●第四話 史上最年少の彫り師、爆誕!
この透明な石『ラピス・スペキュラリス』
材質が、木材のように削れるのであれば俺の腕でも何の問題も無い。等身大だと少し苦労するかもしれないが、彫像にする自信はある。
だが、脆い材質だと削るときに気をつけないと割れたり、加工が難しいかもしれない。
話では、爪で削れるというし。
「もちろんじゃ。ほれ、いくつか小さい彫像にしようと他にも石を運び出しておいたからの」
老司祭が棚から小さい塊を取り、覆っていた布をほどいた。それも『ラピス・スペキュラリス』だったようで、透明な石だ。
「お、お待ちを、カプチーノ司祭。まさか、その子供に、彫像を彫らせるつもりだったのですか?」
「ふん、そうじゃが? これを見てみぃ。この名工、シンの手によるモノじゃ」
懐から例の木彫りの彫像を老司祭が取り出してザーネ司祭に見せた。
「なっ、これほど精巧な像をこの子供が? そんなバカな……私をからかっておいでなのですよね?」
「疑うのは勝ってじゃが、ちょうどいい、シンよ、その腕前、この頭の固い若造に目に物見せてやってはくれんかのぅ」
「はぁ、一発勝負だと厳しいですが、とにかく試してみましょうか」
派閥争いはどうだっていいのだが、この透明な石でどれほどのものができるのか、やはり試してみたい。
人が大勢いる場所では集中しにくいので、作業部屋を貸してもらい、一人で籠もる。
彫像制作ために道具屋で揃えたノミを布の上に何種類も並べる。何本かはドワーフの鍛冶職人の親方に新しく作ってもらった。
やはり道具にはこだわっておかないとな。
「まずはざっとフォルムを象ってと」
大雑把な人間の形に石を整えて削ってみる。
深呼吸で精神統一してから、小さめの専用木槌でカツカツと叩いてみる。
「おお……、めっちゃ柔らかいな」
見た目は水晶やガラスなので、固そうにみえるのだが、本当に柔らかな材質だ。
試しに爪で引っ掻いてみたが、簡単に削れてしまう。空色ソーダ系アイスバーと同じくらいの硬さだ。
触るとひんやりして、表面はわりとツルツルしている。ニスを塗った木材のように良い肌触りだ。重さは……普通の石くらいだな。小さい石なら軽々だが、この6分の1スケール・フィギュアサイズ(20センチ)だとちょっとズッシリ感がある。
しかし、ここまで柔らかいと、彫像や窓ガラスにするのも微妙だな。
人が触らないような高さならいいが、ちょっと間違ってぶつかっただけで傷がつきそうだ。
神殿の彫像は台座の上に置かれていて、普通は触らないだろうけど……細部はあまり細長く尖らせないほうがいいか。欠けたらもったいないし。
念のため、衝撃の強度も欠片を木槌で叩いて確かめておく。
「ふむ、さすがに細い部分を強く叩くと割れるな。でも……おや?」
細長く切り出した透明石を指でつまんで力を入れると……
「おおっ!? この石、曲がるんか……!」
驚きである。石が曲がる。
え? この不思議な石って元素や化学式ってなんなのだろう? いや、実際に示されても理系でない俺にはわからないのだが。
これって、この世界だけの魔法の石なのだろうか?
そんな気がするよな。
地球でそんな曲がるような天然鉱石なんて見たこと無いし、聞いたことも無い。
「これはいいぞ……よし、できそうだ」
材料を帝都に運ぶかどうかで揉めていたので、ちょっとプレッシャーがあったのだが、加工に問題が無ければ、あとは自分の腕前で勝負できる。
しかも、曲げが使える。
俺は木槌でカツカツ叩き、細かい部分は自分の爪で削り、細部はゆっくりと力を加えて曲げ、ついにフィギュア――じゃなかった、彫像を完成させた。
「できた!」
透明な女神。
風にはためくスカートは波打っており、この部分は指で押して滑らかに曲げて加工した。極限まで薄くしたために非常に脆い部分だが、まぁ今回はお試しで限界を知るためだから、別にいいだろう。
頭の花冠は細部までこだわった。
自分でもキモっと思うほどに、花のめしべまで細かく精密に表現してある。ミリではなくコンマ以下、ミクロンの世界だ。
豊穣の神が手に持つ麦穂は、プチプチと俺が手作業でやっていた麦穂のリアル感を出してみた。これも脆い部分なので、立体的に独立はさせず、身体の部分にくっつけて強度を増してある。本番の彫像でもこの手法で行くつもりだ。加工も麦穂を立体的に別パーツにするよりは楽だし。
「うーん、これはこれで綺麗だけども、透明だと細部の形が見えづらいな……」
作ってみて初めてわかることがある。
それこそが試作品の目的であり、フィードバック――『よりよい作り直し』なのだ。
最初から完璧なものが作れるというのは、傲慢であり驕りだ。
当然、フィードバックは評価者が俺だけではいけない。
俺は異世界からの転生者であり、まだこの世界では六年くらいしか生きていない。
神殿の彫像はこの世界の信仰篤い人々のためにあるのであり、ユーザーの評価を聞かなければならない。
特に発注者の意見は絶対だからな。
俺が個人で作るものではなく、これは金(材料)を出してもらっているお仕事なのだ。
司祭に見せに行くと、隣室の応接間で、ワインを飲んで男爵と話し込んでいた。
あとがき
調べるまで知らなかったのですが、『ラピス・スペキュラリス』は中世や古代ローマ(紀元前)に実在します。
窓ガラスという意味らしいです。




