外面は大人びていても、中身は子供
使用人となったところでヴァーミリオンの思うような働きはできないだろうし、もしかするとすぐに見放される可能性だってある。今だけの辛抱だと、俺は自分に言い聞かせた。
執事さんは本当に心の底から申し訳なさそうに頭を下げた。
逆に俺が頭を下げるほうなんだから、そんなことはしなくていいと手で訴える。
ヴァーミリオンは決まったとばかりに執事さんに背を向けて、すぐに言い放った。
「よし、話は終わりだな。じい、この男を俺の部屋へ連れていけ。専属の使用人だからな、用があるならばすぐにお前を呼ぶ。どんな仕事をするかはきちんと説明してやるから心配はしなくていい」
「ですが、ヴァーミリオン様。彼はまだ怪我人です。普段通りに動けるかといえば、そうではありません。今も傷口を庇いながら体を動かしているのです。お願いですから、あまり無理はさせないでください」
「大丈夫だ、それぐらいわかっている。だが、これ以上傷口が酷くなることはない。俺が保証する。この男も、わかっているはずだ」
「……ヴァーミリオン様」
「移動する準備をしておけよ、ヒロ。この部屋にお前の私物はないだろう。……いや、一つだけ、あるか? 私物と言っていいのかわからんがな」
するとヴァーミリオンは小馬鹿にしたようにルナへと視線を移した。先程のお返しといった感じにも見て取れ、額に手を当てたくなる。内心「あいたたたた」だ。
それに気づいたらしいルナがムッとしたのか俺の肩へと乗ると、頬を膨らませてぷりぷりと怒り出した。……そりゃ怒るよな、精霊を私物扱いするなんてひどい話だと思うよ。
『まぁ! 私のことを高貴な存在と言っておきながら急に手の平を返したように物扱いするだなんて! やはりどんなに外面は大人びていても、中身は変わらず子供のままなんですね! なんて生意気なんでしょう!』
ぴくりとヴァーミリオンの片眉だけが器用に動いたような気がしたけど、俺はもう見て見ぬ振りだ。いちいち気にしても自分が疲れるだけだし、このやり取りも延々と続きそうだからな。
ルナのことも刺激しないよう、間に挟まれつつも片方だけのフォローはやめておいたほうが良さそうだ。
精霊相手にも臆せずにケンカを売っていくスタイルはやっぱり肝が据わっているといいますか、変に度胸があるといいますか。
俺はとりあえず主の言う通りにしておこうと、文句を言われる前にすぐに立ち上がった。
執事さんが傍に来て支えようとしてくれたけど、ヴァーミリオンがそれを手で制した。今は助けるなよと言っているようだった。
「じい、甘やかしてばかりいるなよ。部屋までなら自分の足でも歩けるはずだ。……これからのことを考えたら、早々弱音など吐いている暇はないよな、ヒロ」
それはヴァーミリオンの傍に仕えることの過酷さを示しているのか、それとも今後俺が立ち向かわなければいけない壁のことを指して言っているのか。
上から見下ろされながら、なんとも挑戦的な態度だ。自然と相手を見下していることにあいつは気づいているのか、どうか。
ルナは『初めて会った時はまだ素直に見えたのに、可愛くないですね』と小さな声で呟いた。
さすがに今のは聞こえていなかったんじゃないだろうか。俺は曖昧に微笑んで、それ以上は何も言わずに執事さんに部屋までの案内を頼んだ。
ヴァーミリオンが探るような目付きで俺を睨むように見つめていたので、すでに胃がしくしくと泣き出していた。
この時の俺はヴァーミリオンが何を考えているのか、知る由もない。




