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●第一話 ゲームの力

 刃物?!


 なんてこった。しかも、あのモデルは……。


 見覚えがあった。


 ゲーマーの俺にはわかる。鞘が迷彩模様で、つや消しを施した黒色の刃。

 後ろ半分が小さく湾曲わんきょくした波刃となっている。グリップには世界一硬い木材リグナムバイタを使い、それをナノチューブカーボン樹脂で固め上げたもので、油が付着しても滑らない特殊仕様。

 そいつは殺傷力の極めて高いカスタマイズ軍用アーミーモデルであり、日本では輸入すら禁止されている代物だった。リアル系FPSゲームでしかお目にかかれないし、今まで実物を見たことは無かった。

 しかし、どうしてそんなものが。


「きゃあっ。た、助けて!」


 追いかけるストーカー男は逃げようとした女性の髪を乱暴に片手でつかんだ。


「最初から大人しく付いてくればこんなことにならなかったのに! 君のせいだ! ああちくしょう、もう終わりだ! こうなったら、ここで心中しかないよな!」


 なんで心中?!


「いやぁ! ごめんなさい、何でもします! 付き合ってもいいから、お願い、殺さないで!」


 泣きながら言う女性も必死だ。


「うるさい! 僕が心中と言ったら心中なんだよッ! 言うことを聞け!」


「いやあああ!」


 目の前で今まさに振り下ろされようとする、あまりに理不尽なナイフ。

 

「くそっ!」


 何かを考える前に、俺は男に飛びかかっていた。


 人が目の前で殺されようとしていたのだ。

 当然と言えば当然なのかもしれない。

 

 だけど、俺にそんな勇気や正義感というものがあったことに、自分でも驚いてしまう。


 足を一歩踏み出した瞬間、視界のあらゆるものがスローモーション再生のようにゆっくり動き始めた。

 ああ、この瞬間、最高に集中力が発揮されているんだなと理解する。


 そう、プロのアスリートがインタビューで「世界が止まって見えました」などと言うアレだ。俺はアスリートではないが、集中力にはいささか自信があった。ゲームで毎日鍛えまくってきた集中力だ。


 俺が苦手なアイドル系リズムゲームでもノーミス100チェインオーバーの満点スコアもたたき出せそうな集中力ゾーン。こんなところで力を出すなんて少しもったいないとさえ思ってしまう。


「来るなあッ!」


 男が嫌がって左右にサバイバルナイフを振り回してきたが、これもゆっくりした動きだ。


 いける。

 見える。


 今まで格闘技なんてゲームの中でしかやってこなかったけれど、知らず知らずのうちに俺の目はその道の達人クラスになっていたのだろう。

 ――ゲーム、意外と役に立つじゃないか。


 あれ?


 だけど、その手首をつかもうとしている俺の手も、同様に遅かった。


 しまった。


 目と指は達人クラスでも、それ以外の鍛えていない部分は凡人のままだったのだ。

 いや、ほぼインドアの俺は体の運動神経が普通よりも劣っていると言っていい。


 何とか男の腕を先につかんだものの、力負けしていて親指が滑る。

 両手でつかみに行くが……男の向けたナイフが今度は俺の腹に向かって伸びてきた。

 刃を払うか、それとも、つかみに行くか。

 ここは焦らない方が良い。


 海兵隊マーシャル近代戦闘術アーツ(MAMCP)では、安全に払いでナイフの先端の軌道をそらして――そらせない!?

 こなくそっ!


「あがっ!?」


 急にスピードが元に戻った。

 ドスっという音とともに、目の前に飛び散る血。

 誰の血か考えるまでもない……俺の血だ。

 ナイフが俺のお腹に刺さっていた。


「ひいっ!」


 それを目撃した人質の女性が、目を剥いて甲高い悲鳴を上げた。


「おい!」「今だ!」


 周囲から別のサラリーマン数人が男に飛びかかり、男の手からサバイバルナイフが離れた。

 

 俺のお腹に刺さったままだけど。とにかく、ストーカー男は取り押さえられのだ。

 ふう、良かった、とにかくこれで一安心だ。一時はどうなることかと思った。


「いっつ」


 落ち着いたところで、ひとまずサバイバルナイフを抜こうとしたが、かなり深く刺さっているようで動かすだけで滅茶苦茶痛い。

 あと、血って、こんなに生温かいんだな。うえぇ、自分の血でも気持ち悪い。


「待った。それ、下手に抜かない方が良いですよ。ここじゃ止血ができないし、出血が酷い」


「そ、そうですね。あ、救急車」


「もう呼んでます」


 頼もしい。


「あの、どうもありがとうございました。私、もうダメかもって」


 ストーカー男に捕まっていた女性がお礼を言ってきた。


「ええ、いや、気にしないで下さい。ここっこれくらい大したこと無いですよ、ドュフッ、ハハ」


 女性とほとんど話したことがないので、俺はそう言ってどもりながら照れ笑いした。

 そう、たぶん、これくらいじゃ現代医学では死なないだろう。心臓に刺さったわけじゃないんだし。


 死なないよね?

 でも、うう、なんだか体に力が入らないし、背中に悪寒がしてきた。

 コンビニの外を見ると、雪がちらつき始めている。

 とんだホワイトクリスマスになってしまった……。


 ドサリ、と音がして、気が付くと俺は床に倒れていた。

 あれ? 力が入らないな。


「あっ、しっかり!」

「誰かタオルを! 止血しないと」

「AEDだ! AEDを持って来い!」


 周りの人達が慌ただしく叫んでいるが、スピーカーのボリュームを絞ったように、だんだん音が小さくなり、遠のいていく。音だけではなく、明かりも。

 体が冷たい。これ、やばくないか?

 そう思ったものの、自分ではどうすることもできない。


 嘘だろ? ハードディスクとフィギュアの処分、どうしよう?

 夏発売の新作ゲーム、やりたかったなぁ。面白いゲームはまだまだたくさんあったのに。

 リアルの彼女も欲しかった。夜景の見えるレストランで高級料理を腹一杯食ってみたかった。

 こんなことになるなら――もっといろんなことをやっておけば良かった。


 でも、もう手遅れだ。


 やがて――世界がさらに暗くなると、俺には何も聞こえなくなり、何も見えなくなった。

 闇の沼に沈むように。

 わずかばかり残っていた意識も、ゆっくりと薄まっていき、最後には消えた。

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