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シバが真夜中に降り立った場所は、超能力者がトップになった途上国の首都。そして、その首都の一等地にある一ヘクタールの敷地を持つ、元大統領邸だった。
どうして元なのかというと、超能力者がトップに成った際に王を自称し始めたうえに、大統領制を廃止にしたから。
だから、この建物は王邸とか王居という感じに、この途上国では呼称を変えられている。
そんな王邸に、シバは光学迷彩を起動した状態で、柵を跳び越えて中に入る。そしてヘッドギアの機能を活かして、周囲を確認する。
「一応は、機械的な警戒はしてあるのか」
西洋風に整えられた庭園には、赤外線センサーが通っている。
しかしながら、庭園の順路の上にはセンサーが配置されていない。恐らく、屋敷の主や客や警備が庭園を歩く際に、いちいちセンセーを点けたり消したりすることが面倒なため、順路の上にはおかないようにしているんだと思われる。
たしかに広大な庭園の中で、センサーがない部分はごく一部。敷地の外から進入してきた者がいれば、屋敷どころか庭園の順路に着く前に、センサーに感知されて発見されてしまうことだろう。
だが、シバに言わせてもらえば、このセンサー網は不十分でしかない。
センサーの死角が何か所もあり、そこを通ればセンサーに感づかれないままに、邸宅に侵入できる。
「……これは、わざとやっているのか?」
何もしなくても安全に通れる道を作っておくことで、侵入者の行動を制限する。その目的であれば、センサーの不備にも納得がいく。
しかし、その進路上に罠や赤外線以外のセンサーがあるようには見えない。
シバは、単純に設計ミスなのだろうと結論付けた。
「それに、その道を通らなくたっていいしな」
センサー類は、地上を歩く人を想定した配置である。
シバが念動力で自身を宙に浮かせれば、センサーに感知されないままに、庭園の順路に着地できた。もちろん光学迷彩を起動しているため、空中を飛ぶ姿を誰かに見られた心配もない。
シバは順路の石畳の上を歩きながら、警備に見つからないよう順路を選びつつ、王邸へと歩いていく。
順路だけあり、庭園の見事に整った植物たちの隆盛を目にすることが出来た。
シバは、今後の自身の創作に活かせるかもしれないと、自分が綺麗だと思った庭園の場所を、ヘッドギアの機能を使って画像として保存していく。
そんな半ば観光気分で歩いている間に、すっかり王邸の間近まで来ていた。
ここでシバは、ヘッドギアの視界を操作し、警戒センサーがないかを確認する。
流石に王邸だけあり、施錠された玄関口や、外と繋がる扉のあたりに、赤外線や破壊感知センサーが仕込まれていた。
しかし不用心なことに、かなり大きな邸宅にある多数の窓のうち、何か所かは鍵がかかってなくて開けっ放しになっている。
どうやら、その窓から中に進入できそうだ。
シバは念動力で空中に浮遊すると、近くにある一階の開いている窓から中を覗く。
この部屋は、どうやら使用人か信奉者に宛がわれた部屋のようで、多数の二段ベッドで部屋が埋まっていた。その全てのベッドに寝ている人がいる。
これだけの人が集まっていると、換気装置があっても息苦しいだろう。だから換気のために、窓を開けていたに違いない。
シバは部屋の中を確認し、これだけベッドが密集している場所を通り抜けるのは難しいと判断し、別の開いている窓へと向かう。
しかし開いている場所の殆どが、先ほどと同じ多人数が寝る場所だった。
シバは諦めずに、次の窓へと向かう。一階は駄目だと見切りをつけて、二階の窓へ。
バルコニーに着地し、開いている窓から中を伺う。
すると、この部屋の中に数人の男女がいることがわかった。そして部屋の中に薄く煙が充満していることも。
その男女はパイプを口に咥え、ぼーっとした表情で鼻や口から煙を吐きだしている。
煙草を楽しむ部屋かと思えたが、シバの被っているヘッドギアが空中の科学成分の検知に成功し、警告を放ってきた。
『麻薬物質を検知。呼吸は推奨されません』
ヘッドギア内の視界に現れた、赤い文字での警告。
シバは煙の正体を知って、辟易とした顔になる。
途上国で行われている超能力開発には、植物由来の麻薬を使っているという情報があった。
まさにこの部屋が、その情報にあった場所なのだ。
シバは少し考えると、バルコニーに落ちていた枯葉を、念動力を使って部屋の中へと投げ入れた。
部屋の中を慣性に従って、枯葉がゆらりゆらりと飛んでいく。
正常な人なら、誰もが目で葉を追ってしまうような光景。
しかし部屋の中にいる誰もが、空中に意思のない瞳を固定しつづけ、枯葉の方には目を向けない。
これで、麻薬で自意識が混濁していると確認できた。
シバは安心して、部屋の中へと踏み入った。
部屋に薄く溜まっている煙が、光学迷彩を機動しながら歩くシバの形に歪む。
しかしその歪んだ煙に、部屋にいる誰もが注意を払わない。
そうしてシバは、呆気なく屋敷の中に入ることに成功した。
屋敷の廊下に入り、シバは王を自称する超能力者がどこにいるかを探ることにした。
元大統領邸だった頃に大統領が住む部屋だった場所へと、足音を立てないよう念動力で廊下から数mm浮いた状態で、シバは移動を開始する。
真夜中ということもあり、起きている人は誰もいない。邸宅の中ということで安心しているのか、廊下に警備の一人すら立っていない。
シバは、楽なことだと、この状況を受け入れる。
そして大統領の部屋に着くと、ヘッドギアを調整して聴覚を上げ、部屋の中の音を拾ってみることにした。
別々の呼吸音が三つ。どうやら三人が寝ているらしい。
見取り図によると、ダブルベッド二つの部屋のようなので、三人いても変ではない。
シバは呼吸音の位置を把握し直してから、部屋の扉の鍵を念動力で開けてから、中に入る。
中にいたのは、男性と女性、そして幼い子供が一人ずつ。
ヘッドギアの機能で寝顔を確認してみたが、どれも王を自称する超能力者の顔ではなかった。
(大統領の部屋をそのまま使うぐらいの、バカじゃないらしい)
大統領の部屋の位置は、それこそ居場所を追われた大統領の関係者が知っている。
自称王がこの部屋を使用していたら、屋敷の外から狙い撃たれる可能性が高くなる。
それを警戒して、別の部屋に移ることは正解な対応だ。
屋敷の赤外線センサーの配置や、穴だらけの警備網から、その点に気づかない馬鹿だと見越していた、シバの予想が外れた形だ。
では、どの部屋に居るのか。
シバは大統領の部屋から出ると、見取り図にある中で、大統領の部屋に次いで大きい部屋にあたりをつけた。
それは国賓を泊めるための部屋で、いっそ大統領の部屋よりも調度品が豪華だという。
王を自称するからには、大きな部屋で貴重な調度品に囲まれているのだろう。
シバはそう予想し、その国賓の部屋へと向かうことにした。
その部屋に差し掛かると、上げたままだったヘッドギアの聴覚に、部屋から漏れ出てきた声が聞こえてきた。
『この超能力の王の聖なる雫を受け止めれば、必ずや超能力に目覚めるであろう!』
『はい! はい! 頂戴いたします、王よ!』
声をかけあいながら運動中のような激しい息遣いをする、王と呼ばれた存在と、王と読んだ存在がいる。
その王の周りには、荒い呼吸を繰り返す何人かの呼吸音もある。
この部屋で何が行われているのか、シバは大した労力もなしに予期できた。
(権力者が異性を囲うことはよくあること。とはいえ……)
超能力の力を背景に国を牛耳ることを決めた、そんな男が俗な趣味に溺れている。
このことに、シバは呆れた。国を牛耳って間もない時期なのだから、異性に溺れるよりさきに、足場固めが先だろうという真っ当な指摘をしたくなるほどに。
シバは肩をすくめつつ、光学迷彩を行っている装置の裏側から、投擲用のナイフを取り出した。手指二本分ほどの幅と長さの扁平な剣身のナイフ。
シバはそのナイフを指に挟みながら、国賓の部屋の扉を蹴破った。
大きな音を立てて開かれた扉に、部屋の中にいた誰もがギョッとして身動きを止める。
シバは素早く中を確認し、ベッドの上に女性を組み敷いている、全裸の男性の顔を注視する。
『目標確認、当人だと確定しました』
ヘッドギアのお墨付きをもらい、シバは手にあるナイフを腕と念動力の力を込めて投げた。
対物ライフルから放たれる弾丸もかくやと言う速度で放たれたナイフは、標的の間抜け顔を貫いて粉々にした。
部屋にいた女性たちからすれば、シバが光学迷彩で姿をけしていることもあって、いきなり大きな音を立てて扉が開いたと思ったら、急に自称王の頭が吹っ飛んだのだ。意味不明な状況への恐怖は計り知れない。
「ひいいやああああああ!」
頭を失った肉体が倒れかかってきて、ベッドの上に組み敷かれていた女性が半狂乱の叫び声を上げる。ベッドの周りで倒れていた他の女性も、その悲鳴に押される形で、大慌てで部屋の外へと逃げていく。
悲鳴は屋敷中に響いたのだろう。屋敷の各部から、バタバタと走り寄ってくる音が聞こえきた。
シバはその音を聞きながら部屋の中に踏み込み、死体と死体から抜け出ようとする女性がいるベッドの横を通り抜けて、部屋の窓を開ける。
その開けた窓から外に出ると、念動力を使って自身を浮かび上がらせ、屋敷の士気との外へと飛んでいった。
自称王を始末する任務は終了した。あとは回収地点まで向かって、引き上げるだけである。




