164.雑貨屋での食事
ストレスがたまったり、もやもやすると、現実世界では旨いものを食いに行くか、とっとと寝てしまうのが常だ。異世界では料理をする方に走る、好みな味の旨いものをつくり、見目も美味しそうに盛り付ける。現実世界では手の込んだ料理を作るのは片付けが面倒で嫌だが、こっちは片付けがほぼ無いので気楽だ。
何がストレスかって? ラピスとノエルへのスキル開示を棚上げしているところにもってきて、カルが上機嫌で大変不穏な気配。スキル開示のカウントダウンをされている気分だ。
そして【技と法の称号封印】に不具合発生中。【傾国】を封じたらEPの減りがですね、休憩ログアウトぐらいなら平気だが、現実世界で寝て仕事に行って遅くなったら、神殿な気がそこはかとなく。起きている時なら食べてEPを回復できるので、神々から贈られた称号を四つ封じることができる。戦闘中は二つが限界だろう。一つは【傾国】固定だし、選べるのは一つだ。
神々からの称号などの強力な称号でなければ封じる数が増やせるのだが、そっちはあまり封じても意味はないというか、封じなくても怪しまれない部類というか。
そういう訳で料理をしている。
山葡萄ジュース、結構濃厚なので小さな良く冷やした杯に。
数の子入り松前漬け、昆布巻き、煮鮑、豆腐、斑鴨のテリーヌを一つの皿に少量ずつ盛り付けて前菜っぽく。
昆布締めした紅葉鯛、とれたてのプリプリしたものも美味しいが、鯛はしばらく熟成させてねっとりした甘さに。魚だってタンパク質なのだから、肉と同じく熟成したほうが旨いものだってあるのだ。透明烏賊を細く切ったもの、透明といっても少し白をはらんでいる、まあ、海中では姿が見えないレベルだ。白の中に赤い一角鮪の刺身。白い大根のツマと赤と緑の海藻。
海藻よりも、本当は紅蓼、季節が違えば、穂紫蘇を添えたい。この季節、目にも鮮やかな黄色の食用菊も欲しいところ。そして西洋ワサビしか持っていないことを思い出す、早くフソウに行かねば!
鋼甲羅蟹を乗せた海藻の酢の物。ふわふわの甲殻海老しんじょ、青若鮎の塩焼き、タマとミーの卵で作ったプルプルの茶碗蒸し――鶏肉と海老は下味を先につけて水っぽくならないように――、牛肉の青朴葉味噌焼き、ご飯。サッカーボール大から熱を通すと見慣れた大きさまで縮んでぷりぷりになる巨大アサリの味噌汁。
生物が苦手なレーノの刺身は甲殻海老のニンニク醤油蒸し。ノエルとリデルのものは全体的に量を控えめに、ラピスは恐ろしいことにガラハドと同量で大丈夫。どこにはいるんだろうか?
足りないだろう人用に春先に溜め込んでいた山菜の天麩羅。
米が減る! などとは考えない! 旅館の夕食風だ。
「茶碗蒸し? これうめぇなあ!」
「天麩羅ですか、これもおいしいですよ」
「主、アイスが美味しいです」
「タルトもいいわよ」
全員揃った夕食時、春さんとタマミーに完敗。脳内にポチが勝鬨をあげて長々と鳴いているのを思い浮かべながら茶碗蒸しを食べる。悔しいことに絶品です。天麩羅もサクッとした衣が主役な感じなところに山菜のほろ苦さ。甘いものに関しては触れるまでもないだろう。大半が水な味噌汁も……完全に素材が勝っている。
ご飯も水のおかげで美味しいが、これは卵を使うパスタとか、牛乳バターたっぷりのパンが良かったのではなかろうか。ホットケーキを五枚重ねとかにしてバターとハチミツをかけ、ミルクアイスを添えたらものすごくテンション上がりそうだ。いつもの二人組だけでなく、全員が。……、いや待て、ラピスとノエル、カミラはともかく自分も含めて他の男どもがホットケーキ前に恍惚とした表情の絵面は怖い。和食で良かったんだ、私の選択は間違っていない。今現在だって十分いかがわしい、人の顔見て我が顔引き締めろ!
ラピスは無表情気味ながらも、背景に花が飛んでいるのが見える気がするくらい、耳をピコピコさせて嬉しそうに食べている。リデルはラピスのその姿を見て、ラピスと同じものを口に運んではニコニコしている。
ノエルは……、ノエルはダメな大人の様子が気になるようだ。潤んだ目を通り越して涙浮かべて恍惚としている大人は見ないであげて欲しい。その驚いてぼわっとした尻尾を触りたい私もダメな大人だ、固まっている今がチャンス? いやいや、自重自重。
……米も、フソウに行くより今現在持っている種籾で【庭】で水田を作ったほうが、ファルの水の効果で高ランクの米が出来そうな気がする。酒も醤油も水を替えて作り直そう。
どちらにしてもフソウへは山葵や他の日本らしい食材を探しに行く気だ。山葵は種を手に入れるなり株分けで増やすなりどちらでもいいが、とりあえず沢山葵にすればこっちもファルの水の影響をモロに受けるはず。
ああ、台所に『アシャの火』が焚ける竃を作ってもらわねば。今現在の設備は、ほぼ現実世界の設備と変わらない。味気ないけれど便利だ、が、『アシャの火』を使える環境ではない。――【家】の方は竃に合わせてレトロな感じで揃えようか。
選択といえば、ガラハドたちが合流した後、しばらく食事を選び棚から出して並べていたのはカミラだった。
ある時彼女は、大人と子供に別の料理を出した。具体的には、ケチャップの赤との対比が目を引くオムレツ、やたらオレンジ色なスパゲティナポリタン、ハンバーグに目玉焼きを乗せて、エビフライにはタルタル、さあ旗はどこに立てる!? という、いわゆるお子様ランチをラピスとノエルの前に置いた。確か私たちの前に出されたメニューはローストビーフやら冷製カボチャポタージュやら、まあ品のいい料理だった覚えがある。
「ラピスは大丈夫っぽいけれど、ちょっと量が多いんじゃないかしら……」
量の心配をしつつ、ノエルを見るカミラ。見られたノエルはといえば、お子様ランチを見て困ったような顔をしている。ノエルは、お子様向けのわかりやすい味が、濃かったり単調に感じるらしく、あまり好きでない。
そして一人、捨てられた子犬のような眼をしてお子様ランチを見ている。正確には二人なのだが、もう一人は見ていることしかわからん。ノエルはともかく、大人は自分で交渉してほしいのだが。
困惑するノエルの前からお子様ランチを持ち上げ、カルの分と交換する。量が多いのはもともと大人向けに作ったものだからだ。
「え、あら?」
私がノエルとカルの食事を交換するのを見て、レーノもラピスに目で訴えたらしく、戸惑うカミラの前でこの二人も交換。ラピスは肉が好きなようだが、好き嫌いなく美味しそうになんでも良く食べる。
「ではいただこうか」
「「「「いただきます!」」」」
四人の声がハモり、四人それぞれ美味しそうに食べ出す。カミラとガラハド、イーグルが固まっている。
「ジジィ、いつも優雅に晩餐食ってたじゃねーかよ」
「ランスロット、様?」
「待って、お子様ランチお二人用だったの?」
あれです、レーノはともかくカルの好みに衝撃を受けているようだ。視線の先のカルは優雅さはそのままに、大変幸せそうにオムレツを口に運んでいる。
レーノも肉はイマイチらしいのだが、ハンバーグは好きらしくこちらも幸せそう。
あの時、三人の最強騎士像が打ち砕かれた音を聞いてしまったかもしれない。などと思いつつ、カルの淹れてくれた紅茶を飲む。紅茶もいい茶葉が欲しいところ。
「主、報告があります」
以前のことを思い出して油断してたら来ましたよ。
「ナンデスカ?」
「何故片言なのかはこの際置いておいて、本日無事に神殿へのアイテム返却が終了しました」
さわやかな顔で告げてくるイケメン。話的にもすっきり爽やかな内容だ、私以外には。
「討手に関しては、主に迷惑をかけぬよう、容貌を変える方向で行こうかと思っています。その際、ガラハド達から辿られるおそれもありますので、合意を得られれば一緒に、と考えています。そのための手段はすでに準備済みです」
その手段というのが大変気になります。ものすごく最近見た夢を思い出す。聞いてるだけで冷や汗が出てくるのだが、突然名前を出されたガラハドは何だ何だという顔をしている。
「まあ、私たちも帝国からの扱いは微妙だろうからね」
「そうね、迷惑はかけたくないし、同胞と戦うこともしたくないわ」
「見てくれなんかにこだわりゃしねーしな」
止めろ! 同意する方に傾くな!! 私の見た夢フラグは危険が危ない!!
「では三人とも同意、ということでいいかな?」
爽やかな笑顔ではっきりした返事を三人に促すカル。言質、言質なの?
「ああ、それで……」
「ストップ! そのままでいい! 私はその姿が好きだ。討手が騎士ならラピスとノエルに無体なことはせんだろうし、そのままでいろ。危ないと思うならラピスとノエルに争いから逃げられる術を教えてくれ」
合意しようとしたガラハドの言葉をさえぎって一気に言い切る。
「逃げる術は教えるけどよ。可能性は低くしといたほうがいいんじゃないか?」
面食らったようにガラハドが言う。
「同性にこの姿が好きだと言われると、喜んでいいのか微妙な気になるね」
「私は嬉しいわ」
いや、カミラは化粧を落とした清楚系でもいいぞ、私。すっぴんならむしろそっちが「そのまま」だろう。
「いい方法だと思ったのですが」
残念そうに言うカル。
「いやもう、夢見が悪くてな……」
「夢? どんな夢だ?」
「具体的に言うと、ガラハドとイーグルが女性になってた」
カルもだが。討手から逃れるために、男三人が女性に、カミラがすっぴんで服も肌を隠した白いワンピース姿に、それが最近見た夢。あの夢でも首謀者はカルだった。
「ぶっ!」
「ホムラ君? 変な想像しないでくれないかな?」
夢の内容を端的に告げると、ガラハドが噴き出し、イーグルが暗雲を背負った笑顔で言う。
「すまん、私もなんであんな夢を見たのか……」
「いい方法だと思ったのですが」
カルが同じことをしみじみと残念そうに繰り返す。
三人が私と話していた表情のまま固まった。
ギギギギッと音がしそうな動作でカルの方を見る三人。
「ジジイ?」
「ランスロット様?」
「まさか……」
「お側にいるなら、主もその方が楽しめると思ったのですが」
「怖いこと言うなあああああああっ!!!」
しみじみと言うカルに、ガラハドがたまらず叫ぶ。
「ランスロット様……」
自分の眉間をグルグリと揉むイーグル、無言でドン引きしているカミラ。
危ない、本当に危なかった。
シリーズのこぼれ話にある「初夢」とリンクした話になっております。
読まなくても大丈夫ですが、興味がありましたら




