戻された宝物(5)
「これ…!」
見まごうことはない、幼い頃にフランツが毟り取って行った髪飾りだ。
壊れてしまったと言っていた割には、綺麗な状態だ。
ずっと返してくれなかった髪飾りを、どうしてフランツが?
マリールーが中からそれを取り出すと、ひらりと何かが落ちた。
薄汚れた布地に赤黒い染みがついている。
よく見れば、血で書かれた文字だった。
見慣れたフランツの字。
”俺の真実の愛 どうか幸せに”
恐らく書くものは何もなかったのだろう。
布地は着ていたものを裂いたのか。
「どういうことなの?フランツの真実の愛って…なんで私の髪飾りにこんな…」
「リル、これを」
動転しているマリールーに、アレクセイが手紙の束を差し出した。
「え、何この手紙」
「パティタ男爵令嬢に宛てた、フランツの手紙だ」
読んでいいのかと逡巡するマリールーに、ついと手紙を差し向ける。
無言でマリールーは手紙を読み始めた。
手紙の内容はどれも似たような内容だった。
『マリーには楽しい事も悲しい事も分かち合える信頼できる友達が必要なんだ』
『君がマリーの力になると言ってくれて嬉しい』
『マリーの明るい笑顔を取り戻したい』
「…」
マリールーは呆然とその手紙を読んでいた。
どの手紙にも他の女性に宛てるものとは思えないくらい失礼なほどに、マリールーを案じる文が書かれていた。
「男爵令嬢に好きだとか、愛してるとか、そんな言葉は一言も書かれてない」
アレクセイは手紙を受け取ってから、本当にフランツの落ち度がなかったのかと隅々まで読んだ。
あるのは、端から端までマリールーを案じる言葉。
男が女性に出す手紙になら、お世辞でも美辞麗句を忍ばせておくのがマナーだろう。
それすらできないくらいにフランツは実直で嘘が吐けなかった。
「フランツはリルとの婚約を解消すべきだと俺が何度も突き上げても、なかなか首を縦に振らなかった。ずっとリルがいい、リルの傍に居たいと言って聞かなかった」
手紙を持つマリールーの手が震える。
「そんな…だって、フランツの真実の愛の相手は」
「ずっと、君だけだった。知ってて黙ってた。卑怯者だと俺を詰ってくれてもいい」
ううん、とマリールーは首を振る。
―――コロンゾ虫が似合うって言って悪かった。そういうつもりで言ったんじゃなかった。
大分経ってから、その意味を理解したフランツは素直に謝ってくれた。
一度口から出たものはもうなかったことにはできない。
だから許すことはできなかった。
たった一度の間違いから、どんどん釦は掛け間違って行かれてしまった。
最初の時以降は、フランツがマリールーに対して悪意を向ける事は無かった。
何とかしたいと思うあまりにパティタ男爵の思惑にも引っかかって。
身を滅ぼして国を追われた時も、決して離さなかったたった一つのもの。
幼い日に初めて会った時から抱いていたフランツの愛。
「ずっと返して欲しかったものなんだろう?良かったね、リル…」
アレクセイがぽたぽたと涙を落とすマリールーの肩を抱いて支えている。
「私、本当にフランツには幸せになって欲しいって…それだけは嘘じゃなかったのに…何で…死んじゃっ…」
「もうあいつは居ない。…だから俺達は幸せになろう。あいつの最後の望みを叶えよう。リル、俺の真実の愛」
涙が決壊したマリールーは泣き崩れた。
前王妃も国王も、落涙を堪えきれなかった。
窓の外には、きらりと光るものが空を飛んでいた。
虹を映す空のような色の甲虫だった。
―――君は何を言われても罪はないって言ってくれた。
彼が幸せになってほしいと君が願ったから、その願いを叶えるよ。
彼の真実の愛が叶うように―――
7話と8話の間の追記部分は一応こちらで終わり、8話に続きます。
誤字報告、いつもありがとうございます。
こちらの方でわざとその字を使った、というもの以外は直させていただいております、助かります。




