371.ステュムパリデス
「真っ暗だ!」
ボス部屋はレオの言う通り真っ暗。
「【暗視】が効かないのはボス登場時の演出かな?」
ペテロが言う。
暗闇の中、ざわざわとした気配と金属が擦れ合うような音が上から聞こえてくる。
「今のうち付与しちゃう。ホムラも【黒耀】お願い」
お茶漬がさっさと器用さの上がる付与をかけていく。
ボスもおそらく鳥なので、【投擲】系に補正がつく基礎能力の底上げのためだ。
「……それにしても長くないか?」
【黒耀】を呼び出しパーティーの防御をあげながら、言う。
ボス登場の演出にしては、ただ暗い時間が少々長い気がする。
「音、変わった!」
そうペテロが叫んだところで黒い空が割れて、まだらな灰色が広がる。そして剥がれるように次々落ちてくる何か黒いモノ。
灰色は黒いものが覆っていた空だ。
「ぶええええええええっ!」
「何だ!?」
叫びながら回避行動を取るレオとシン。
「【鉄傘の守り】でし!」
菊姫が上空からの攻撃に対する防御スキルを発動。その名の通り、傘のようなドーム状のエフェクトが現れる。
「あれ何? 突き刺さってるけど」
お茶漬が目を眇めて言う。
ナベット型――先端の二つが尖った小舟みいたいな形をした黒いものが、たくさん地面に突き刺さっている。
動きがないのでつい突き刺さったそれを眺める私たち。
突き刺さった何かから翼が出た。そしてそのまま羽ばたき、上に戻ってゆく。
「うを! 鳥か!」
「空が黒いの全部鳥!! ムクドリよりすご!!!」
シンとレオが上を見上げる。
「突き刺さる嘴。これまた降ってくるの?」
「『ステュムパリデス』、嘴と羽根の先が青銅の鳥だな。ギリシア神話のヘラクレスが追い払った怪鳥だったか。話の中では毒持ちだ」
倒したことがないので名前しか【鑑定】できんが、確かそんな鳥だ。
レアの『ステュムパーリデスの青い鳥』は6羽だけだったのに、群れている。パーが伸びるのと伸びないのとの違いはなんだ。フィーリングか?
「毒……。報酬も毒かな?」
ペテロの機嫌が良くなる。
「なお、毒は糞の模様」
「い・ら・な・い」
ペテロとそんな会話を交わしたのが良くなかったのか、上から雨のように降ってくるものがある。
「ひいっ!」
菊姫の悲鳴。
「ぎゃあ!! 過去一嫌!!!!」
お茶漬がシンの上着の背中を持ち上げ、頭上にかざす。
よかった、私配置がお茶漬の後ろで。
「『ウォーターウォール』!!!」
ほっとしてる場合じゃない。
慌てて魔法で水の壁を出現させる。
「【風魔法】『ウィンドエッジ』」
Lv.40の重ねがけ。
風の刃が飛び、対象にダメージを与えると共に増える魔法。一度当たった後の刃はすぐ消えてしまうので、今のように敵が密集しているほど効果がある。
「ああ。さすがボスというか、やはり物理でないとだめか」
『ウィンドエッジ』に当たった鳥がよろめき、一瞬落ちるがすぐに体制を立て直す。
「いやいや、頭上の糞止まったぜ!」
シンがかいてもいない汗を拭う仕草をして言う。
「地面白煙噴いてるでし。あたったら色んな意味で嫌なダメージもらいそうでし!」
おそらく職業柄一番攻撃を食らうだろう菊姫が半泣き。
「わはははは! ダガーを所望する!」
「いや、この量を単体攻撃じゃ無理でしょ」
レオにお茶漬が却下を下す。
「弓職なら範囲スキルあるんだろうけどね。とりあえず何か思いつくまではちょっとでも減らそう」
ペテロがそう言うので【錬金魔法】で『金のダガー』を出す。
出しながら私も攻撃。このルートで有利な遠距離物理攻撃と同じような効果を出せるのは【金魔法】。だが金属の羽根を持つ相手に【金魔法】は微妙な気が……。ああ、相手は金属か。
「【水魔法】『アシッドレイン』」
lv.40、酸の雨を降らせる。
雨に羽根を穿たれ、よろよろと高度を落とすステュムパリデス。今度こそ、攻撃が届く場所まで高度が落ちた。
「おー! 落ちてきた!」
「うをおおおおおお!! 狩り放題だぜ!!」
シンがさっそく突っ込んでいく。
炎の拳で次々倒してゆく。今ままで殴れない敵にストレスが溜まっていたのだろう。
シンは一応【火魔法】も使うが、大したダメージにはならない。代わりに拳や蹴りに乗せればダメージは跳ね上がる、そういうスキルを取ったのだそうだ。もともとステータス的に魔法系のダメージは上がらないので、魔法での攻撃は捨てたようだ。
遠距離攻撃は【気弾】もあるのだが、こちらは気力が持たず連発はできないと言っていた。
どうも私たちは大物狙いというか、大ダメージを与えられるスキルはあるが、数の多い飛んでいる敵相手の燃費のいいスキルに乏しい。遠距離物理職がいないので効率が悪いのは仕方がないのだが。
「なるほど金属腐食する。把握」
お茶漬が頷く。
「毒にも弱いかな」
そう言ってペテロが戻ってくる。
いつの間にかシンより先に攻撃を終え、戻ってきたようだ。毒を振り撒く鳥のくせに、毒に弱いらしい。
「あ、回復しちゃったでし」
ステュムパリデスの羽根に空いた穴が塞がり、上に戻ろうとしている。
「シン、レオ! ちょっと私より後ろに。広範囲に毒を使うよ!」
菊姫の前に出てペテロが宣言する。
「ぎゃあ!! 味方に殺される!?」
「ひゃ〜っ」
ばたばたと慌てて戻ってくる二人。
「まだ何もしてないでしょ」
紙を折り畳んだ長細いものを取り出す。
「【毒の便り】」
ばっと折り畳まれていた紙がぱたぱたと広がり、最初の見た目の質量を超えて伸びてゆく。
何やら書かれている文字が、滲み、揺らぎ、靄となって紙から広がる。
広範囲に広がった靄に触れたステュムパリデスが真っ逆さまに地面に落ちて、数を減らしてゆく。
「うっわ、ボス相手にえげつない効果でし」
「代わりに準備が大変なんですよ」
引いている菊姫に微笑むペテロ。
ペテロの使う毒のスキルは、指定のアイテムを用意しなくてはいけないものが多い。それは毒そのものだったり、今回の文だったり鵺戦の時の縄だったりだ。アイテムを使わない、純粋にスキルの能力だけの毒もあるようだが、それは効果がいまいちと言っていた。
「毒忍者が楽しそうに用意してる現場が、クランハウスで多々目撃されてますね」
お茶漬が言う。
ああ、居間でごりごり生産してるな。確か、毒を作る前の準備素材だったはずだが。
「やばい毒は持ち込んでませんよ」
にっこり笑顔のペテロ。
いかん、これ持ち込んでる顔だ。
「って、ステュムパリデスが」
空に残ったステュムパリデスが1箇所に集まっている。
ただ集まっているだけではなく、くっつき融合し、1匹の大きな鳥の姿をなす。羽根の先だけ金属だったはずが、広げた翼が全て金属。嘴と鉤爪は大きく、鉄の色をして鈍く光る。
「うをおお!! ロボ!! 合体だーーーー!!」
レオが大興奮。
「鳥ロボ!!」
鶏そぼろみたいなことをシンが叫ぶ。
「単に大きくなっただけでしよ?」
「いや、顔も金属で覆われたじゃん!」
「くぅ! マッハで飛ぶマシン感!!」
ドライな菊姫のツッコミにも関わらず興奮しっぱなしな二人。
「ロボでもなんでもいいけど、来るからね!」
「はいでしよ!」
お茶漬のセリフに菊姫が盾を構え直す。
「【時魔法】『ハイヘイスト』」
「サンキュー、サンキュー」
「ありがと!」
「感謝する!」
駆けてゆく3人。
「影も身の内、体の内、【身代わり影代わり】」
ペテロが影に攻撃を仕掛けると、ステュムパリデスが悲鳴をあげて身を捩った。
「ぎゅぎゃああああああ」
ダミ声で鳴いて翼を広げたかと思うと畳んで、回転しながら猛スピードで突っ込んでくるステュムパリデス。
「気合入れて止めるでし!」
ステュムパリデスの嘴を大剣で受け、じりじりとHPを減らす菊姫。
がりがりと回転するステュムパリデスとの力比べ、菊姫が下がった分大きくダメージを食らうらしい。
「うわ、羽根も飛ばしてきそう」
お茶漬が菊姫を【回復】しつつ、少し下がる。
ステュムパリデスの羽根が逆立ち始めている。
「させねえ! 【氷結の刃】!!」
レオの放った氷の刃がステュムパリデスに刺さると、白い霜が広がり、それを追うように氷が広がる。
逆立った羽根は途端に閉じ、ステュムパリデスは空へと戻ろうとしている。
「ちょっと! もしかしてスキル阻害?」
「おう! ファルにもらったの思い出した!」
「またそんな戦術的に重要なスキルを……」
ペテロがもったいないという顔をする。
確か、金のレオ、銀のレオの時にもらっていたやつだな? 随分前な気が。
「【虎】『蹴』! 【獬】『撲』! 【龍】『蹴』! 【天】『蹴』! 【鳳】『蹴り』!」
シンがステュムパリデスを追って、コンボを仕掛ける。どうやら自身の上昇効果付きのようで、空を駆け上がっていく。
「【神聖魔法】『天輪』」
Lv.50。【神聖魔法】には珍しい攻撃系。
ステュムパリデスよりさらに高い天に光の輪が現れ、放射状に光を放ちながら落ちてくる。その輪をくぐった敵は大ダメージを食らう。アンデット系に強い魔法。
「派手でし!」
菊姫が叫ぶ。
「うをおおおおおお!! 【鳳凰秘拳】」
シンがステュムパリデスにコンボの締めを叩き込む。
「わははは! こっちも派手だ!」
レオはどこか花火を見てるみたいな感想。
《初討伐称号【星屑降る夜】を手に入れました》
《初討伐報酬『アルテミスの弓弦』を手に入れました》
《お知らせします、迷宮蒼天ルート地下40階フロアボス『ステュムパリデス』がレオ他五名に討伐されました》
《ステュムパリデスの矢羽×5を手に入れました》
《ステュムパリデスの鉤爪×5を手に入れました》
《ステュムパリデスの飾り羽根を手に入れました》
《ステュムパリデスの魔石を手に入れました》
《ブラックパール×10を手に入れました》
《魔力の指輪+3を手に入れました》
《『必中の鏃』を手に入れました》
「今回もアナトじゃなかったね」
報酬のアナウンスを聞きながらペテロが言う。
「シンはいったいどのレベルのクエスト受けたの?」
「俺にもわからん!」
半眼で聞くお茶漬に堂々と答えるシン。
「わはははは! シンは色んなとこ出入りしてるからな!」
「どこで何してきたんでしか」
「私はシンの受けたバナナクエストが気になる」
「聞かないで!? おじさんにも謎おぉ!」




