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僕の騎士道物語 孤独の主と友誼の騎士  作者: 優希ろろな
いざ、フォルトゥナ学園!
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苦しむのは一時だけ

 余程の自信があるのだろうか、また子供らしからぬ発言をした少年はヒロの傷口に手を当てたまま、炎をねじ込むようにして魔力を放出した。

 ヒロの中に、少年の魔力が水のように流れ込んでいく。

 マナが空の体にだからこそできることだ。本来であればマナ同士が反発し、体の中で暴走した挙句、最終的には弾けてしまう。

 この少年はそれも知った上でこのような対処をしているのだろうか。子供にしてはやけに知恵を働かせた行為だ。一体何者なのだろう。

 いや、それ以前に自分は止めなければいけないのではないか。 今すぐにでも止めるよう、声を上げなければいけないのではないだろうか。

 先程も言った通り、苦しむのはヒロなのだ。呪いが体内に入ったとなれば、中からじわじわと彼を蝕んでいくに違いない。

 はたして子供のすることに期待を抱き、ここで何もせずに眺めていてもいいのだろうか。


「……っ、ぅ」


 ヒロの口から重苦しい呻き声が漏れた。


『ヒロさん?』


 顔を上げ、ヒロの様子を窺ってみれば、彼の額には脂汗が浮かんでいる。顔は歪み、無意識に歯を食いしばり、何かに耐えているようにも見えた。

 まさか体の中に逃げ込んだ蛇のような靄が、彼を内側から食いつくそうと暴れているのではないだろうか。彼の口から浅い呼吸が繰り返される。弱々しく、だが、中から揺すぶられるように。

 ルナは少年に視線を移した。


『ヒロさんが苦しんでいます……! やはり、中断してください! 私が後で構成を見て対処するので、どうか今は……っ』

「苦しむのは一時だけだ。こんなものにも耐えられないようなら、こいつはこの世界で生きてはいけない。仮にも、こんな容姿をしているのだから、尚更な」


 苦しいことはこれから先も続いていく。

 少年はふと俯き、そう言葉をこぼした。その瞳には諦めにも似た感情が浮かんでいるように見えた。


「耐えなければいけないこともある。逃げてばかりではいられないこともわかってる。だから前を向いて歩かなければいけないんだ。俺も、これから目覚めるであろうこの男も」


 少年の掌から溢れていた炎が、すべてヒロの中に押し込まれる。

 少年は彼の傷口から手を離し、そして苦しみから握りしめられたであろう拳を包み込んだ。背を支えるように、一人ではないのだと言い聞かせるように。


「……だが俺はまだ、すぐに上を向くことはできそうにないがな」


 ルナには見えてしまった。

 少年が送り込んだ炎が蛇を追い、呪いそのものを妬き尽くすところを。構成された呪術が、一気に砕け散っていく。

 瞬間、ヒロの体が大きく揺れた。


「っ、あ、ああああ!!!!」


 苦しさを吐き出すように、喉を締め上げられたかのような声が絞り出される。暴れるヒロの手を、少年は離しはしなかった。


「そんな苦しさなど、ここで生きていくには小さなものだ。わかるだろう、髪色は違えど、俺も似たようなものだからな」


 ルナは口を結んだ。

 普通では考えられないような形で、この少年はあの呪いを跡形もなく、自分の前でいとも簡単に消し去ってしまった。精霊であるルナでさえ驚くような、膨大な魔力だった。

 子供だからこそ出来た荒業だろう。誰かを助けようという真っ直ぐで、純粋な想いがあるからこそ為せる、この少年の力だと思った。

 リスクばかりを考えてしまうルナにはできない方法だった。


「……お前は俺をどう思うだろうな」


 ヒロの拳を包み込んだ己の手を見つめながら、少年は曖昧に微笑んだ。その笑みには、思うようにならない憂鬱を帯びていた。


「俺の力を知って、恐れるだろうか。近づくなと拒絶するだろうか。この手も、すぐに振りほどかれるかもしれない」


 炎が揺れる。なにかを恐れて、悲しげに揺れている。先程の勢いとはまた打って変わり、その姿は弱々しく映った。

 この少年の中では、降り止むことのない雨がいつまでも降り注いでいるようにも見えた。


「独りになるのは怖いと思いつつ、結局はこうして独りの今に戻ってしまった。……虚しいものだな。まだ離れて一日も経っていないというのに、俺は……俺は、もう」

『ヒロさんはそんなことをするような人じゃありませんよ?』


 少年の声を遮るようにして、ルナは堪らず声を上げた。ヒロがそんな人間ではないと、この子には勘違いをしてほしくないからだ。


『私のような存在と一緒にいるヒロさんが、貴方を恐れるかなんて、そんなこと。あるわけないじゃないですか。私もヒロさんと会って一日も経っていないですけど、彼の人柄の良さだけはよーくわかっているつもりですよ』


 ぱちくりと、紅い瞳が目を丸くしてこちらを見つめている。

 子供らしいその表情に、ルナは安堵した。

 あぁ、この子の心はまだ沈みきっていないのだと感じる。今は落ち込んでいるけれど、きっとまたすぐに這い上がってこれる。なぜ彼が上辺を取り繕っているのか、その境遇を考えれば仕方のないことかもしれないが、やはりそれでも、子供らしいあどけない表情が似合っていると感じてしまった。


『だからそんな心配はご無用です。安心してください』

「……どうだかな。実際、見てみなければわからない」

『不安になることはありません。それは絶対です』


 ヒロはどんな力があろうと、少年を突き放したりすることはない。これはルナでも自信を持って言えることだ。

 現にあの女の子供でさえ、助けようとしているのだから。自分の命を狙う人間でさえ、ヒロは救おうとしているのだ。むしろこの少年には恩義を感じ、その恩を返したいとさえ言い出しそうだと、ルナは笑う。

 少年は怪訝な様子でルナに問いかけた。


「それで、この男にマナを分け与えているのはお前なのか?」


 改めて質問され、答えないわけにはいかないと思った。今更口を噤めるはずもなく、正直に答えるしかないだろう。


『はい、訳ありでして。私がこの人の傍にいることでマナを共有しているんです。でないと、この世界では動けませんからね』

「なるほどな。なぜ、こいつにはマナが存在していないんだ」

『それこそ訳ありだから、ですよ。私の口から言える問題ではありませんから、是非直接彼に聞いてみてください』


 この世界の人間ではないから、とはさすがに言うこともできず、ルナは曖昧に言葉を濁した。ヒロに丸投げしてしまったが、彼ならなんとか上手く乗り切れるだろう。胸の内で謝るように彼に向かい、両手を合わせた。


「……訳あり、か」


 少年が遠くを見るような目をしたことに気づいたが、そこは敢えて気づかない振りをした。なにかに想いを馳せているようにも見えたが、踏み込んではいけないとルナは判断した。

 少年の覇気がないことにも関係しているのだろうかと考えたが、それを無神経に口にできるほどルナは野暮ではない。精霊だろうと、人の気持ちは察せるのだ。


「お前は何者だ? 俺以外の者には、お前の姿が見えていなかった。お前は悪魔か魔物の類ではあるまい」

『私は月の精霊です。それも訳ありで、ヒロさんと一緒にいます。決して怪しい者ではありませんよ』

「訳ありとは便利な言葉だな。上手くはぐらかされている気がしてならない。なぜ精霊のような高貴な存在が人間と共に行動をしているのか聞いてみたいところだが、それすら訳ありとして片付けられてしまいそうだ」


 それは詳しく説明できるはずもない。

 異世界召喚の知識があるならまだしも、何も知らない子供に話しても大体は理解はしてもらえず、おそらく信じることすらしないだろう。たとえ精霊の加護があった特殊な子供だとしても、だ。

 ルナはにこりと微笑んだ。


『私は先程ヒロさんを助けていただいた方に、直接礼を言うことはできませんから。代わりに、貴方に伝えたいと思います。本当に、ありがとうございました』


 そう言って、少年に向かい深く頭を下げた。


『私ではこの人をあの場から救うことはできませんでした。貴方も、ヒロさんが受けた呪術を解いてくださって……助かりました。しばらくは安心できそうです』

「じいもお人好しだからな。放っておけなかったのだろう。お前が伝えることができないのならば、この男が目覚めた時に言わせるんだな」

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