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僕の騎士道物語 孤独の主と友誼の騎士  作者: 優希ろろな
いざ、フォルトゥナ学園!
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届くはずのない、俺の声

 どうやらルナも同じように感じ取ったらしく、アディのほうを目を丸くして見つめていた。


「……違うよな? 一瞬、俺に向かって叫んだのかと思った」

『私も、そう思いました。でも、彼は幻を見ているはずなので、それはないと思うのですが……。ですが、今のは』


 今のは、そうじゃなかった……?

 ルナと一緒に、蹲るアディの様子を窺う。

 だけど彼の視線は下を向いたままで、やっぱり今でも幻覚を見ていることに違いはないようだった。


「……アディ」


 名前を呼んでみるも、アディからの反応はない。

 俺の声が届いていないのだろうか。

 そりゃ、届いているわけがない。幻覚を見ているんだから、周囲の音が聞こえているはずがないのだ。

 逃げなきゃいけないとわかっていても、怒っているようで、でもあんなに悲痛な声で叫ばれたら、動くに動けない。足が動いてくれない。逃げてはいけないのだと、そう錯覚してしまう。


『……ヒロさん。気になるのはわかります。ですが、今は立ち止まっている場合ではありません。彼が貴方の味方でないことはもう承知ですよね?』

「わかってる。でも」

『彼に捕まれば、間違いなく貴方は母親の元へ連れていかれるでしょう。そうなれば手段が潰された今、ヒロさんがどのような扱いを受けるのかはわかりません。必要ないと判断されることがあれば存在自体を抹消され、必要があるならば実験台となるはずです』


 それが何を意味するかも、わかっている。

 本当は俺に対し言ってるんじゃなく、幻覚を見て叫んでいるのかもしれないということも、たぶんわかってる。

 ここで止まるべきではないっていうのも、頭ではわかっているんだ。

 でも。そうだとしても。


『もし、彼を助けたいと思うならば』

「……!」

『それは、彼女の計画を阻止してからです』


 ルナのほうを振り向く。

 彼女は俺の心を見透かしたように、こちらをじっと見つめていた。


「……理想論だって、笑わないのか?」

『理想論でも何でも、誰かを助けたいと思いやるその心が私は好きです。だからヒロさんを見ていると、なんとか手を貸してあげたくなります。人を突き放すことしか知らない者達を見てきたから、余計でしょうかね……』


 ルナはアディに視線を移す。


『理想を語るだけなら誰にでもできます。でもそれを現実にできるのかは、ヒロさん次第ですよ』

「俺、次第……」

『貴方があの子を助けたいと願うのなら、あの子のことを忘れないでいてください。その想いがヒロさんを動かす糧になる。今だって、なにか想いがあるからこうして行動を起こしているんでしょう? 貴方の想いの先に誰かがいるから、全てを投げ出さずに進んでいける』


 ルナの言葉に、考え込む。

 俺があそこから逃げ出したのは、あんなところで誰かの思惑通りに命を落としたくないと思ったからだ。誰かに運命を握られているだなんて、そんなのたまったもんじゃない。

 それに、ルナのことを守ったコロボックル達のことを思えば、アディの母親をどうしても許してはおけなかった。

 その母親がどうやってでもこの地に住む人々の命を奪おうというのなら、事情を知ったからには阻止しなければいけないし、それはルナの力を借りた俺にしか出来ないことだと思ったから。

 でも、それでも根底にあるのは、騎士の誓いを交わしたあの少年の存在だった。

 もう俺はウェインではないけれど、それでも戻らなきゃいけないと、心のどこかで思ってる。

 あの日、背を向けるなと言われた以上、彼に向き合わなければいけないと決めている。


「……騎士の誓いを交わした奴がいるんだ」


 俺はアディをそのままにし、小道へと向かい歩き出す。振り返りたくなる気持ちを抑え、想いを振り払うようにして前を向く。


「そいつを裏切るわけにはいかないから、いつかは会いにいかなきゃいけないと思ってる。でも、まずは片付けなくちゃいけないから」

『全てが終わった後に、ですか』

「うん、そうだな。ウェインがどうなったかわからない以上、俺のことなんてもう必要なくなってるかもしれないけど」


 それでも。

 あいつと誓いを交わしたのが俺なんだから、このまま逃げ出すわけにはいかないと思っている。ヴァーミリオンが自分自身で選んでくれた、唯一の騎士として。その責任は、全うしなければいけない。

 ぽつり、ぽつりと降ってきていた雨粒が、どんどん勢いを増して黒く染まった空から降り注いでくる。


「……アディのことも、助けたい」

『ヒロさんの想いが、届くといいですね』

「うん、そうだな。届けたい、じゃなくて、届けてみせる……かな。絶対に」


 アディも、ヴァーミリオンも、なんとかしなくちゃいけない。俺の余計なお節介かもしれないけど、だとしても放っておけないんだ。


『行きましょう、ヒロさん。まずは雨宿りできる場所を探さないと、ですね』


 俺は頷き、街へ向かう足を速めていく。

 街に着いたら着いたで、この容姿のことも含め問題はまだまだ山積みかもしれない。でもそれをどうにか乗り越えて、アディと母親を止める手段を探さなければいけないんだ。

 ずっと先のことも見据えて行動しなきゃいけないんだろうけど、まずはいま直面している壁をどう攻略していくか、それを優先的に考えなきゃいけない。


「道案内は頼んだぞ、ルナ」

『えぇ、頼まれました! 任せてください!』

「この黒い髪もどうにかして隠さないといけないな……。街に着いてから考えるにしても遅いだろうし。ルナの力でどうにかならないもんかなぁ」


 誰かに幻覚を見せる力があるのなら、周囲の人間に対し俺の容姿を誤魔化す方法もあるんじゃないかと考える。

 この世界に市販の髪染めやカラーコンタクトがあるとは思えないし、なら魔法でどうにか都合良く見た目を変えることもできるんじゃないだろうか、なんて。


「……都合が良すぎる、かな?」

『出来ないことはないですが、人目のつく場所でそうしてしまうと魔術を嗜む者にはすぐに勘づかれてしまいますね』


 ですよね、何事もそう自分の思い通りには事が進んでいきませんよね。

 浅はかな考えだったかと、言った手前妙な恥ずかしさが込み上げる。

 だったらまずはよくありそうな展開で、誰かの家の庭に干されているシーツかタオルを頂戴して身を隠しつつ、行動するしかないんじゃないだろうか。

 ヒーローに憧れる人間のやり方じゃないけど、命の駆け引きをしている手前、この際そんなことは言ってられない。

 その前にまずこの天気で外に洗濯物を干すかっていう話なんだけどな。どこにもないよなぁ、そんな家。


「……夜はどうしよう」

『それは街に着いてからです。空き家でもなんでもいいから探しましょう。それが無理であれば、ヒロさんの人柄の良さを利用してお年寄りの方のお家に泊めていただくことも可能かもしれませんし。その間だけ、私の魔力で髪と瞳の色を変えてしまうのはどうでしょうか』

「ルナってさ、発想が意外と逞しいよね……」


 そうですか? と小首をかしげる仕草はとても可愛いのに、言うことは頼もしいし、味方でいてくれると頼りがいがあってとにかく安心できるというか、なんというか。

 彼女の存在が俺に勇気と行動力を与えてくれるのは確かだった。


『とにかく、なにか起こる前に街へ向かいましょう』

「うん。今ならなんとか逃げ切れる気もするし、早いとこ行っちゃおう。土砂降りになる前に着くといいよな。こんな何もないような場所で雷が鳴り始めたら、俺の身が危ないし…………っ」


 小道へ着く間近まで来たところだろうか。

 街を目指し進もうとする俺に、またもアクシデントが襲いかかる。

 なぜか足腰に力が入らず、その場で膝を着きそうになってしまった。

 あれ、と気づいた時には視線が勝手に下を向いていて。

 がくん、と。普通に走っていたはずなのに、力が一気に抜けていく。

 ルナが傍にいるからマナは切れないはずなのに。今度は何があったというんだ、俺の体。

 まさか先程と同じように、アディの足止めで魔法陣が展開されたりしているのではないだろうか。動きを封じるためのものなのか。

 だけど足場に視線を移してみるも、その様子は見当たらない。

 しばらくすると、腹の辺りに鈍い痛みを感じるようになる。

 痛くもあるけど、じわじわとそこから広がるように、腹部が異様に熱くなっていく。今まで感じたことのない痛みに、愕然とする。

 転ぶわけにはいかないと地面に手をつくも、腕までがくがくとおかしな程に震えている。

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