157.シンボルツリー?
「やっぱりひどいよな?」
「そう思うなら何故ここまで……」
イーグルがこめかみに手をやりながら聞いてくる。
島は変わらず星々の光を受けて地面に梢の影を落としている。そして外周は黒々とした雲が渦巻き、時々白い稲妻が走る。島付近の海は大荒れなんだろうか? 勘弁していただきたい。
「いや、パルティンがやらかした状態がこれなんだが、カルとレーノと一緒に来た時は反応が薄くてな。ちょっと自分の中の常識が違うのかと不安になった」
「ホムラの、常識……?」
ちょっとカミラさん、何故そんなに不審げなんだ?
リデルは私たちのやりとりをおとなしく聞いているが、新しい場所が珍しいのか時々首を傾げながらあちこち眺めている。
「とりあえず、この島は二重カルデラっぽくなっていて、内側の崖の中にはミスティフが住んでいる。あの辺りにミスティフとの面会用にパルティンの離着陸場をレーノが作る予定だ」
そう説明して他の崖の頂上より、心持ち平な場所を指差す。
「離発着……」
「こう、パルティンのことはレーノからも聞いてっから、ダメージ少ないかと思ったのに見ると聞くじゃ大違いだな」
「まあ、ここでミスティフと逢ったら、パルティンか私の名前を出せば問題無い。向こうから寄ってくることも無いだろうがな」
パルティンが外部からの上陸手段はことごとく潰す宣言をしているので、ここにいる人間は私が転移を許可した者だけである。そして、あまり長く外にいると魔物が寄ってくるので宜しくない。
「で、さらに【箱庭】か」
一旦家の中に入って、振り返って反対の扉を開けると、だだっ広い草原に牛の牧歌的光景。200メートル×200メートルの4ヘクタールくらいの範囲が見渡せるが、それより先はもやがかかったようになって見えなくなっている。
「なんか思ったより広い気がするのだが、これはあれか奥行きがあるように見せかけて実際行ける範囲は狭いとかか?」
牛を放牧する場合は一頭一ヘクタール必要だった気がするので足りていないと困るのだが。いや、見る限り牧草というか『神の庭の草』は、もしゃもしゃもぐもぐされても減っている様子が全くないので、狭くてもいけるかもしれんが。
「いや、見えるところまで使えるはずだ。【箱庭】は、どういう理屈か霧の中に入ると反対側の端にでるんだよ」
「あれだろ、俺たちも助けられたし、ラピスとノエルも助けてる上、神殿に食物寄進してたろ」
え、あれ寄進になるのか? 足止め目的だったのだが……。あれか心情はどうであれ誰かが助かればいいのか。
そういえば街中のクエスト達成のほうが、生産職が栽培やらをするスペースを確保できるようにか、【箱庭】は広くなりやすい、とお茶漬が言っていた。納品クエストカウントになってたとかだろうか。まあ、広い分にはいいとする。
「うをぅうううっ!!! いてええええええっ!!?」
考えに沈んでいたらガラハドの悲鳴。
声の出どころを見やると、トサカの立派なオンドリがガラハドに蹴りを食らわせまくっていた。連打です連打。
「きゃあ!」
「これがドゥルからの贈り物か!?」
威嚇しまくってイーグルやカミラも手が出ない様子。慌てて後ろから捕獲する。
《家畜に名前をつけてください》
アナウンスが来た。
「えーと。雄だしポチ?」
「コケッ」
「え。いや? なんでその選択なんだ?」
「オスっていっても鶏なんだけれども……」
「ポチにしては凶暴すぎっだろ!」
ガラハドが痛そうに顔をしかめながら抗議の声をあげる。
「クックルル」
「あ、くっそ。飼い主にはふくふくまるまるしやがって!」
確かに腕に抱いたポチは、先ほどとは一転、なんだか丸くふくふくと気持ちよさそうにしている。
「マスター、この子たちのお世話がリデルのお仕事?」
「できればお願いしたいかな? 動物は平気か?」
「はい、鳥は好きです」
「えー、こんなに凶暴なのに!」
私の腕に抱かれたポチを背伸びして撫でるリデルの横から、ガラハドがポチを突く。
「ぎゃっ!」
ツツキ返されている。
その後牛は春と、メンドリはタマとミーと名前をつけた。タマとミーも最初ガラハドに突進していって抉るようなツツキを披露してくれた。番犬ならぬ番ニワトリになれそうである。あれか、ガラハドは髪が赤いからトサカに見えて縄張りを荒らす同種だとでも思われてるのか?
……あとなんだか、名前をつけたあとにガラハドたちに残念なものを見るような目で見られたんだが。
「とりあえず春さん用に水桶が必要なのか?」
「あと木陰もいるんじゃないか? 牛は涼しいほうがよかったはずだ」
イーグルが助言してくれる。
「ああ、じゃあ何か植えるか」
【箱庭】がループしているのならば、柵などは必要なさそうだ。春さんとポチたちの相性は悪くない、畑ができたり、もっと飼う動物が増えた場合に考えよう。
「ふむ、大きくなってもいいようにちょっと離れたところに植えようか」
「植えられるようなものあるのか?」
「苗木が一本ある。……『幻想の種』もいけるかな?」
あの桃の種はどうしよう。
「『幻想の種』か。ファル・ファーシで出たやつだよな? 木なのかな?」
「草花だったりしてね、見てみたいわ」
「まあ、それも端にでも植えてみたらどうだ? ……ところでこのニワトリのヤローはいつまで人の頭に乗ってるつもりだ?」
春さんとニワトリ三羽がついてきているが、ポチはガラハドの頭の上に鎮座している。リデルは春さんに乗っている。いつの間に乗ったんだろう?
「分かり合えたライバル的ポジションだろうか」
「そのポジションじゃねぇだろ! ライバルでもねぇよ!!!」
「クックゥ」
「……なんだかいいコンビに見えるわ」
「まったく」
私とガラハド、ポチのやりとりに呆れたようにつぶやく二人。
「この辺か?」
「真ん中に植えるのね」
【箱庭】の広がる設定は家を起点に端が広がってゆく設定と、庭の真ん中を起点に広がっていく設定のどちらかが選べる。私は真ん中から広がる設定を選んだ。
「家の近くには畑を作る予定だしな」
「畑……」
「ホムラはどこを目指してるんだ、どこを」
頭の上にニワトリを飼っている男に言われたくない。
「リデルがお世話がんばります、マスター」
……ちょっと植えるのは花とかベリー系中心にしようか。リデルの小さな白い手を見て、若干申し訳ない気がして来たワタクシ。
苗を植えるべく地面を掘るが、土が露出した部分を瞬く間に『神の庭の草』が覆う。おい。
もしやこの草、本当に雑草……、いや、雑草という名の草はない。
「えーと、これはどうしたらいいんだ?」
「オレに聞くなよ」
「土を布か何かの上に乗せておいて苗を据えたら一気にかけるとか?」
「もう穴に生える草は気にしないことにしたらどう?」
試行錯誤の結果、あらゆる素材を加工できる状態にする【ルシャの下準備】を発動、無理くり土の露出する穴を作ることに成功。絶対使い方違うよな? 土もまあ鉱物の親戚なのか? さて、植えるのはやはりこれだろう。
『生命の木の苗』+【神樹】
「ぶをっ!」
「え?」
「なんだかやたら神々しいね。ホムラはスキルに【神樹】を持っていたんだったか。それにしても何の木にスキルを使ったんだ?」
相変わらず私より私のスキルに詳しい男、イーグル。
私たちの前には苗と言いつつ私の背丈を越すそこそこ大きな木が出現している。初夏の若葉のような色の葉と深い緑の葉の色がきれいな広葉樹。葉自体から湧いているのかぷつぷつと露が葉につき、キラキラと輝いている。いや、木自体がうっすら光っている。
「『生命の木の苗』だな」
「……聞いたことがねぇんだが」
「神々と宴会した時にもらった」
「聞かなかったことにしていいか?」
「頭が痛い気がしてきたわ」
「とりあえずこの大きさなら春さんがもぐもぐすることもなさそうだな。いや、下の枝葉はもぐもぐされる?」
「マスター、春は賢いから草以外食べないです」
「そうなのか?」
リデルさんや、いつの間に牛と意志疎通を成功させたんだい? まあ、ポチを見ていても賢い気はするのでそうなのだろう。さすが神々の牛。
春さんばかり気にしていたら、タマとミーが葉をつついていた。葉を食べるわけではなく、葉についた露を飲んでいるらしい。『生命の木の苗』から『神樹・生命の木』に変わった、木の葉についた雫をついばんでいたタマとミーが卵を二つづつ産んだ。
「ニワトリって一日一個産むのかと思っておったが、二個産めるのか?」
「俺に聞くなよ。『天の鶏』なんだし普通と違うんじゃね?」
「『生命の木』のせいかもしれないわね。どっちかしら?」
「両方初めて見るしな……」
銀色がかった少し大ぶりな卵。
「マスター、卵拾っておく?」
「ああ、頼む。タマとミーが嫌がるようなら無理せんでいいが」
まあ、産んだ後は我関せずと地面を蹴って掘り返したりしているので大丈夫だろう。リデルが小さな籐籠を出し四つの卵を拾う。卵を残してヒヨコを期待したいところだが、味見の誘惑に負けた。雑貨屋のメンツを考えると、四つでも足らない。
どうやらニワトリたちは『生命の木』につく露や、草露でもいけそうだが、春さん用の水はそうはいかず、樽の丈のままでは飲むのに高すぎるので、とりあえず樽を鉄輪の上でガラハドが一刀両断してくれたものを臨時の水桶にして設置。ちなみに水がなくなると消滅するのでそれまでに新しい水桶を用意せねばならない。
春さんの乳も欲しいのだが、スキルもなければ瓶もない。いや、【搾乳】は絞っていればスキルリストに上がってきそうではあるのだが。まあ、【ガラス工】のレベル上げをして牛乳を入れる瓶を作ってから、カジノに景品交換に行こう。結構なGを持っているので、家と庭の手入れに使えそうな【スキル】をさっさと取ってしまおう。
「さて、そろそろ朝だしお子様二人が起きる前に一旦戻ろうぜ」
「了解」
家の中もせめて台所の設置とリビングを整えるくらいせんと休憩するにも落ち着かない。まあ、『転移』ですぐに戻れるのだが。あ、リデルが戻れなくなったら困るので後で『転移石』を詰めるのに共有倉庫を設置しよう。
「主、おはようございます」
「主、おはよう!」
台所で調理をしているとラピスとノエルが起きてきた。
「はい、おはよう」
手を止めて振り向けば二人が嬉しそうに左右から抱きついてくる。ひとしきりなでた後、料理を運んでもらう。もう二人は痩せすぎでもないし、髪の手触りもだいぶ良くなった。そして尻尾の誘惑度数も上がっている。もっふもふとふっさふっさがががががが!
本日の朝食。
ごはん、レオにもらった『幻影ハマグリ』の潮汁。蜃気楼はハマグリが吐くんだったか? 小ぶりな『黒魔アジ』の塩焼き、胡瓜の浅漬け、ほうれん草の胡麻和え、そして卵焼き。私以外は箸が使えないので添えてあるのはフォークだが。
『黒魔アジ』も箸でほぐした身が柔らかく、塩気もちょうどよく美味しかったが本日の主役は卵焼き。一人一つ卵がなかったので迷った末に卵焼きになった。茶碗蒸しでも良かったのだが、朝食べるなら卵焼きがいいかな、と。せっかくなのでお米も使った、海苔が欲しい気がする。海苔……紙漉き職人を探せばいけるだろうか?
そんなことを思う間にも、目の前では大変いかがわしい光景が繰り広げられている。
ラピスとノエル、リデルはうぐうぐと子供らしく一生懸命卵焼きを食べてくれて微笑ましいのだが大人どもがですね。
「ああ、これは……」
「おいしいわ……ぁん」
「ヤバイ、ヤバイ……」
「主……おいしいです」
「至福……」
目を潤ませて感激している見た目がひどい。大の大人がフォークを口元にやったまま遠い目するな! 頬を染めるな!
人のフリ見て我がフリ直せ、である。あんな大人にはならないぞ!
何せ私には神々の宴会で耐性がある。……ドゥルの畑でトマトスパゲティを食った時って、私もあんな顔しとったんだろうかもしかして。ぐふっ(吐血)




