33 謎の差し入れ
ロネットが俺の管理者となった夜が明けた。
「アキヒコさん、ファナさん、起きてますか?」
朝早く、俺たちが泊っている宿の部屋の扉を叩いてロネットの声がした。
「むにゃむにゃ」
ファナが俺のベッドに入り込んで寝息を立てているので静かに起きだしてロネットの声に応答する。
「おはよう、ロネット。俺は起きてるけどファナは爆睡中」
なんだかんだここ最近俺は安眠できずに居て眠りも浅い。
ファナの方も安眠はしないようだったのだけど、今夜はかなりぐっすり寝ているようだ。
「おかしなことはしてませんよね?」
「刻印に設定してないのか?」
割と便利な囚人刻印だろ。
卑猥な事をするなとか設定すれば出来るはずだ。
ロネットの様な慎重なタイプがそんな初歩的なミスをするとは思えない。
おそらくは……。
「……すみません。実は設定してました」
「やってたのかよ。なら疑うなよ」
やはり設定済みだったか。
どんだけ疑われてるんだろうな。
「失礼しました」
「アイツ、あんまり安眠しないタイプだから寝かしておいてくれないか?」
「そうなんですか?」
「ああ、なんか悪夢をよく見るみたいでな。かといって悪夢から覚めるのも嫌らしいんだ。夢を見ずに寝てるなら安らかに寝かせてやりたいと思うもんだろ?」
珍しく熟睡しているんだ。
寝かせてあげておきたい。
「なるほど……ふふ、優しいんですね」
「信じろって言った奴だからな。礼もあるし、気くらい利かせる」
ファナが信じて、守ってくれたんだ。
俺も頼みくらいは聞くし、思いやり位掛ける。
「そういう事にしておきますね」
「んで、なんか用か? もう次の依頼にでも出るって所か? それとも朝の祈りとか洗礼をさせに来たのか?」
「いえ、朝食を持ってきただけです。部屋までは用意できたのですけど食事を食堂で食べるのは許可がおりませんでしたので」
なるほどね。
ロネットはそう言ってスープの入った容器とパンを俺に二人分差し出す。
「ありがとう」
「いえいえ、それより朝の祈りと洗礼を私が強要しようとしているなんて思うのは心外ですので、勘違いはしないでくださいね」
「なんだ。強要しないのか」
こういう異世界のクソマジメな僧侶って布教活動とか熱心だと思っていた。
「冒険者界隈で無理やり信仰を広めても反発を生みかねません。私は個人の意思を尊重しているんです。己の行動でアキヒコさんが朝の祈りをしたくなるように見せるだけですよ」
強制しないスタンス……ね。
まあ何処まで本当かは疑わしいけど、別に良いか。
あの頭のおかしい聖女よりは遥かにマシだしな。
「ああそう。そうだ。朝飯の礼にこれを貸すよ」
俺はロネットに残り二個になったヒールシロップの瓶を一つ。
「これは……」
「ああ、なんか俺に送られてきた差し入れだ。パンを食べる時の調味料として食べると良い。あとで返してくれよ」
「ありがとうございます。ヒールシロップですね。見た所かなり上質なシロップですね」
蓋を外してロネットがシロップを舐める。
ふむ……この反応、差し入れの主はロネットじゃなかったのか。
てっきりの管理者になるための申請をしている間に送った代物だと思ったんだが、違うようだ。
しかし、そうなると誰がコレを送ってきたんだ?
心当たりが完全になくなったんだが……。
『キュー!』
お前は無理だろう。
できたとしてもロネットの様な協力者が必要だ。
俺にそんな知り合いは居ない。
「そうなのか?」
「はい。しかもこれは、中々回復量があるんじゃないかと思います」
「傷薬代わりに使ったな」
ファナにも投げて使ったし、ヒーリングサークルの回復効果の上昇にも一役買っている。
「スープが冷めちゃいますから後で温めてくださいね」
「ああ」
熱した石とか入れると温められるし魔法の類を利用したりするんでスープが冷めてもみんな気にしないんだよな。
ファナって元々猫獣人だからか猫舌な所があるし、温めるか起きてから聞いて温度調節すれば良い。
「1時間後に出発しましょう。依頼はルアトルが受けに行きましたので」
「了解。昨日みたいな事が無いのを祈るしかないな」
「その件は謝罪します。マリーゼったら聖女って職業を授かって育ったのでワガママな所があったのですけど、どんどん拍車が掛かっているみたいです」
「アイツってどんな関係な訳? 知り合いみたいだが」
「同じ教会での先輩後輩ですよ。教義とか色々と……聖女って職業を得ただけでは評価されない所で色々と教えたんです」
ああ、なるほどロネットは普通のプリーストだけどアイツにとって明確に先輩だから横暴に相手できないのね。
ただ国の評価とか立場は上って感じの。
「とにかく、これからよろしくお願いしますね」
「ああ……よろしく……最初からロネットに色々と甘えていたらこんな事にはならなかったのか……」
良い人だから甘え過ぎたくないと思ってしまったのが俺の罪だったのだろうか。
素直に魔物使いの学校に借金でもして入るべきだったのか……そうすればライムにやってもいない罪を被されることも無く、囚人にもならなかったのだろうか?
今更意味の無い事ではあるが、考えてしまう。
「その自立心はとても大事な事ですよ。甘えてばかりでも成長は出来ません。どうやらマリーゼが信仰してしまっている勇者様は随分と甘やかされているようですしね」
ああ、村中の野郎な。
ポンコツニートはもっとがんばらないとダメだろ。
とは思うけど、Lv上げて転職したら勇者様ってのに本当になるのかね。
どこの遊び人が転職して賢者になるゲーム世界なんだって話だ。
魔物を使わない魔物使いも似た様な気もするが、将来性のある奴は羨ましい限りだ。
「それに……私が斡旋してもどうやら却下されるように仕組まれていたそうで……我流の方も多いので一概には言えませんよ。学校に入ったけど碌に教えてくれないなんてひどい所もあります」
「……」
国が斡旋する高額の学部ならしっかりと教えてくれるそうだが、ロネットの話だと城を追い出された俺はどれだけ金を積んでも魔物使いの訓練校への入学は拒否されていたらしい。
開いている所は悪質な訓練校で金だけ奪われて……なんて話が聞こえる所だけだったとか。
あの聖女め! どこまで俺に被害を与えれば気が済むんだ。
「えっと、此度の騒動もあってアキヒコさんに囚人でも受けられる魔物使いの学習カリキュラムを組むように申請しようと思っているのですが――」
「純粋な善意だろうが、悪いが魔物使いとしてやっていくつもりはない」
何が魔物使いだ。
魔物なんて信用できない奴らと一緒に行動なんて出来るか。
魔物ってのは恩知らずな連中で人々に迷惑をかける奴等だ。
でなければ魔物なんて名称にはならないし、沢山の人々に迷惑を掛けてきたから冒険者の獲物になっているんだ。
きっとその中で便利そうな個体を魔物使いを名乗る業者が使いつぶしているんだろう。
そんな魔物を使う汚れ仕事に就かされている方にもなれってんだ。
「そうですか……わかりました。不快でしょうが今日からよろしくお願いいたします」
「わかった。それと別にあんたが悪い訳じゃないさ。悪いのは全部聖女と魔物だ」
「……それではごゆっくり」
そんな訳で朝の挨拶を終え、朝食を部屋にある机に置いておく。
朝食はファナが起きてからで良いよな……。
なんて思いながら窓辺でぼんやりと空を見つめる。
穏やかだ……こんな気分がずっと続けば良いんだけどな。
「ん……んんん……」
ロネットから朝食を受け取ってから二十分くらい経ってからファナがゴロリと転がってからむくりと起き上る。
「……」
くしくしと猫を連想する顔を洗う動作をファナはしてから周囲を見渡して、半眼で深くため息を吐く。
なんだか不機嫌そうに見えなくもない。
「おはよう。随分と不満そうだな」
「あ、アキヒコ。おはようー別に不満って訳じゃないよ……夢を見なかったってだけ」
お前、なんかいつもうなされてること多いもんな。
夢を見ないのが不満なのかね。どうにもよくわからん。
ここでふと思い出す。
確かファナって貴族殺しで収監されているんだっけ? なんで貴族殺しをしたのか聞いてなかった。
と言うか俺はファナに関してまともに知らない。俺は色々と愚痴っていたけどさ。
家名を嫌っていて死にたがりで痛みを……罰を自ら望んで引き受けようとすらしているように見える。
これがどう貴族殺しの罪と重なるんだ?
「ファナ、そういえばお前ってなんで収監されてるんだ?」
引き回しされている時は人の姿を取っていたのはわかるけどさ。
バーサーカーとして戦意高揚して暴走し、雇用主の貴族を殺してしまいました……だったとしたら辻褄が合わない気がしてしょうがない。




