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僕の騎士道物語 孤独の主と友誼の騎士  作者: 優希ろろな
いざ、フォルトゥナ学園!
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弱い心があって当然、なのに

 表情は笑みで取り繕われているが、心は悲しんでいるように見える。

 その男にとっても、余程大きな衝撃を受ける出来事があったのだろう。こうして誰かに話すことによって、その苦しんでいた心が少しばかり解放され軽くなっているのだと思うと、複雑になる。

 ルナがヒロに対し、コロボックル達のことを話した時と同じように見えてしまうからだろうか。

 だから一度言葉を漏らしてしまうと、それは止まることを知らずに次々と溢れ出していく。

 当事者にしてみれば、救われているのかもしれない。いや、救われているのだろう、確実に。


『 ……苦しんでいた心、ですか』


 ヒロの姿が目に映る。

 彼もきっと、同じように苦しんでいるはずなのだ。

 自分の知る世界とは違う場所に一人飛ばされ、誰にも話せずに何年も苦しんできた。彼は身代わりとなって呼ばれたはずなのに、それでも嘆いたりなどしなかった。

 弱音だって吐きたいはずだ。

 人間なのだから、弱い心があって当然なのだ。

 きっとルナは、まだそこまで彼の信頼を得られているわけではない。

 いや、信頼はしてもらえているのかもしれないが、そこまで気を許してはいないだろう。

 ヒロがいつか心の弱さに押し潰されなければいいが。

 その弱さから守ってやれるような存在が、傍にいればいいが。




 屋敷の扉を開ければ、そこには掃除をしていたのだろうか……数人の女がじろりと視線を寄越した。

 ずぶ濡れになった男の存在に気がつくと軽く息を呑み、一人は「体を拭くものを」と声を上げ、一人は「なにか温かい飲み物を」と指示し、一人は「大丈夫ですか」と傍に駆け寄ってくる。


「私は大丈夫ですよ。それよりも、後ろの彼のほうが心配です。すぐに医者を呼んでください」


 女は男が背負っているヒロの姿を見つけると、小さく悲鳴を上げた。

 彼の黒い髪の毛に驚いたのだろうか。またか、とルナが身構えると、女はすぐに頷いた。


「……酷い怪我ですね。体も冷えているようなので、着替えを用意致します。すぐにお部屋も」

「お願いします。私がこのまま運びましょう」


 会話を聞いて、ルナは唖然とした。

 彼女はヒロの容姿に驚愕したわけではなかったのか。

 男同様、この屋敷にいる女達も自分が思っているような人間と同じではないのかもしれない。


「……ウェイン様の様子は、どうですか」

「何も変わりません。シアン様が一度、実家のほうへ連れて帰るという話は聞いております」

「そうですか。では、ヴァーミリオン様は……」

「部屋に閉じこもってしまいました。ガウェイン様は、しばらくそっとしておいてやってくれと」


 男は重苦しい溜息を吐き出した。

 肩を落とし、落胆する姿は傍目から見ても痛ましい。

 もしや、それが先程言っていた子供の話なのだろうか。悲しい出来事が起こり、心を閉ざしてしまったのだと。

 せっかく開いた心がもう一度閉ざされるということは、それをこじ開けるのはとても難しい話だ。一筋縄ではいかないだろう。

 人の心ほど、融通のきくものではないのだから。

 それが子供だというなら、尚更に。


「……わかりました。とにかく、彼を部屋に運びましょう」

「こちらへどうぞ。足元に気をつけてください」


 ヒロがどこか部屋へ連れていかれるのを見送ると、すぐ傍から視線を感じた。

 特に気にするべき気配ではなかったが、だがあまりにも強い視線を焼きつけるように送られていたので、ルナはどうにも放っておけず仕方なく目を移す。

 すると二階から、こちらを見下ろす紅い瞳と視線がぶつかった。

 宿しているマナが普通の人間よりも一段と強く感じる。

 顔の幼さ、体の大きさからするに、まだ子供だろうか。

 その子供が、瞳に炎を宿しながらルナのことを見つめていた。

 精霊はその心を許さない限り、普通の人間には姿を見ることができない。本来精霊というものは、人に見えてはいけない存在なのだ。

 今でもルナを見ることができるのは、おそらくヒロ一人だけだ。

 だが、見下ろす少年の瞳はしっかりとルナを認識しているように見える。

 ……見えているのだろうか。そんな、まさか。

 目を細め凝視しているその姿は、こちらを訝しんでいるようにも見て取れる。

 おかしな生き物が自分の家の中を漂っていると思っているのだろうか。子供心なりに家を守ろうとし、排除しようと考えていなければいいが。

 急に居心地が悪くなり、ルナは急いでヒロの後を追った。

 だが背には、いつまでも少年の鋭い視線が突き刺さっているような気がした。炎が自分に迫ってきていた。






「ひとまず、怪我の手当はここまでです。そう致命傷でもありませんでしたので、あとは彼の体力次第でしょう。しばらくは安静にしておいてください」


 ヒロが部屋に運ばれた後、すぐに医者が呼ばれた。

 傷の手当てをし、怪我を負った腹部には包帯が巻かれている。痛ましい姿ではあったが、それでもよかったとルナはひとまず胸を撫で下ろす。


「せめて一週間は体を動かさぬように。安静にしていてください」

「わかりました。急に呼び出してしまい、すみませんでした。先生」

「いえいえ、緊急事態なのですから気にしないでください。二日後、様子を見にまた屋敷へ伺いますので」


 男と医者のやり取りを横で聞きながら、ルナは眠るヒロの体を見つめていた。

 傷は手当てされた。化膿する心配はなくなった。あとは傷口が塞がるのを待つだけ、だが。

 まだ終わっていない、とルナはその体の中に潜むものを睨みつける。

 確かに表面上は良くなっただろう。だが、その中には女のかけた呪術が取り除かれず、まだ彼の中に残されている。

 その証拠に、傷口の辺りを黒い靄が覆うようにして蠢いていた。普通の人間には見えないであろう、禍々しい呪いが。

 医者が部屋から出て行くと、男が傍に近づいてきた。


「……もう大丈夫です。あとはゆっくり休んでください」


 男はヒロの顔を覗き込むと、安心したように微笑む。

 ルナが不安視するような人間ではなかったことに、逆にこちらが安堵してしまう。

 男はヒロから少し離れた位置にあるランプに火を灯すと、すぐに部屋から出て行ってしまった。


『 ……私が思うような人間達ばかりではないということですね。安心しました。こんなに大きな屋敷では警護の目もありますから、彼女達もそう迂闊に手を出すことはできないでしょう。……ですが』


 あの女はそれも見越していたのだろうか。

 だから傷の治りを妨げるように、傷口そのものに呪いをかけたのか。

 呪術を解かなくては、ヒロが延々と苦しむばかりだ。

 それもじくじくと、徐々に彼を蝕んでいく。傷だけではなく、心も。その魂も。

 だが呪術を解くには少しばかり時間がかかる。

 誰にも邪魔をされず呪いを解くならば、夜まで待たなければいけない。たとえ夜を迎えたとしても、朝まで誰一人この部屋を訪れることがなければいいが。


「……ぅ」

『 ヒロさん?』


 呻き声が聞こえた。

 ヒロが起きたのかと目を向ければ、彼はまだ眠ったままだった。

 夢を見ているのかと思ったが、それにしては顔が歪んでいる。傷口の靄も、その声に反応するように蠢いている。まるで弱い部分を突き、それ以上に悪化させようとする強い意志を持っているかのようにも見えてしまう。

 普通の人間には、この呪いが見えない。

 見えないのなら、傷が癒えない原因もわからない。

 どんなに腕のある医者だとしても、この傷だけは治せない。


『 ……だから、私がいるんです。まずは彼女達の元から逃げ出すことができた、ヒロさんを匿う場所を見つけることができた、ヒロさんを守ってくれる人達を見つけた……。次は、その呪いを解く。そして、その次は』

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