3、誕生日に嵐がやってきた
10歳になると、王妃教育が始まった。
但し、マリールーはラガート帝国皇帝の孫であり、母親は皇女である。
公爵家では厳しい教育が施され、基本は全て終えており、残りはこの国の歴史や貴族達にまつわる内容を覚えるだけだ。
そんなものはマリールーには片手間で覚えられ、定期的に登城しては催される王妃のお茶会の雑談の中で知識や人脈を得られた。
それこそが王妃の狙いだったのだが、マリールーは打てば響く小気味よさでどんどん吸収していく。
何なら自分の息子である王太子より余程優秀なくらいだ。
期待に応え、そしてよく懐いてくれるマリールーを国王夫妻も可愛がった。
マリールーが決して世間で噂されるようなコロンゾ虫ではない事をよく知っていてくれているのは自分の家族と国王夫妻だけだったから。
登城すれば必ず王妃教育が終わった後に王妃がマリールーとの茶会の席を設けてくれた。
少しでも早く王家に馴染んでほしいという意向があっての事。
その席にフランツも招かれていたが、マリールーは無視を決め込み、フランツも居心地悪く過ごすうちに段々とやって来なくなった。
あれから王妃もフランツに何故公爵令嬢にあんな事をしたのかと問い詰めても、似合ってたからとしか言わない愚息に腹を立て、やがて諦めの境地に至る。
未来の王妃の侍女候補に、と中下位の貴族の子女を茶会に呼んでも彼女達はマリールーには近寄りたがらない。
王太子にすら邪険にされるコロンゾ虫だからと。
マリールーの11歳の誕生日には、自宅でのパーティの他に、王城でもパーティが開かれた。
王太子の婚約者をこんなにも大切にしているという事を示す必要があるのね、とマリールーは醒めた感情で受け止める。
少し前に初潮が始まり、子を為せる身になったからということで王家も本格的に囲い込みを始めたのだ。
生まれてすぐに婚約を結んだのも、マリールーが帝国皇帝の孫娘だという事実によるものに他ならなかったのだから。
王室が帝国皇帝の孫を貶めているとなれば、帝国の不興を買う。
溺愛していた皇女を、大切にすると誓ったディケンス公爵の言葉に反することになるから。
そうでなくとも、素直で明るく育ったマリールーは国王夫妻には好ましく、心から自分の娘であればと思ったくらいだ。
だからこそ愚息の行いが許し難かった。
碌にプレゼントもしてこなかった王太子に婚約者にきちんとプレゼントをしろと命じた。
マリールーはプレゼントなんてどうでもいいから、とにかくおばあさまから頂いた髪飾りを返してほしいとずっと思っている。
フランツに問い質しても「壊れたから」と言って返してくれない。
壊れてても何でもいい、とにかく返してほしい。
招かれた国中の貴族がケイセス国王夫妻と王太子と未来の王太子妃であり本日の主役でもあるマリールーに挨拶をしに来る。
王室の一員となればこういう事をするのだというマリールーへの教育の場でもある。
挨拶に来たのは勿論フェルベール公爵、ホーデス侯爵、メルクリウス伯爵も含まれている。
王宮主催のパーティには普段は成人した大人だけしか参加できないが、今日は王太子の婚約者のためのパーティなのでマリールーや王太子と親交を結べそうな年齢の子女を持つ貴族は子を伴っている。
最後に挨拶をしたのは新興のパティタ男爵。
「国王陛下にご挨拶申し上げます。パティタ男爵家のヨアヒム・パティタにございます。ディケンス公爵令嬢、本日はお誕生日おめでとうございます。こちらは娘のキャロラインでございます。ディケンス公爵令嬢の良き友人となれればと思い、伴ってまいりました」
「初めまして、国王陛下、マリールー様。仲良くしてくださいませね」
まだあどけない子供らしく、ぎこちなくカーテシーをする。
それを聞いた途端、国王は顔を顰める。
国王は男爵の娘に発言を許していない。
爵位も持たない、まだ只の男爵の娘でしかないのに馴れ馴れしく話しかけ、しかも筆頭公爵令嬢を名前呼びにしていた。
まだ4、5歳の年端もいかない子供ならまだしも、11歳のレディとして扱われる年齢の淑女にはあるまじき非礼だった。
「お祝いありがとうございます」
「へえ、キャロライン嬢は優しいんだなあ」
祝いの礼を言ってる傍から、フランツが口を挟んだ。
国王も王妃も、それを見て渋い顔をしている。
「まあフランツ様、ありがとうございます!お父様からマリールー様にはお友達が少ないと聞かされて、可哀想だからお友達になってあげなきゃって思ったんです」
「そうしてあげてよ。マリールーだって喜ぶよ」
…勝手に喜んでいる事にされてしまった。
しかも成りあがりの男爵令嬢風情に上から目線でお友達になってあげるとまで言われて。
私が友達がいないのは元はと言えば王太子の意地悪からだ。
なのに恩に着せるように友達になってくれて良かったな、何て言う。
髪飾りだけは返してほしかったが、もうこの男に何かを期待するのは無理だと思った。
国王は静かに怒り、パティタ男爵に告げた。
「パティタ男爵、今すぐ御令嬢と共に退場せよ。二度とディケンス公爵令嬢に近寄ってはならぬ」
それを聞くと男爵は頭を下げ、王の前から辞した。
「父上、何故です!?折角マリールーの友達になるって言ってくれたのに!」
だからなのだと何故気付かない?
国王は不快を露わにした目線で己の息子を見遣る。
「あの娘は無礼を働いたが、父親の男爵はそれを咎めもしない。躾のなっていない者を王族やそれに連なる者の傍には置けぬ」
現に、王太子だって見下された方の公爵令嬢で婚約者のマリールーではなく、見下した方の男爵令嬢の肩を持っているではないか。
幼い頃に傷付けただけでなく、今日更に婚約者を傷付けたのだ。
「お前も謹慎だ。今すぐ自室に退室せよ。マリールー嬢は主役だからこの場に残す」
フランツは父王の言葉の意味が一瞬分からなかった。
王家にとって大切な王太子の婚約者を傷付ける者は、たとえ王太子であってもこの場に居させることはできない。
国王夫妻が代わりに守る。
だから邪魔者の王太子は去れと言われたのだ。
「父上っ、何故ですか!」
王の近衛に引き摺られるようにしてフランツはホールから退出させられた。




