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僕の騎士道物語 孤独の主と友誼の騎士  作者: 優希ろろな
いざ、フォルトゥナ学園!
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不気味で、怖くて、逃げたくて

 まさか礼も言えないような人間ではないだろう? と皮肉めいたことを言う。

  すると少年は一度ヒロに視線を移し、横たわる彼をしばらくじっと食い入るように見つめていた。なにか思うところがあるのだろうか、その瞳には哀愁が満ちていた。

 だがそれを断ち切るように、用が済んだとばかりに踵を返すと、少年はそのまま部屋を立ち去ろうとしていた。

 本当にただ様子を見に来ただけなのだろう。感じる不穏な空気から屋敷の住人達を守るべくわざわざ出向いたところを見ると、難はあるようだが心優しい子供のようだ。ドアを開け、きょろきょろとまた外を確認している。

 この部屋に来たことを他の者達に知られたくないのだろうか。彼はそろりと足を忍ばせると、音を立てぬようにそそくさと出て行ってしまった。

 一難が去り、ルナは心の底から安堵した。

 ヒロの傍に寄ると、彼の口からは規則正しい寝息が聞こえる。

 呪術が解けたというならば、あとはヒロの傷が癒えるのをただ待つばかりだ。

 ルナはその寝顔を眺めながら、考える。

 傷が癒えた後のことを。これからどうするべきか、目的を決めなければいけない、と。

 傷ついたヒロにはまだ頭を悩ませるようなことはさせたくない。できればもう少し、この屋敷で休んでいてほしいと思う。

 三年振りに本体に戻ったとなれば、本人は気づかないかもしれないが、かなり負担はかかっているはずだ。本体に馴染むまでは、どうかゆっくり過ごしてほしいとルナは願う。

 ヒロのことだから、おそらくそうはいかないのだろうが。


 ルナは窓の外を見つめた。

 まだ空からはたくさんの雨が降り注いでいた。

 女の手が、この屋敷にまで及ばなければいいが。何事もなく無事、時が過ぎればいいが。




 * * *




 暗闇の中を歩いていた。

 そこには誰もいなくて、いくら名前を呼んでも応えてくれる人はいなくて。

 怪我をしたところだけが、やけに熱い。じくじくと熱を持って、正直体を動かすのが辛い。

 視界は真っ暗で、道も、先も見えない。不便なことに、ここには灯りの一つもないようだ。

 一人とぼとぼと歩いていると、途中、おかしな音が聞こえた。ズルズルと、何かが地面を這うような気味の悪い音だ。

 誰かが大きな物を引きずっているような、なにかを運んでいるような、そんな物音。

 俺と同じで、この近くを歩いている人がいるのだろうか。こんな真っ暗な道を歩いているのか? 変わった人だなぁ。他人のことは言えないけど。

 さっきはあれほど大きな声で叫んでも、返事すらしてくれなかったっていうのに。どうやら無視でもされているのだろうか。

 こんな時にルナが傍にいてくれたら、柔らかな光で道を照らしてくれたのかもしれないのにな。

 そういえば彼女はどこへ行ってしまったんだろう。さっきから姿がまったく見えない。

 俺が気を失っている間に、なにかあったんだろうか。

 そもそも俺は、どうしてこんな道を一人寂しく歩いているんだろう。

 何があって、こんなところに来てしまったんだ?

 今、どこへ向かって歩いているんだろう。

 目的すらわからずに歩き続けているんだろうか。


「……?」


 這う音が大きくなっていることに気づいた。

 徐々に俺のほうへと近づいてきているみたいで、やけに緊張してしまう。

 気になって振り返ってみるけど、そこにはやっぱり暗闇が広がっていて、何も捉えることができない。でも確かに、ずるずるとした音がさっきから俺の後を追ってきている。

 不気味で、怖くて、なんとなく、自然と逃げるように走り出していた。

 後ろをちらちらと確認しながら、俺はあてもなく道を走る。

 先になにがあるかわからない道を、ただ真っ直ぐ走っていく。

 すると、逃げ出した俺の足に蔦のようなモノが絡みついた。足をとられ、そのまま無防備に地面に向かい倒れていく。


「ってぇ!!」


 腹をかばって倒れたせいか変に体を捻ってしまい、痛い。さらに傷が開いたらどうしてくれるんだよと苛立つ。

 どんなに暴れようとも蔦はがっちりと俺の両足に絡みつき、離れようとしない。蔦は蠢きながら足から腰へと巻き付いていき、上がってくる。これにはさすがに悲鳴をあげそうになった。

 なんだ、これ。こいつは俺をどうしようというんだろう。どうしたいんだ?

 手で必死に蔦を剥がそうとするも、びくともしない。硬くて、巻き付く力も強すぎる。下手をすると爪が剥がれてしまいそうだ。おそらく俺一人じゃ、この蔦からは逃げられないと考えてしまう。

 蔦は俺を飲み込もうとしているのか、腰から更に胸のほうへと向かい、這い上がってくる。

 飲み込む? 飲み込むって、どこに? このまま闇の中に? それとも蔦の成分として吸収されたりしちゃうわけ?

 冗談はよしてくれよ。俺なんか食ったって美味しくも何ともないんだからな! むしろ不味いかもしれないんだぞ。いや、ホントに。真面目にさ!


「……っ、ルナ! ルナ、いないのか!? もし近くにいるなら、すぐにこっちに来て手を貸してほしいんだけど!!」


 腹の傷も蔦に覆われ、腕まで拘束されてしまった。

 身動きが取れず、声を上げることしかできない。だけどいくら叫べど、やっぱりルナからの返事はなかった。

 いない。どこにも、いない。


「誰か……っ、誰かいないのかよ! くそ、このままじゃどうなるかわかんねぇぞ……! 下手すると、あのダークホールにぱくんと丸呑みだ! もしくは血まで吸われて骨と皮だけにされちまうのかも! 嫌だ、嫌だ、想像したらもっと嫌だぁぁぁ!」


 一人で叫んでも、とにかく虚しくなるばかり。

 動くことも叶わず、助けてくれる人もいない、ただ蔦が絡んだ体を左右に揺することしかできない。

 蔦は俺の体を包み込むと、来た道を戻るようにずるずると動き出し始めた。まるで俺がこれ以上先に進むことを許さないといったようだ。

 体を引き摺られ、また逆戻り。抵抗することも敵わない。

 こんなんじゃあ希望だって失いたくなるだろう。こいつの手からは逃げられないんだから。

 真っ暗な空間を眺めながら、死ぬかもしれないと考える。このまま闇に食べられてしまうんだと、呆然としてしまう。

 諦めたくはないけれど、無力な俺にはただ引き摺られることしかできない。暗く包まれた天井らしき場所を見上げ、嘆くことしができないだなんて、そんなのって……。

 本物のヒーローならきっとここで覚醒して、この蔦なんて軽く引き裂いてしまうんだろうけど。意地でもこんな闇の中から抜け出して、光の届く場所まで逃げ切るはずだ。ただヒーローに憧れているだけの俺には、そんな力もないし、出来るはずもないけれど。自分の力に自信があるわけでもない。

 異世界に来たって、元の世界でだって、俺にできることなんて限られているんだ。

 ここから抜け出さなきゃ、アディ達のことも止められない。でも、抜け出せない。俺一人じゃ、何もできない。こんな蔦さえ消すことができない。

 想像し、自分の掌に剣が現れることをイメージして、目を閉じてみる。当然なにも現れるわけがないけれど。具現化なんて出来るはずもないけれど。

 自分に失望するだけだから、こんなことしたくないんだけどさ。やっぱりダメだったか。そりゃ、そう都合よくはいかないよな。

 溜息を吐き出すと、またずるずると奥へ引き摺られていく。被害妄想でしかないけど、まるで蔦が嘲笑っているかのような音に聞こえてきてしまう。なにをやっているんだ、無駄な抵抗はやめておけよ、とおそらく馬鹿にされているんじゃないだろうか。そう考えればどんどん自分が惨めになっていく。

 背中を丸めて落ち込みたくなると、少しだけ背中が温かくなったように感じた。


「……?」


 涙を浮かべそうになっていると、遠くからまた蔦のものとは別の音が聞こえてくることに気づく。

 こんなおかしな蔦が俺を襲うぐらいだ。投槍ではあるが、どうせろくでもない物体が近づいてきているんだと思うことにしておく。そいつも俺を狙っていなきゃいいけど。無駄に食われたりしなきゃいいけど。

 その間にも背中はぽかぽかと更に温かさを増していくようで、不思議と体に絡みつく蔦のチカラも若干弱くなっているような気がする。

 なんだろう。微妙に背中だけが熱を持ち始めている、この感じ。

 すごく熱いというわけでもなく、まるで春の日差しのような、ぽかぽかとした優しい温かさ。暗闇の中でこんな風に感じるのもおかしな話だとは思うけども。熱が絶望している俺を励まそうとしてくれているみたいだ。誰かが背中を押してくれようとしているのだろうか。

 気になって目を開けると、そこにはやっぱり暗闇が広がっていて。

 でも、熱を感じるのも確かなことで。


「……なにか燃えてる?」


 耳を澄ますと、なにか煮えたぎるような音が聞こえる。

 ごぼごぼと、水が沸騰するような音が耳に届いてくる。

 誰か、台所で鍋に火をかけてそのまま忘れてるんじゃないか? つけっぱなしで放置だなんて、冗談抜きで火事を起こすぞ。気づいた人がいたら消してやってくれよ、俺はもう動けないからさ。……そもそもここが部屋の中だとは到底思えないけども。

 煮える音は次第に轟々と、勢い良く燃え盛る炎の音へと変化していく。あまりにも激しく燃えているようだから、次第に俺は怖くなりはじめていた。

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