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僕の騎士道物語 孤独の主と友誼の騎士  作者: 優希ろろな
いざ、フォルトゥナ学園!
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厚意に甘えていいものか

 え、五日!? 俺ってば五日も寝てたの!? 約一週間も眠っていたなんて、軽くショックだ。

 寝てばかりいたなら向こうで鍛えていた筋肉も少しばかり落ちてしまったのではないかと、怪我のことなどそっちのけ、すぐに心配になる。元々あまり筋肉なんてついてなさそうに見えるじゃん、なんてツッコミは不要だ。むしろ気にかけるところがそこなのかって横やりもいらないぞ。大体三年間、本体は魂の抜けた状態だったんだ。今気にすること自体が間違っているだなんて、俺だってわかってる。

 たまらず二の腕に視線を移して確認する。……うん、たぶんなにも変わってない。大丈夫だ、心配する必要はない。


「屋敷のかかりつけの医師に、あなたの怪我を二度診てもらいました。手当てもしています。傷も癒えてきているようなので、もうしばらくは安静にしていてくださいとのことでした」


 しばらくは安静に、か……。

 その間、厚意に甘えてこの屋敷に滞在していてもいいものかと一瞬不安が過ぎるが、俺には他に行く宛もない。外に出たところで、すぐ奴等と遭遇しても勝てそうにないし。今は頼るしかない、この場所を。ルナのこともあるし、それは尚更。


「……あの、えーと、実はお願いがありまして」

「はい?」

「こ、こう言ってはなんですが、もう少しだけ……屋敷にお邪魔していてもよろしいでしょうか……」


 非常に申し訳なく執事さんを見上げれば、優しげにこちらを見下ろす慈悲深い瞳とぶつかって。


「もちろんですよ。私もその件についてお話をしに来たのです。怪我も治らぬまま、今にもここから抜け出そうとしていたらどうしましょうと内心不安に思っていたところなので、そう切り出していただけて良かったです」


 目を細め、微笑む顔を見るとなぜだか安心する。

 執事さん、やっぱり優しいんだな……。目覚めたならさっさと出て行けと言わんばかりの態度をされたら、それこそどうしようと焦るところだ。

 この屋敷の人達に限って、そんなことは絶対にないってわかってるんだけどさ。それでも不安になるのはその材料が多いせいだ。


「あ、でもただ飯食らいをするつもりはないので、なにかお手伝いさせてください。お世話になった分はきっちり返していくスタイルなので」

「怪我をしている方に労働させるつもりはありませんよ。今はただゆっくり休んでいてください」

「いえいえ、そうは言ってられません。なにぶん、体を動かすことが趣味みたいなところもあるので、じっとしているのは性に合わないんです」


 五日も眠っていたなら、かなり無理をしなければ傷だってそう簡単に開くことはないだろう。重い物さえ持ったりしなければ普通に動けそうだ。たぶん。


「掃除でも何でもしますから。もしくは困ったことがあれば、ある程度の問題なら解決できる自信があります。ので、よろしくお願いします」


 執事さんはなにか考え込むように顎に手を置き、唸ってしまった。

 逆に困らせてしまっただろうかと心配になるが、でも何もせずに甘えに甘えて寝泊まりさせてもらう方が、俺には耐え難い。自分に出来ることがあれば、時間がある限り少しずつコツコツと返していきたいんだ。


「そうですか……。掃除、ですか」

「本当に、なんでもいいんです。草むしりでも、ゴミ拾いでも。トイレ掃除なんかでも。窓だって拭きますし、雑巾がけだってできますよ」

「……わかりました。体に負担のかかること以外は検討しておきましょう。ですがその前に、あなたのお名前をお伺いしてもよろしいですか?」


 名前、と俺は小さく呟く。

 そういえばこの姿では言ってなかったよなぁ、と。


「ヒロです。江口、比呂」

「後ろのほうがお名前なんですね。ヒロさんですか」

「今すぐにでも動けるので。遠慮なんてせずに、是非いつでも作業を言いつけてください。よろしくお願いします」


 以前ここで過ごしていた時よりは動ける気がするし、腕力もあれば体力もある。役に立たないなんて言われることはないだろう。掃除程度であれば息切れすることもなく、こなせるはずだ。今の俺に出来ることなんて、きっとそれぐらいしかない。


「……ふむ。そこまで言うのでしたら、早速ですが私からのお願いを聞いてもらいましょうか」


 執事さんはそう言うと、なにかいいアイデアを思いついたのか、一人でうんうんと頷き始めている。

 絶対に最後まで断られるだろうと思っていたので、まさか手応えを感じることになるとは、と目を輝かせた。これで鈍っていた体を動かすことができるぞ、とキラキラした眼差しで執事さんを見つめる。尻尾がついていたのなら、感情を表すようにブンブンと大きく左右に振っていることだろう。今の俺を表現するならば、まさしくコレだ。


「はい、なんでしょう! 俺に出来ることなら、なんでも!」

「では、やはり今日一日はゆっくりしていてください」


 がくっ、と膝から下の力が抜けて、床にコケてしまいそうになる。期待していた返答とは違い、思わず、といったリアクションを返してしまった。

 違う、そうじゃない。そんなよくあるオチが欲しいわけじゃないんだ、俺は。

 困ったように見上げれば、執事さんはこれまたニコニコと菩薩のような顔をして微笑んでいた。


「……やっぱり俺が動くのは人の目がある手前、そう簡単にはいきませんか?」

「いえいえ、そういうことではないんですよ。ただ本当に、怪我の心配をしているんです。ヒロさんが動くのは、それからでも十分なのではないですか?」

「……それは、そうかもしれないですけど。じっとしていられないというか、動いていないと落ち着かないっていうか。介抱されてばかりというのも、申し訳なさすぎて辛いんです」


 お世話になりっぱなしというわけにもいかない。すでに俺はここで五日間も寝ていたらしいし。なんとかなりませんか、と眉を下げながら目で訴えても、執事さんが首を縦に振ることはなかった。

 肩を落とすと同時に、腹の鳴る音が部屋に大きく響き渡る。

 誰だ、なんて聞くまでもない。これは俺の腹の音だ。妙に恥ずかしくなって、隠すようにして腹を押さえた。

 ……なんでこんな時になるんだ、俺の胃袋は。せめてもう少しタイミングを選んでくれないだろうか。恥ずかしいだろう、こんなの。絶妙な間に鳴り出して、羞恥心が俺を襲い始める。顔が真っ赤になりそうだ。


「あぁ、ならこれはどうでしょう。ヒロさんにはまず、食事の用意をしますね」

「はぁ……」

「それをきちんと食べてください。貴方には貴方の出来ることをしてもらいたいと思いますから。食べ終わりましたら、屋敷を案内しますので」


 これはもう仕方ないと小さく頷けば、執事さんは「すぐにお粥を用意しますね」と言い残すと、そのまま部屋を出て行った。

 執事さんがいなくなった後も、俺の腹は定期的にぐるる、と恥ずかしげもなく音を放っていた。

 ……まぁ、ほら。五日間も寝ていて、なにも飲み食いしていなかったわけですから。仕方ないっちゃ、仕方ないと思うんですよ。腹が減っているのも事実だし、なにかするならヒーローの場合と同じで体力が資本だし。

 でも、せめて、受けた恩は早めに返しておきたい。

 いつまでもここにいることはできないし、アディ達の手がいつ迫ってくるかもわからない。もしかしたら明日、運が悪ければ今日にも奴等が遅い来るかもしれないんだ。俺にはあの人の、傷に受けたものとは違う呪いもかけられているから、居場所なんてすぐに特定されてしまうことだろう。

 なんてったってフォルトゥナ学園の教師。フォルトゥナ卿と繋がりがあるのだから、この屋敷にも縁があるかもしれない。あの人がここを訪れるのも容易いことだろう。

 アディ達を止めたいけれど、でも今はまだその時じゃない。どう考えても俺が弱すぎる。なにか魔力に対する対抗手段があればいいんだけど、それはルナの目が覚めてからの話だ。俺一人じゃ解決策さえ浮かびもしない。



 まだ鳴り続ける腹を押さえながら、俺は溜息をこぼすことしかできなかった。

 溜息ばかり吐いていたら幸せが逃げていくよなぁ、なんてことを考えながら、落ち込むように俯いた。

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