102.情報収集?
おはようございます
休みの清々しい朝です。
十時前は一般的には朝と呼ばない時間だがな!
本日はお茶漬けで、すまそう。昨日仕事帰りに食材は買ってきたのだが面倒なので簡単に。
山葵茶漬けに海苔とゴマを追加、梅干し一つ。少々物足りないきもするが起き抜けだし、直ぐに昼になる。
シャケもあるが焼いた後の始末が面倒。これは昼にホイル焼きにするのだ。ホイル焼きはホイルを捨てれば片付くのがいいところ。
インして冒険者ギルドに向かう。
宿屋の朝食はしっかり食べた、主人女将さん共にまた腕を上げた様子。こちらが朝で何より、冒険者向けの宿ではないので時間外は食事の提供がないのだ。
朝だというのに通りには人が多く、行き交う人も忙しそうだ。朝市の帰りらしい人もちらほら。冒険者ギルドに入るのは慎重に。どうにも私が近づくとエメルのボタンが飛ぶようなので慎重に。
受付嬢の仕事は基本カウンターの向こう側でのことだが、掲示板に依頼やお知らせを張り出す作業でロビーに出てきていることがあるのだ。
早朝の依頼の波が収まって、すこしゆっくりした雑務と休憩の時間帯。
緊急依頼以外は、だいたい貼り出す時間が決まっている。
空いたところに次々に貼ってしまうと割りのいい依頼が出るのを待つものが多く出てしまうからだ。
住人の駆け出しの冒険者は依頼の数をこなしたり、丁度いい依頼を先にゲットしようと早朝から来ることが多い。遅れてきた者は、次の依頼が貼り出されるのを待つよりは一つでも終わらせてきてしまおうと多少割がよくないがすぐ終わる依頼を受けて出て行く。
それが一段落すると少し難しい、けれど期間にも少し余裕がある依頼を受けにD・Cランクあたりの冒険者が来る。それまでに早朝の依頼で空いた掲示板に新しい票を貼り出す、F・Eランク向けの依頼ではあるがその上のランクの依頼で行く場所の採取依頼やら討伐依頼、――F・Eランク程度の依頼ではあるが少し遠かったりなんだりで貰えるシルと釣り合わずに著しく人気のない依頼――を混ぜて。
普段はCランク以上が駆け出しのためのF・Eランクの依頼に手を出すのは白い目で見られる類のことなのだが、この時間帯から出る依頼票だけは暗黙の了解で受けても何も言われない、むしろ歓迎される。
Cランクの依頼からは増えすぎた魔物をなんとかしてくれ!的切実且つ時間との勝負!みたいな依頼が混じるので高ランクが受けても特に文句は出ないのだが。
そしてまた昼過ぎにF・E向けの新しい依頼が貼り出される。
大変だな、住民の冒険者って。
などと考えながら資料室への階段に向かうと食堂から手に掲げる盆のコーヒーのカップに目を向けて慎重に歩く赤毛の受付嬢の姿が視界に入る。
「きゃっ」
一歩前に出て手を差し出すと、腕の中に赤いポニテが落ち込んでくる。
ちょーっと、腕が胸の位置に来たが許せ、不可抗力です。それよりコーヒーののった盆の処理で忙しいのだ。二十センチくらいの落差だが、こちらもそっと『浮遊』をかけて無事こぼさず回収成功。
「おおおおっ」
「うらやましいいいいいいいいいいいいいい」
「ぎゃああああああ!!!!」
「ナナさああああああああああああんっ」
「僕が支えてあげたかったああああああああああ」
受付嬢のおっかけは本日も出勤している様子。
なんというか、エメルはボタンを飛ばし、ナナは何もないところで躓いて私の前で転ぶプレイ。【アシャのチラリ指南役】の一環ですかね? 多分手を差し出さなければパンチラが見られると思うんだ。
ちなみにプラムは角を曲がるとぶつかるプレイ、ただ私が倒れないのでぶつかるだけだ。多分こちらも転んだら胸に手とか顔とかな予想。
ベタだ。
「ご、ごめんなさい!」
どよめきが上がったのは体勢を崩してスカートが少し乱れて普段見えないところまで太ももがあらわになったかららしい。慌てて離れながら真っ赤になってスカートを整える。
パンツまではいかなかったものの太ももチラリか。
「いや、気をつけて」
落ち着いたのを確認してから盆を渡して階段に向かう。
すまんすまん、どう考えても私のせい。ギャラリーの視線も痛いのでさっさと退散する。
気を使って忙しい時間を外す、とよく言うが、私の場合は受付嬢がカウンターから動けない忙しい時間にそっときて資料室に上がるのが正しいのかもしれん。
ギルドの受付嬢の朝は早いのだが、代わりに休憩時間は長め。依頼票が貼られる時間帯は戦場のような忙しさなのだが、過ぎてしまえば窓口の忙しさはそこまででもないので交代で長めの休憩を、ということらしい。工房の朝も早いし、お天道様とともに生活するのがこちらでは普通なのだろう。
「こんにちは」
「やあ」
「差し入れ」
「ありがとう」
資料室に入ってアルに挨拶する。
「お茶を淹れる、移ろうか」
資料室は飲食禁止なのだが、こうして資料室内にあるアルの私室というか資料編纂室というかに誘われることが増えた。ここでは飲食OKで、アルの食事も食堂から持ってきてここで食べているそうだ。
資料室のほうは整理整頓が行き届き能率の権化のような状態なのに、こちらは床に積まれた書類や本を崩さないよう注意して進まねばならない。
「朝食がまだでね」
嬉しそうにお茶を淹れてくれる。
「朝っぱらから甘いものか。サンドイッチ出そうか?」
「嬉しいね」
私の差し入れは受付にも配ることを想定しているので中身はお菓子だ。
友人に朝食は菓子パン、もしくはたっぷりジャム! という甘いものスキーがいたが私はちょっと遠慮したい。というか、飲み会の帰りに泊めてもらったことがあるのだがソイツに朝食にヌテラを五mmくらいの厚さで全面に塗ったトーストを出されてからダメになった。
甘い菓子は大きさによるが一つ二つは普通に食えるので、甘い菓子パン・甘い食事がダメなのは完全にその経験の反動だ。ちなみにヘーゼルナッツペーストにチョコレートと砂糖と練乳を混ぜたようなもの、というのがヌテラだ。
「このサンドイッチも美味しいね、サンドイッチ系って実はパンが水を吸ったようになるのが苦手なんだけどこれはそんなことないし」
「ありがとう?」
「で? 何が聞きたいのかな」
察しが良くて何よりです。
「大陸から離れた人の知らないような島の権利ってどうなってるんだ?」
「海は基本、国境のない自由域なんだけど、島から一般の漁船が海に出て見える範囲はその国の管轄って暗黙の了解があるね」
「そうなのか」
領海などの取り決めはないらしい、さすがに二カ国両方から見える海峡などは別らしいが。
「見える範囲で発見された島は国のもので、発見者には何がしかの報奨金がでるよ。それ以外の島に関しては実効支配したものが所有者だね」
サンドイッチを飲み下し、次に手を出す。
「一番近くの国に家を建てました、って届け出を出せばその人のものになるかな。このキュウリのやつおいしいね。たいして好きな野菜じゃないんだけど、挟んであるだけなのにやたらおいしい」
サンドイッチは少し力をかければパリンと折れるような張りのある新鮮なキュウリのスライスのものと、パンより具の部分の方が厚くなったBLT風のもの、卵サンドの三種類だ。
「微妙に近いところだと、貿易の補給地点にされて実質取り上げられたりもする。思い切って遠くは見つけるのが大変だね。過去には外洋の島に魔導師が塔を建てたこともあったみたいだけど。行き来の問題もあるからその能力がないと難しい上、魔物もいる」
補給地点は取り上げは国だろうか貿易商だろうか、きれいごとだけではどこも済まないもんだな。
「あと、ドラゴニュートって人の街に入れるのか?」
「ドラゴニュートとはまた珍しいね。彼らは部族によってだいぶ性格が違うから扱いも違う。とりあえずギルドで登録してどの部族の系統なのかギルドがはっきり把握する。比較的攻撃性の低い部族でもギルドに登録がなければ街への滞在は一泊しか許されない。酒もNG。火竜系統や黒竜系統だと普段普通に話していても直ぐキレるし見境がないって聞くね」
三ヶ月はギルドの監視下に置かれ、その期間中は住民に対してギルドが把握しているモノですよ〜の印に見えるところにタグをつけなければならない。
これは獣人の一部の部族にも適用されることだという。
「ああ、じゃあこの街に住まわせたいならここに連れて来ればいいんだな?」
紅茶を飲もうとしていたアルが棒でも飲み込んだような顔になった。
「君ね、ドラゴニュートってうんと珍しいんだ。能力が高いから人を見下しているのがデフォで人の街なんかに基本近づかない。ドラゴンに近いだけあって森や洞窟なんか外の属性の強いところで寝たがる。まずお目にかかれない」
属性の強い場所というのは人間の街から離れた場所に多いそうでドラゴニュートそのものの数が少ない上、そんなところに居るもんだからここ百年間、街に来たことがあるかどころか目撃情報もないそうだ。成人するとソロ生活が基本だというのも目撃例が少ない要因か。
「なるほど。では一緒に行動することになっても夜間は好きなところに行って来いと放置したほうがドラゴニュートにとってはいいのか」
「部族差もあるし一概に言えない。……居るんだね? ドラゴニュート」
「社会見学に連れ回すことになった」
「君も大概ヘンだね?」
「普通です、普通」
カップの向こうから呆れたような視線がくる。
「ああ、あとコレ」
「なんだい?」
「受付嬢三人にも菓子と一緒に渡しといてくれ、一つは手間賃」
アクセサリーを五つ。
アルへと、受付嬢用とアルの判断で誰か、おそらくギルマスあたりに渡す用。レーノが採掘を手伝ってくれたので余裕が出た。
「憑依防止機能付きアクセサリー、ちょっと幸運が上がる」
「マイナーな能力」
「邪神の封印が緩むとそういうのが流行るだろ」
「流行の先取り?」
「そう」
暫しの沈黙。
「名前を出さなければ上に伝えても?」
「構わん」
アルに背を向け、手をひらひらさせながら資料室を出る。察しが良くて何より。
とりあえずギルドはこれでOK.
信じる信じない、対応するしないは自由だ。
多分独自で情報収集を始めて兆候があったら、になるのだろう。
次は売り子の二人に会うついでに神殿だ。
「ホムラ殿」
階段を降りきったところで声をかけられた。
声のした方、カウンターに顔を向ければカルがいた。
うん、カルだったはず。スラムで賞金首を追ってた男、名前がうろ覚えなのは許せ! いざという時はそっと鑑定させてもらおう。
依頼の報告でもしていたのか、対応していたプラムに挨拶をしてこちらに寄ってくる。
「やあ、結局冒険者になったのか?」
「登録だけは以前から。怪我のおかげで依頼は簡単なものしか受けられませんが、それでギルドの簡易ベッドを使わせてもらえるので。その節はお世話になりました」
「たいしたことはしとらんが。怪我をしていてその生活はきつくないのか?」
「幸い気候がいいですから」
朝一で依頼票をもらい、報告に来たところだという。怪我のせいで長距離の移動がきついため街内か、ごく近い範囲の依頼をこなしているという。半刻もしないうちに痛み出しまして、と笑う。
なかなかな状況なのにうらぶれた雰囲気がない男。ふむ。
「三、四人を制圧無力化できたりするか?」
「相手によりけりですね。でも時間をかけずに済むような場所であればなんとか」
「人間以外の種族に抵抗はある?」
「特にないですが」
「今度雑貨屋やるんだが店の二階に住み込まないか? 替わりに午後だけ店番してほしいんだが」
宿がないなら丁度いい、ギルドで簡易な依頼をこなすのも午前がフリーならそれも並行してできるだろう。
「店番、ですか」
「正しくは店番している二人の用心棒かな。普段は居てくれるだけでいい」
「私にとっては願ったり叶ったりですが、二度しか会っていない私を信用して大丈夫ですか?」
「大丈夫だ」
こちらを心配しつつ逡巡している様子のカルに答える。
受付嬢のプラムの反応を見ても悪くはなかったし。
なによりこちらにフリーの知り合いは居ない。レーノにも外がいいと言わなければ店の二階を住処にしてもらう予定だ。
「これから丁度、店番の二人と顔合わせに行くんだが一緒に行くか? 相性もあるだろうし会ってからの返事でもいいぞ」
そういうことになった。
広場から出ている神殿行きの馬車に乗って予定を話す。
店は営業自体が午後だけ、商品が売り切れるか、日没と共に閉店。
雑貨屋の店の二階に部屋が二つあるので一つ私室として提供できること、風呂が同じ階にあるが、二階のもうひと部屋にドラゴニュートが入るかもしれないので共用になること。
店番は獣人の子供が二人。
商業ギルドの設備のおかげで普通に手渡ししているように見えて、カウンター機能を通したストレージとアイテムポーチ間を通してのやりとりなため、金銭トラブルは起きにくいとは思うが、子供と侮って誰かが絡んできた時に対応してほしいこと。
私とドラゴニュートは出歩いていてほとんど店に居ないかもしれないということ。
店の売り上げを見てから給与は応相談、とりあえず一日早朝の依頼二回分くらいから、三食おやつ付き、などなど。
ギルドの簡易ベッドでの生活から比べれば、移動もないし悪い条件ではないとおもうのだが悩んでいる様子。だがどれくらい売れるかわからんしこれ以上の提示は結果が出てからにしたい。
「ホムラ殿、貴方に感謝します。ただ私には討手がかかっている可能性があるんです」
おっと。
「罪状は?」
「王の妻との密通。もちろん身に覚えはありませんが、王の命を王妃を通して受けていたので二人きりで会うことも多かった」
「バラしてしまってよかったのか?」
「二度しか会っていない私を信頼してくれましたから」
どうやら待遇面や環境面で悩んでいたのではなく、自分のトラブルに巻き込んでしまうことを恐れ悩んでいたらしい。
「討手が問答無用で周りも巻き込む可能性は?」
「それはないです。追っ手になるとすれば私の同輩の騎士の中からですから、彼らは誇り高く公正です。立場もある」
「じゃあ、簡単だ。私は知らなかったふりをする。ついでに言うなら雑貨屋は逃げるのに都合のいいつくりになっとるぞ」
まあ『転移石』を一つ渡しておけばどうにでもなる気がするが。
「……お受けします。有難い」
馬車の中で頭を下げられた、律儀。
あとは雑談。
雑談なんだが。
「ジアースにはエカテリーナ殿がいらっしゃると噂を頼りに来たのですが、流石にどこの馬の骨ともわからない者は会うことは叶いませんでした」
「エカテリーナ……、ファンででもあるのか?」
どっかのギルド長みたいなことだったらちょっと雇うの考えさせてもらおうか。
「少年のころ迷宮討伐者に憧れたクチではありますね。でも面会したかった理由は傷ですよ。エカテリーナ殿は古傷もたちどころに治すスキルをお持ちですから」
傷がある場所らしい足をポンと平手で叩きながら言う。
「神聖魔法?」
【ファルの寵愛】を持っていて神職ならば【神聖魔法】をエカテリーナが持っていてもおかしくない。しかも私とは年季が違うだろうからかなりの高レベル。
「いいえ」
「違ったか」
「ホムラ殿は異邦人でしたか、それではご存じないですね。エカテリーナ殿は全盛期のころは『撲殺女神』と呼ばれて……」
「まて」
撲 殺 女 神 ?
「どうかしましたか?」
「ちょっと今さらりと変な単語が混じらなかったか?」
「何がですか?」
あれ?
至って真面目に返されたが、おかしいと思うのは私だけ?
あれ?




