い。二十代の母親だ。

 髪の色がファンキーだからといって別にヤンキーではない。この世界では茶髪や金髪がほとんどで、たまに赤や青のヤツまでいるが、それも染めたのではなく天然の色だという。顔立ちは北欧系だな。俺も同じ髪の色だ。


「ええ? ダメよ、シン。食べ物で遊んだらダメっていつも言ってるでしょう」

「うーん、そこをなんとか」

「ダメです」


 残念。父さんもそうだけど、なかなか俺の言う事を聞いてくれない。子供は親に言われたことだけやっていればいいと言う感じで、「これからの時代はノーフォークや三圃制ですよ! 父さん! 緑の革命で天下取ってFIREをトゥギャザーしましょうよ!」と農作業のやり方を提案しても、まともに取り合ってくれないのだ。

 やれやれ。


 だが、これであきらめたりする俺じゃないぜ?

 液体の油がダメなら、肉の脂身でやってみよう。

 「脂身」+「灰」だ。植物性の油と動物性の油でちょっと成分は違うかもしれないが、読みは同じ「あぶら」だしな。とにかく何事も試してみなければ。

 失敗は成功の母なのだ。


 俺は次にオルガの家に行った。オルガは同い年の幼なじみだ。


「こんにちは」

「おう、シンじゃねえか。おっとう、シンが遊びに来たから、もう仕事はいいよな!」


 オルガが、彼の父親に聞いた。

 赤毛にそばかすの彼も、いつも家の手伝いをしている。オルガの家は猟師をやっているので、ここでは麦穂の種集めではなく、動物の解体や塩漬け肉の加工が彼の仕事となる。

 軒先にいくつも吊された大きな骨付き肉。肉と言うよりも、肋骨など動物の形がわかってしまうので生々しい死骸であり、グロテスクの塊だ。――初めて目にしたときは卒倒しそうになったが、もう慣れた。


「ダメだ。あと二つは塩漬けを作れ」

「えー、なんでだよ!」

「この村が冬を越せなくなるからだ。冬の獲物が少ないことくらい、お前もよく知っているだろう」


 オルガのおじさんが肉を切る手を止めずに言う。肉の解体は一度手伝ったことがあるが、非常に難しく、力も器用さも要る。特に内臓をナイフで傷つけたりすると、そこから細菌や寄生虫が肉に広がってしまいダメになるので注意が必要。見た目のグロさや臭いと生の感触もひっくるめて色々とハードである。俺は猟師の子に生まれなくて本当に良かった。


「ちぇっ、じゃ、シン、もうちょっと待ってろよ。すぐ終わらせっから」

「いや、オルガ、あせらなくていいよ。きちんとした塩漬け肉を作ってくれ。塩も高くて貴重なんだから」

「わーってる、っての!」


 いら立つオルガだが、失敗しなきゃいいけど。


「それより、おじさん、余った肉の脂身、もらえる?」

「構わんが、一度にたくさん食べると腹を壊すぞ」

「いやいや、食べないから。ちょっと実験にね」

「ふむ……まあいいだろう。シン、親父さんには内緒だぞ」

「ありがとう!」


 イノシシの脂身、ゲットだぜ!

 この真っ白な脂身、獣臭さ、ねとつく肌触り――こんなものが石けんに進化するとはとても信じられないが、やるだけやってみよう。


 さっそく俺は脂身およそ3キロを家の庭に持って帰り、壺に入れた。


「次は灰だな」


 灰は簡単だ。薪を焚く竈にいつも白い灰が燃えかすとして大量にある。それを集めて肥料として畑に蒔くこともあるし、洗濯に使ったりもする。


「きれいなお花を咲かせましょう♪ ヘイ! YO!」


 適当なオリジナル作曲で歌詞と音程を付けて歌ってみたが、もちろん、花が咲いたりはしない。

 灰をまぶした脂身を木の棒でグリグリと混ぜる。ひたすら混ぜる。


「おりゃああああ!」


 結構な力が要るが、そこは【怪力】である。俺はこの村でオルガの次に力持ちだ。同世代の子供の中では、だけど。大人はともかく、子供にも負けるスキル【怪力】ってなんぞや? と思うけど、ま、子供は力が弱いしな。

 オルガは俺よりも体が一回り大きいし、大人になれば――まあ、今でも前世の時よりも遥かに力があるので、前みたいな失敗はしないと思うけど。


「どれ、石けんになったかな?」


 手で脂身を触ってみたが――脂身のままだった。ベトベト感が進化した。灰まみれのギトっとしたラードだった。


「……灰の分量が足りないのか?」


 灰をもう一握り足して、また混ぜる。一度に大量に入れたりはしない。適量がまだわかっていないのだから、少しずつ試して試行錯誤していくしかない。混ぜては、灰を入れ、それを石ころを削って『メモ』しながら、実験結果と分量を一つ一つ記録していく。本当は紙のメモが一番なのだが、紙はこの村に存在しない。中世ぇ……。

 代わりに羊皮紙が父さんの宝箱にしまってあるが、高価なので使わせてはもらえないのだ。紙の開発もいつかやろうっと。


「ルル、見ろよ。まーたシンのヤツが変なことをやってるぜ」

「うん、でも、シンちゃんは賢いから、何か意味があるんだと思うよ」

「そうかなぁ。おい、シン! それくらいにして、オレたちと遊ぼうぜ」

 オルガとルルが自分達の仕事が終わったようでやってきた。


「ええ? まあいいか。よし、オルガ、ルル、今日は何して遊ぶ?」

「「ムーンウォーク!」」

「そ、そうか。そんなにアレって面白いかなぁ?」


 結局、その日、石けんはできなかった。

 ひょっとして熱を加えたり、もっと別の材料が必要なのだろうか?

 わからん。


 翌日は雨が降った。

 こんな日の村人は、家の中で大人しく編み物や脱穀などのお家作業をやっている。

 雨期はないし、それほど雨は降らない。だが――


「あっ、しまった。壺を家の中に入れてなかったぁ!」

 

 俺は慌てて庭に放置したままだった壺を見に行くが、幸い、それほど水が溜まっていなかった。


「あれ? この白っぽい茶色って……」


 脂と灰を詰めていた壺には、異変があった。

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